第14話
職員に通された取調室脇の一室には、検事総長と思われる男性ともう一人、叔父がいた。法務長官は皇宮内の事件には関与しないはずだが、私達がいるからだろう。
叔父は私達を鋭い視線で一瞥したあと、よそいきの声と表情で検事総長に私達を紹介する。
「このようなところで聖女様にお目に掛かろうとは。初めまして、検事総長を務めますアレクセイ・オルジロフです」
ネストルのように手の甲へ口づけして離れたあと、検事総長はエメリヤに心配そうな視線をやった。
「無愛想な息子で申し訳ありません。ちゃんと聖女様のお役に立てておりますでしょうか」
やはりそうか。検事正にしては若い年齢と周囲の対応で予想はしていたが、エメリヤは検事総長の息子でオルジロフ家の跡継ぎだ。
「ええ。とても優秀な方で、既に何度となく助けていただいております。素晴らしいご子息をお持ちですのね」
「聖女様のお褒めに与るとは、光栄です」
実情はさておき卒なく持ち上げた私に、検事総長は素直に安堵した表情を浮かべた。親子だけあって体格や顔立ちはよく似ているが、人当たりは随分違う。オルジロフ家当主としても検察部トップとしても少し頼りない、とは失礼な表現だが、線の細さが気になった。
――『穢れた血』が、偉そうに。
思い出された言葉が、再び胸で蟠る。聞けるわけもないが、噛み下せそうにもなかった。
「殿下の取り調べは、どうですか」
尋ねたエメリヤに、検事総長はすぐ傍の壁に触れる。一瞬で透き通った向こうには長机に着くネストルがいて、驚いた。
「すごいですね、これも魔法ですか」
初めて見る技術に、思わず駆け寄る。さっきまでは普通の壁だったのに、今はガラスのように透き通っていた。でも、あちらにいるネストルがこちらに気づく様子はない。
「ええ、現在開発研究中の『透過魔法』を利用した試作品です。こちらからはあちらが見えますが、あちらからこちらは見えないようになっています。どうぞ、触れてみてください」
勧められておそるおそる触れると、今度は再び壁に戻る。わあ、と思わず感嘆の声を漏らした。
「素晴らしい技術ですね。どのような仕組みなのですか?」
「こちらは、透過魔法を放った時にある条件下では完全に透過しないことから」
嬉々として話し始めた検事総長に、叔父が咳払いをする。あ、と我に返り、気まずさを噛み締めながら兄とエメリヤの隙間に戻った。戻りながら確かめたエメリヤが呆れたような表情をしていたのは、見なかったことにする。
「殿下は、一貫して殺害を否定しておられます。何者かに嵌められたとの主張でした。タイプライターは長年使っていないし、ウルミナ様と付き合いはあったものの、ほかに恋人がいたと仰っています」
端的に状況を説明した検事総長に頷く。
「私がお伺いした内容と同じですね」
「聖女様は、殿下は犯人ではないと仰ったと伺いましたが」
「いえ、オリナの意見など気になさらないでください。これは事件のことなど何も分からぬど素人です」
大仰な手振りで割って入った叔父に、小さく嘆息をつく。そうでないことを「一番よく分かっている」人間だ。兄も隣で、呆れたように息を吐いた。
「失礼ながら、法務長官。私自身まだ驚いていますが、聖女様にまるで捜査の知識がないとは思えません。指摘は的確ですし、目のつけどころもいい。根拠のない推察もなさいません。意見を聞く価値はあると思われますが」
反論したエメリヤに、検事総長は驚いた表情を浮かべる。珍しいことなのだろうか。
「しかし既にタイプライターとイニシャルという完璧な証拠がある上に、殿下には犯行時刻の行動を証明できる人間がいない。犯人だからだ。『ほかの恋人』は言い逃れるための方便だろう」
腹立たしげな叔父の主張は単純で、私の邪魔をしたいだけのような気がしないでもない。
「そのとおりですね。嵌められたのなら、不自然なほどに都合の良い証拠が揃ってもおかしくありません。手紙に分かりやすくタイプライターの癖を残して……」
ふと浮かんだ違和感に、間を置く。分かりやすいタイプライターの癖、か。
「なんだ? 自分が間違っていると気づいたか」
蔑むように投げた叔父に、兄が小さく舌打ちをする。行儀が良い行動ではないが、気持ちは分かる。私も聖女でなければ盛大にしてやりたいくらいだ。
「少し気づいたことがあっただけですので、また調べてからご報告します」
それで、と切り替えるように小さく咳をして再び話を流れに戻す。
「侍者曰く、殿下は筆跡の美しさを愛す方だから御婦人方には手書きの手紙を送ったはずだと。侍者から覚えている方のリストをいただきましたので、現在捜査官達が調べております」
「ほかの女性達が手書きの恋文を受け取っている中で、ウルミナ様だけがタイプライターなのはおかしい、というわけですね」
丁寧に受け止めた検事総長に頷き、再びガラスの向こうにネストルを見た。憔悴した表情で俯き、テーブルの上で何度か手を組み直す。失脚して喜ぶ者、か。
「但しその女性達が名前を出して証言してくれる可能性は低く、してくれたとしても少数でしょう。裁判用の証拠にはできませんが、殿下が無実であることの裏打ちにはなり得ますので」
ああ、と納得したように頷く検事総長の隣で、叔父は忌々しげに私を睨む。いちいち反応するのも面倒だから、もう視界に入らないで欲しい。
「もう一点、魔法痕に気になる点があり検死室に再度精査をお願いしております」
「魔法痕に?」
私に代わって報告したエメリヤに、検事総長が尋ねる。見比べると、エメリヤの数十年後がよく分かった。年を重ねればエメリヤも多少は角が落ちるだろう、多分。
「通常どおりの精査は終えましたが、数値に一部揺れの大きなところがありました」
「所見か」
「いえ、室長は肋骨に干渉したものと判断してそのままに」
「精査を終えたものを掘り返したのか。迷惑な真似を」
腹立たしげに口を挟んだ叔父にうんざりする。役に立たないことしか言えないのなら、もう黙っていて欲しい。
「魔法痕に何かしらの細工があるのなら、犯行時刻が午前一時でない可能性が生まれます。もし本当の犯行時刻が一時間早ければ、侍者は殿下が眠っている姿を確認して下がっているため犯人ではなくなるのです。それなら調べるべきでは? それとも叔父様は、殿下が犯人の方が都合がよろしいのですか?」
「口を慎め、オリナ!」
叔父は顔を真っ赤にして私を睨みつける。必死の形相に見えて、苦笑した。
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