第21話

 いくつかのパターンを試して模型を残り三体にしたところで、案が尽きる。


「近い波形は描けてますが、七時間には短縮できませんねえ」

「ほんとに七時間なんだろうな?」

「そこを疑ったら、これまでの魔法殺害事件が全部再捜査になりますよ」


 だらしなく椅子に腰掛けて悪態をつくエメリヤに、マルクは眉間を揉みつつ答える。模型は残り三体、さすがにもう棺を開けるわけにはいかない。あと三回で答えを見つけなければならないのだ。


 でも低位と高位、中位と高位でも文言を変えながら試してみたが、波形を似せることはできても時間を短縮させる方はうまくいかない。


「侍者はほんとに〇時に寝顔を確認したのか」

「あの時点で、侍者がそこで嘘をつく理由はありません」


 額の汗を拭い、髪を掻き上げるエメリヤに答える。打った本数はそれほど多くないものの、集中力が必要な作業だ。どうにか仕組みが明らかにできればいいが、あいにく私は魔法は基礎しか学んでいない。魔法を重ねて打つ場合は、必ず位の低い方から打つこと。低位になるほど威力は弱いが、優位性が高いためだと教えられた。……優位性、か。


「あの、魔法を基礎しか学んでいないので教えていただきたいんですが、低位のあとで中位や高位を打つのは低位の優位性が高いからですよね? なぜ優位性が高い順から打たないといけないのですか?」

「それは低位が中位や高位の効果を遮って発動するせいで、本来得られる効果を阻害……そうか。マルク、セットしろ。高位に続けて低位を打つ」


 エメリヤは気づいたように腰を上げる。もしかしたら、光が見えたのかもしれない。マルクも疲れを忘れたかのように動き、八体目の模型をセットした。


「八回目。高位のあと低位を打ち込む」


 エメリヤは指先を向け、高位のあと低位を打ち込む。模型は大きく揺れ、凍結する。


「マルク、どうだ!」


 エメリヤの声に、マルクはじっと計測器を見つめる。私も隣で胸の象徴を握り締め、描かれていく波長を見守る。どうか……これでどうか。


「ダメですね。波形の位置は文言で調整できそうですが、時間が六時間半です。今度は短くなりすぎました」


 落胆の報告に、エメリヤは椅子へ崩れ落ちる。


「今日のとこはこの辺にしましょうか。模型はあと二体、もう無駄打ちは許されませんよ。急いで仕損じれば、それこそ後がなくなる」

「そうですね。何か、きっと何かあるはず。次までにそれを各自で探しましょう」


 マルクの疲れた声に、私も同意する。エメリヤも頷いて、顔をさすり上げた。ガラスの向こうで見守っていた職員達も、残念な結果に解散していく。今日は、これまでだ。


 マルクを労ったあと、エメリヤの元へ行く。


「おつかれさまでした。よろしければ、治癒の祈りを」

「不要だ。すべきことをしただけだ」


 エメリヤは上着を羽織りながら、素っ気なく拒否した。予想どおりの反応ではあったが、こうも拒まれるのは寂しくもある。やはり私には、何もできないのか。


「相変わらず、目のつけどころがいいな。さっきは助かった。俺やマルクには当然すぎて、頭に浮かんだことすらない疑問だった」


 でも続いた言葉は、気落ちした胸を救うものだった。


「少しでも役に立てたのなら、良かったです」

「これから一旦検察部に戻って捜査状況を聞く。そのあと、そちらさえ良ければ夕食でもどうだ」


 詰め襟を留めながら、エメリヤは相変わらずの口調で尋ねる。思わず振り向くと、マルクがわざとらしく椅子を回して背を向けた。


「私に、言っているのですか」

「そうだ。迷惑なら断れ」


 手袋をしつつ歩き出したエメリヤに、慌ててついて行く。

「迷惑なんて。ありがとうございます……とても、嬉しいです」


 昨日押し込めたはずの感覚が、また胸を騒がす。不安と高揚の混じるこの思いは何なのか、答えを導き出すのは怖くてそのまま背を追った。


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