第12話

 再びウルミナの部屋に戻ると、既に皇后の元へ向かったエメリヤ達は帰還していた。そして、全員ぐったりしていた。


「どうでしたか、皇后陛下は」


 フードを下ろしながら尋ねた私に、エメリヤはうんざりした様子で息を吐く。


「ウルミナ様が亡くなったと知って、祝杯を上げておいでだった。酔っ払いに話を聞くほど不愉快なものはない」


 生前の関係はともかく、死を悼むことさえできないとは。心の病とは、それほどまでに良心を蝕むものなのか。神が許すものなら神力で癒すことはできるが、皇后は教会を毛嫌いしている。私は未だ「悪魔」のままだ。


「死んで良かった、神の思し召しだ、誰か分からないけれど心の底から感謝している、とのことだ。ご本人ではないだろう」

「そうですね。こちらの状況は?」


 澱む胸をどうにか収めて、話の向きを変える。


「さっきイワンから聞いた。これから、俺達は検察部へ戻って殿下とじっくりお話だ。聖女様はどうぞお帰りに」

「いえ、私達も参ります。そろそろ遺体を精査した結果も出る頃でしょうし」


 にこりと笑んだ私を、エメリヤは眉を顰めて冷ややかに見下ろした。「氷刃の貴公子」がまとう凍てつく空気に、周りはしんと静まり返る。


「楽しい捜査ごっこはここで終わりだ。聖下には『大公殿下が犯人でした』と伝えれば」

「私は、殿下が犯人だとは思っておりません。ですから捜査を続けます」


 行儀悪く遮って伝えると、エメリヤの眉間にもう一本皺が入った。


「幸い、陛下より権限を頂いております。ここから先は私と兄で自由に動きますので、エメリヤ検事正はどうぞそのまま職務を遂行してください」


 陛下から許された以上、もうエメリヤの許可は必要ない。ここからは、それぞれがしたいことをすればいいだろう。殿下の罪を追求したい検察と真犯人を探したい私で、道が分かたれたのだ。


「検事総長を呼び出して、殿下の取り調べに当たらせろ」


 少しの間を置いて、エメリヤは私を憎々しげに見下ろしながら背後の部下達に伝える。


「え、じゃあ検事正は」

「こいつのお守りだ」


 イワンの声に荒く答え、私を指差す。普段ならムッとしそうなところだが、情けないほど慌てふためく部下達のおかげで冷静になれた。ちらりと確かめた隣の兄も、諦めた様子で溜め息をつく。


「私の安全なら気にされなくても大丈夫ですよ。不穏な輩は兄が噛み殺しますし」

「聖女がそんなことを言っていいのか」

「私は、血を一滴も流さず我が身を守るべし、などと思ったことはありません。それは傲慢です」


 理想は理想として掲げればいいが、現実はそれほど甘くない。私には、自分のために流される血を一滴残らず見届ける覚悟の方が性に合っている。


「聖女様の安全面はどうでもいいが、宮廷内を好き勝手に歩かれるのは迷惑極まりない。それに、確かに捜査向きの目と勘をお持ちのようだ。『殿下は良い方だから無罪です』ってわけじゃないんだろう」


 ……認めてくれたのか。

 驚きが顔に出ないよう気をつけながら、侍者の渡したリストを裏のまま差し出す。


「筆跡の美しさを愛す方が、ウルミナ様宛ての恋文にだけタイプライターを使うのはおかしいのではないかと」

「じゃあこの」

「読み上げないでください。もし既婚者が交じっていたら、私は見過ごせませんから。そのリストは殿下の侍者が覚えていた、殿下からの恋文を受け取ったと思われる方々です。匿名での証言は裁判に提出できなくとも、無実の裏打ちにはなります」


 思わず顔を遠ざけた私を鼻で笑い、エメリヤは背後にリストを渡して顎で指示した。


「ほかの可能性があるなら、捨てる理由はない。俺達の仕事は真犯人を挙げることであって、事件が片付いたように見せることじゃないからな」


 向き直り、初めてちゃんとしたことを言う。背後で聞いていた連中も皆、表情を引き締めたように見えた。


「驚きました、矜持があったのですね」

「お褒めに与り光栄です」


 心からの感嘆だったが、確かに皮肉と取られても仕方のない言い草ではあった。でもそれは、これまで気骨のない態度を見せ続けてきたそちらにあるだろう。


「では、引き続きよろしくお願いいたします」


 改めて挨拶をした私に、エメリヤは手袋を引き抜いて手を差し出す。まさかの歩み寄りに少し驚いたが、応えない理由はないだろう。ただ、伸ばした手は予想よりがっちりと捕らえられて、なかなか返ってきそうにない。


「あの」

「寒いのなら、上着を用意させる」


 予想外の言葉にまた驚いて、エメリヤを見上げた。ああ、そういうことか。


「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。未だ温もっていないわけではなく、これが私の体温なのです」


 少し緩んだ力に手を引き抜き、手袋の下に温度を確かめる。聖女の体が熱を発すことはない。傷つき血を流すことはあるが……全ては、神の恩寵だ。


 笑んだ私をエメリヤは無言で見下ろしていたが、やがて諦めたのか背を向けた。


「なら、ついてこい」


 ぶっきらぼうな誘いに頷き、再びフードを被る。足早に外へ向かう背を追って、部屋をあとにした。

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