6-67
4人は医務室で正座して向き合った。
「えー、第142857回女子会を始めたいと思います」
「《お、おーっ! いえーっい!》」
武蔵の宣誓に、リアクションをしたのは三笠だけであった。
まさかの三笠による盛り上げである。未だかつてない光景である。
「おー」も「いえーい」も実は英語であるが、三笠にこれほど似合わない単語はなかった。
ナポレオンの絵画を思い浮かべて欲しい。あの美化しまくったヒヒーン! の絵である。
あの顔で故ナポ氏が流刑地に蝦夷を所望するくらいの違和感が、今の三笠にはあった。
「…………。」
「…………。」
三点リーダを多用し沈黙するのは、当然アリアと時雨。
武蔵達の乱入によりバイオレンス餅つきは終結したが、未だに視線は火花を散らしている。
あまりに無言でバチバチやっているので、眼球が目玉焼きになりかねない。
武蔵は周囲を見渡し遮光眼鏡を探した。
「《うぇーい! ……おい、我が場を繋いでいるうちになんとかしろ!》」
「え? 陽キャのフリしてれば場を繋げるとでも思ってたのか?」
「《貴様は文句言う前に行動しろ……!》」
小声で相談する武蔵と三笠。
武蔵はかけてもいない眼鏡のズレを直す仕草をして、にやりと笑った。
「俺に妙案がある」
「《死ね》」
「恋と戦争においてはあらゆる戦術が許されるとはお前達の
「《死ね》」
「これはつまり、恋愛事においては戦争論を持ち出しても構わないということだ」
「《死》」
「一文字くらいケチらずちゃんと言おうぜ」
「《……ではなんだ。本人ではなく後援者を狙うのか。親とか》」
「恋愛沙汰で恋敵の親に手を出すって発想はやめよう」
武蔵は肩を竦める。
「ここはお前ら式でいく。ちょっと手伝ってくれ」
武蔵はにらみ合う女性達の前に割り込む。
不服そうな視線が武蔵に向く。
「武蔵、ちょっと聞きたいのですが!」
「武蔵ぃ? 何この女、夢でも妙に存在感あったんだけど?」
二人に詰め寄られる武蔵。
「まず時雨、お前そんなに動いて大丈夫なのか?」
「めっちゃ身体痛いー!」
「なら安静にしとけよ」
黒幕が必要としていたのは時雨の脳だ。身体など興味はなかった。
時雨の身体が保管されていたのは、結局は生身の身体が脳の保管容器として一番優れているからに過ぎない。
SF映画のようにこれみよがしに脳のみをカプセルで保管する利点などないのだ。
それでも三笠ほどのノウハウがあれば出来なくはないが、黒幕はそこまで丁寧な仕事をする者ではなかった。
こうして肉体ごと亡霊戦艦に保管されていた時雨であるが、だからといってやはり丁寧に保全されていたわけでもない。
時雨の身体は痩せ細り、耐G能力を得る為に無茶な手術を施され、とても歩き回れる状態ではなかった。
それでも気合で歩き回ってしまうのが時雨という女なのだ。
「いい? 女には絶対に退けない時ってのがあるの。いつだと思う?」
「少なくとも今じゃないんじゃねーかな」
「女の子ってのは常在戦場なのよ!」
つまりいついかなる時も退く気はないらしい。
武蔵は思った。
こんな女を嫁に貰ったら一生尻の下がねぐらになる。
対策が必要であった。
「時雨。とりあえず座れ。顔色が悪い」
それっぽいことを言いつつ、手を取って武蔵は時雨を座らせる。
妙に自信に溢れた堂々とした仕草に、時雨もつい自然に腰を下ろした。
この間、アリアは三笠が懸命に気を引いて時間を稼いでいる。
「きっとあの繰り返す憂鬱な吉兆の夢で何度も言ったんだろう。というか過去世界でも言った。だが、改めて言おう」
一息飲み、武蔵はストレートに告げた。
「俺のものになれ、時雨」
「は、はいっ……」
乙女モード全開で頷く時雨。
キラッキラオーラフルバーストだからこそのゴリ押しだ。
勝ち気な時雨なら普段は反発を覚えそうな物言いだが、武蔵は雰囲気でゴリ押しきった。
完全な力技であったが、言質は言質である。
時雨が尻の下に押し込もうとしてきたらイケボでこの言質を持ち出して逃げまわろう。
そんな賢しいというより小賢しい布石を打って、武蔵は時雨の件については一時保留とすることにした。
「お前が俺の一番星だ。ふっ、こんな恥ずかしいことを俺が言うとはな」
「武蔵っ……」
武蔵は知っていた。
時雨は勝ち気そうな性格の割に、乙女願望があるのだと。
だから、こういえばいい。
「本当はお前さえいればいいんだ。けど、俺にだって世間体がある。わかるだろ? ここは、いっちょお前の懐の広さを見せてほしい」
「わ、わかったわよ! もう、ばか!」
照れ照れを顔をそむける時雨。
武蔵は一つ頷いた。
これでいいや。次はアリアだぜ。はっはー。
肩で風を切って歩き、アリアへ向かう武蔵。
示し合わせたかのように、というか示し合わせていた三笠とすれ違う。
三笠の表情は勤労意欲とは完全に逆ベクトルであった。
めっちゃめんどくさそうな顔を三笠はしていた。
「《なあ
「えっ? うん。……えっ? この状況で? っていうか貴女何? うちのチームメイトに似てるんだけど」
「《本人である》」
三笠と時雨が語り合う。
積もる話ということでもない。ただの武蔵ご要望による時間稼ぎである。
「《特にこの時期となるとシシャモは絶品でな。世間では子持ちばかりもてはやされるが、我としては油の乗った雄も悪くは……》」
「え、ええ……?」
やる気がないので、話題のチョイスが雑であった。
だが武蔵として、三笠が決死の覚悟で作った猶予を無駄にする男ではない。
蝶のように舞いゴキブリのようにアリアにすり寄る武蔵。
生物的ではない、どこか喜色の悪いワルツのステップで肉薄する。
「きっ、きもっ!?」
アリアは逃げるも、部屋の隅に追い込まれた。
武蔵は両手を壁に付き、アリアの逃げ場を封じる。
およそ130年前に流行った、女子の願望を体現した動作。
所謂壁ドンである。
しかも部屋の隅っこであることを活かし、両手での壁ドン。
むしろ壁で腕立て伏せをしているまで行っている。
仮に知らない男にされれば恐怖以外にないが、曲がりなりにも想いを寄せる相手ならば反応は違った。
「うらぁ!」
アリアは自衛隊仕込みの格闘術で武蔵の顎に掌底を打ち上げた。
彼女は想いを寄せる相手でも遠慮なく掌底を放てる系女子であった。
脳を揺らされ声もなく崩れ落ちる武蔵。
つい殴ってしまったアリアだが、さすがに慌てて武蔵を解法する。
「む、武蔵! 大丈夫なのですか、誰がこんなことを!?」
武蔵は機能不全を起こす脳味噌を無理矢理回転させ、手を動かした。
がっし、とアリアの手を握る。
アリアの華奢な手を握り、武蔵は視線をそらさずに告げた。
「今になって分かった。俺には、お前しかいないんだ―――」
「む、武蔵?」
「思えばいつからだったか、ずっとお前を目で追っていた。俺たち離ればなれになったが、心はずっと一緒に居たんだ」
「な、なにをっ……2年間も迎えに来ずに、よくそんなことが言えるのです」
「俺だって―――! 俺だって、ずっとお前を探して―――!」
はっ、と自らの口を塞ぐ武蔵。
しかし一度飛び出た言葉は戻らない。
アリアは少し狼狽えた様子で、おそるおそる武蔵に訊ねる。
「ひょ、ひょっとして……そんなに、私に会いたかったのですか……?」
「ばっ、ん、んなこと聞くんじゃねえよ!」
赤面しつつ、首が痛い系男子のポーズをする武蔵。
そんな様子を見て三笠は考える。
これがジャパニーズタテマエか、と。
「お前が一番だよ。……これ、内緒な?」
ニカッと笑う武蔵。
「お前が俺の帰る場所だ。恥ずかしくて、表立っては言えないけどな」
時雨が三笠との会話に気を取られてこちらを見ていないことを確認して、武蔵はアリアをハグした。
「むっ、武蔵……!」
「戦いが終わったら結婚しよう、アリア」
三笠は戦慄した。
これは既に結婚詐欺だ。
あまりに悪質。人として見ていて恥ずかしいレベル。
共感性羞恥で三笠は恥ずかしくなってきた。
あれと知り合いだと思われたくないほどだ。
「う、嬉しいです。私も貴方を愛しています、武蔵」
「ありがとう。それじゃあお妾……表向きは同じ嫁だが、2番目さんの時雨とも仲良く出来るな?」
「はい! 私、頑張るのですよ!」
「《貴様産まれてきて恥ずかしいと思わないのか》」
笑顔で時雨に駆け寄るアリア。
「考えを改めるのです。これからよろしくお願いします、時雨!」
「え、ええ。こちらこそ、さっきは悪かったわ。よろしくね、アリア」
少女達は改めて握手する。
二人は内心こう思っているのだ。
「まあ実際は私が一番だし」と。
二人が仲良く和解し出ていった後、三笠は武蔵に語る。
「《貴様、最低だな……》」
「三枚舌外交はお前らの特技だろう」
「《犬畜生にも劣るとはこのことか》」
「ハーレムは人の枠には収まらないのだ」
「《それで、結局どっちが本命なのだ?》」
「お前たちが俺の翼だ!」
三笠が小さな手で武蔵の後ろを指差す。
アリアと時雨が、医務室の扉から見ていた。
アリアと時雨は、先程まで行われていたビンタ合戦が伊達ではないことを武蔵の頬で証明したのであった。
「《何をやっているのだまったく》」
「争いを止める最もシンプルな方法は、外敵を作ることだ」
三笠は思い出した。
この茶番が始まる前に、武蔵は言っていたのだ。
「恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される、恋愛事においては戦争論を持ち出しても構わない」と。
だからこの馬鹿は持ち出したのだ。敵の敵は味方という、戦争における薄っぺらい論理を。
「《……本末転倒にも思えるがな》」
「時間を稼げればいい。後々でゆっくり、話し合うさ」
時代によって状況は変わる、それもまた外交だ。
人生はまだまだ長いのだ。
別段、この時点で慌てふためくものでない。
「《どうしようか、貴様の愚かしさがいっそ愛おしく思えてきたぞ。どうだ、我の奴隷になるか?》」
身をくねくねし始めた三笠。
あまりにどうしようもない武蔵のやり方に、かえって庇護欲を唆られていた。
対し、武蔵は笑顔で中指を立てて答える。
「くたばれ」
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