6-66


「「あのう、ムサシン? どしたんですかぁー?」」


 急に黙り込んだ武蔵。

 如月姉妹は、平和主義を拗らせていきなり核弾頭をぶちこむ宗教指導者を見る目で武蔵を見ていた。


「いや、そんなに日焼けして大丈夫なのかと心配したんだ」


 武蔵はこの誤魔化し方を天才だと自画自賛した。


「日焼け止めもサンオイルもない時代だ、日焼けなんてしていいのか?」


 如月姉妹は美容に人一倍気を遣っている。着飾らなさがかえって美しい、アリアのようなタイプとは正逆な女性達だ。

 爪先から毛先まで外見に注意を払う彼女達が、日焼けを気にしていないはずがない。

 ないのだが、そもそも日焼け止めもサンオイルもこの時代にはないのだ。


「「12月の日光なら大丈夫ですよぉー。ただの昼寝でぇす」」


「それでも日焼けは避けるべきだと思うが……」


「「どうせこの身体との付き合いもあと少しですしぃー」」


 なんということか、如月姉妹は肉体を精神の器程度にしか思っていなかった。

 ループすれば重症もノーカンである。


「君等、ちゃんとループ脱出後に普通の生活戻れるのか?」


「「その時わたし達はぁ、きっと二人繋がったままなんでしょーね」」


 左右対称に小首を傾げる双子。

 原理不明のテレパスを得た彼女達だが、流石に第三者にはそれを隠して振る舞っている。

 よって繋がったままでも日常生活は可能なのだが、これまで通りとは言えそうにない。


「人間ある程度距離は必要だろ。姉妹であっても筒抜けだとかえって不便なんじゃないか」


 例えば気の置けない兄妹である武蔵と信濃であるが、それでも隠したいことはある。

 かっこ付けな武蔵は妹の前でおならをしないし、逆もしかりだ。

 親しき仲にも礼儀は必要なのである。


「「仕方がないですよぉ。だってえ、そうなっちゃったんですもん」」


「まあ、そうかもしれないが」


「変わってしまった自分を無理に戻そうとしてもぉ、きっと辛いだけですってぇー。ここはまるっと受け入れて、気楽にやってけばいいんですぅー」


「こいつらのメンタルチタンかよ」


 まるっと受け入れる中には、人体実験を受けた記憶だってある。

 それを込みで忘れなくてもいいと思っているのだから、そのメンタリティーの強さは一つ飛び抜けていた。


「「とゆーわけで、寝まーす」」


「お、おう」


 ひょっとして何も考えていないだけではなかろうかと思う武蔵であった。

 目を閉じてすぐに寝息をたてる双子。

 その寝付きの良さはまさに伸び伸び系男子。


「傍目から見るとグラビアアイドル顔負けですけどー。これ、やっていることはグータラ主婦と変わらないと思うんですよね」


 同性だからというのもあるのか、鈴谷は双子に容赦なかった。

 寝ているとはいえ目の前で陰口とは恐れ入ると恐々の武蔵である。


「グータラでもサマになるんだから、美人ってのは人生有利だよな」


「あ、男女差別ー」


「ばかいえ、イケメンだって人生イージーモードだ。顔面偏差値は万人に等しく不公平だ」


 オッサンの居眠りも、眠れる森の美女の眠りも、生理学的には同じ睡眠だ。

 だがこれらを同一視する者がどれだけいようか。いや、いない。

 そこに不平等がないというのならば、それこそが差別発言である。


「誰だって努力する権利はあったとか、チャンスは万人に等しく存在する、って言う奴いるじゃん」


「いますねぇ」


「でもそういうこと言うのって、成功者だけだよな」


「いや、そりゃ失敗者が「努力は報われる」っていっても説得力皆無ですし……」


「なにより成功者が、成功する方法論を人に教えるとは思えないんだよな。俺だったら独占する」


「うっわ性格わる……でもそれを教えてくれる人だっている系じゃないですか。学校の先生とか」


「学校の先生って成功者なのか……?」


「せ、世間的には尊敬されますって」


「本人が幸せそうには見えない職業なんだよな……」


 注 武蔵のイメージです。


「妙子を見てみろ、教職は気苦労が絶えなくてあんなおっかない女になっちまった」


「あれは恋人だった某某とあるなにがしさんが途中でほっぽりだしたからでしょう」


「なんだそれ因果関係立証出来るの?」


「そういうとこやぞ」


 鈴谷は左右の手で双子の胸を揉みしだく。


「なにやってんの」


「あーやだやだ。これだから巨乳さんは」


 悔しくなってきた鈴谷は次第にぐわんぐわんと双子の胸を歪ませる。

 双子は変な感触に眉をひそめる程度で目覚める気配はない。


「ああもう、バインバインですねっ!」


「おい、その辺に……」


 バシンバシン。

 音が聞こえてきた。


「何だ今の音。おっぱい揉む効果音か?」


「バインとバシンは違くないですか?」


「そもそもおっぱい揉んだってバインバイン鳴らないからな」


「女子相手におっぱいおっぱい言うのやめません? デリカシーないです」


「すまんおっぱい」


 バシンバシン。

 音は続く。

 機械に携わる者は音に敏感だ。機械の不調は5感で感じ取れと整備の現場ではよく言われるが、一番判りやすいのが音なのだ。

 次に判りやすいのは匂いだが、これは風向きによっては判らないので場合によっては対処が遅れる。

 一番判りにくいのが味覚である。誰がパーツを舐めて検査するというのか。5感で感じ取れなど嘘っぱちだ。

 とかく、機械に詳しい者ほど音に敏感である。


「変な音が―――聞こえるのですが―――」


 気になったのか、手の油をウエスで拭きながら由良が現れた。


「《おい、なんだこの異音は。貴様の尻を打つ音か》」


 上からチビ三笠が降りてくる。


「「なんの音ですかぁ……」」


 遂には双子まで目を醒ました。

 謎の集結である。

 そして武蔵に集める視線。

 武蔵は親指で自身の鼻先を弾いた


「へへっ。おいおい、そんなに熱い視線で見るなよ。オイラ照れちまうじゃないか」


「「何キャラですかぁー」」


「《貴様が見に行けと言っているのだ。女子に行かせる気か》」


「危険なガスが―――充満している可能性も、ありますから―――」


 機械のトラブルには毒ガスが伴うことがある。

 先にも述べた異臭だ。機械弄りをする者にとって、程度の差はあれ有害ガスなどしょっちゅうである。

 モーターが焼けたり皮膜が溶けたりエンジンが不完全燃焼したり。

 異音異臭程度でメカニックは慌てない。

 冷静沈着に、「他のやつ気付け対処行けー」と願うのである。

 由良は油を拭いて綺麗になった手で武蔵の手を取った。

 彼の手を両手で包み、上目遣いで訴える。


「お兄さん―――お願い、出来ませんか―――」


 「女子に行かせる気か」からの、男からの「お願い出来ませんか」である。

 武蔵は悩んだ。これはツッコミ待ちなのだろうか。

 しかしちょっとブカブカな作業服姿の由良は可愛い。華奢な身体は男には見えず、整った容姿は本当にY染色体を持っているのかと疑いたくなる。

 なんなら、ここにいる美少女達の中で一番かわいいのではないか。

 お目々きらきら。まつげながい。くちびるふっくら。かわいい。かわいい。


「由良ちゃん天然物の可愛さと比べたら、如月姉妹の可愛さなんて養殖うなぎみたいなもんだよな」


「「そぉい!」」


 双子は左右から連携してのケツキックを武蔵にかました。







「おじゃましまぁーす……」


 武蔵は小声で挨拶して、こっそりと扉を開いた。

 バシンバシンという異音を追って艦内探索をした武蔵であるが、ここに来てのビビリである。

 なぜ急にビビりだしたか、それは簡単だ。

 音の出所が医務室だったのである。

 なんとも嫌な予感しかしない武蔵であったが、それでも美少女系男子な由良に頼まれては仕方がない。

 武蔵は自分を奮い立たせ防密扉を開け、後悔した。


「っ、この、泥棒猫!」


「こんにゃろ、しつこい女!」


「うっさい、横入りしてきて!」


「黙れっ。メンヘラ!」


 バシンバシン。

 アリアと時雨がビンタ合戦をしていた。

 そんなルールが存在するのか、互いに罵倒の言葉と共に交互にビンタを放つ。

 頬は腫れ互いに涙目だが、それでも止まる様子はない。

 バシンバシン。

 武蔵はそっと扉を閉じた。


「女の子同士でも、色々とあるんだろうな。男の俺が割って入るなんて無粋なことしちゃ駄目ってもんよ」


「《どう考えても貴様の存在が関与しているであろうが》」


 ふわふわとチビ三笠が付いてきた。

 よくよく考えれば、毒ガスが一番効かないのはコイツである。


「《知は力なりだ。我々は無知ではならないのだ》」


「ちょっとワンコのことでとある男と話さなくちゃいけなくてな」


「《日本語だとわけわからんな……とにかく行けっ》」


 チビ三笠は立体映像で隠しているが4つのプロペラを持つドローンである。

 チビ三笠はそのプロペラで武蔵の後頭部を攻撃してきた。

 パシパシと当たるブレードが地味に痛い。


「《おい鈴助、扉を開けろ!》」


「りょーかい」


 再び対面・ザ・修羅場。

 女二人による、既に崖から転げ落ちてるバシンバシンのチキンレース。

 双子や由良も加わって、4人がかりで武蔵を医務室に送り込もうとする。


「ふぎぎぎぎ」


 必死に扉の縁を掴んで抵抗する武蔵。

 見苦しいことこの上ない。


「《貴様っ! アリアへの想いはやはり上辺だけだったのか! 死ね! とりあえず死ね!》」


 チビ三笠は武蔵の前に回り込み、顔をバシバシとプロペラで打つ。

 怪我防止の為にロックされていないプロペラであるが、それでも後頭部より遥かに痛い。

 思わず三笠を羽虫のように払いのけ、片手を離した瞬間に限界は訪れた。

 部屋に転がり込む武蔵。ついでに転がり込むチビ三笠。

 すかさず他の3人は防密扉を閉じ、外から木材でロックした。


「《おい待て! なぜ我まで閉じ込める! 我を修羅場に取り残すな!》」


 ガンガンと防密扉に体当たりする三笠。

 武蔵は三笠を鷲掴みした。


「Welcome to Undergr people……」


「《やめろ我は貴様のような底辺人間ではない!》」


 スラストベアリングが入っているかのような動きで、アリアと時雨の首がぐりんと武蔵達を見た。


「あっ」


「あっ」


「あっ」


「《あっ》」


 4人の視線が合った。

 武蔵の背筋に嫌な汗が伝った。





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