6-65




「そういえば、なんで医務室にはアリアがいたんだ?」


 この件に関しては、アリアはあまり関わりがない。

 武蔵とはともかく、アリアと時雨などほぼ縁はなかったはずだ。


「《別段大した話ではない。放置するわけにもいかんのでな、身内で交代で見張り、護衛をしていた》」


「そうか」


「《五十鈴あたりは、ほとんど仮眠時間として活用していたようだが》」


 由良の先程の様子を思い出し、さもありなんと納得する武蔵。

 彼が死んだように眠る医務室の住人達に混ざり、やはり深く眠っていたであろうことは想像に難くない。

 そんな健気の後にあのツンなあたり、やはりしんどい状況なのだろう。


「《偵察機は常に飛ばしている。貴様も事態が動くまで休んだらどうだ》」


「そうだなぁ。ちょっと寝すぎた感があるが、東京まで寝るか」


「《ああ、寝ろ。アリアも寝るのが自衛官の仕事だと言っていた。双子だって寝ている》」


 見れば、この位置からはビーチチェアで日光浴をする双子の姿が見えた。

 あれは体力回復、体力温存の意味合いとは違う気がする武蔵である。


「……そういえばさ、あの二人」


「《ん?》」


「なんか安心した。前は、人に肌を見せるの嫌がってたろ」


「《……そうだったか?》」


 微妙に返答に遅延があったのは、話の先読みが難しいからだろうかと、とりとめもなく考える武蔵。


「人体実験で身体がボロボロになってたあたりだよ。未来世界の始まりは初冬からだから違和感なかったけど、如月姉妹はいっつも長袖やロングスカートで肌の露出を出来る限り隠してた」


 三笠は思い出せる限りの、如月姉妹の服装が写った画像データを呼び出した。

 するとなるほど、冬服と言われればそれまでだが、彼女達の服は露出を避ける傾向にある。


「《これは、人体実験で変態共に裸体を見られたが故の生理的嫌悪感からか? それとも、人体実験で付けられた生傷を見られたくないが故か? 》」


「両方あると思ってたが。その辺の心の傷も、ちょっとは癒えてきたんだろう」


 あの二人はやはり、日常に返さねばならない。武蔵はそう決意を改める。

 そうでなくては、ここまで頑張ってきた二人が報われない。


「《貴様、意外と人を見てるんだな。まあ、我々は一度あの双子の脳味噌ストリップまで見てしまっているから今更といえば今更だろう》」


「……脳味噌見られるのって恥ずかしいものか?」


「《さて。少なくとも信頼していない者には見られたくあるまい》」


「お前は自分のサーバールーム見られるの恥ずかしいか?」


「《……考えてみれば、嫌悪感はあるな。脳味噌に手を触れられる距離まで近付かれるというのは、相当な信頼がなければ難しいだろう》」


 それは信頼の有無ではなく専門知識の有無が問題ではなかろうか。

 武蔵だって、開頭手術中に恋愛関係のアリアに近付かれるよりは、他人の脳外科医に近付かれたい。

 しかしそういう肩書やライセンスを含めて信頼と呼ぶのであれば、なるほど間違った話ではないのかもしれない。

 先程サーバーに近付かれたくないと言った三笠も、例えば時雨であればそう警戒心は抱かないであろう。

 ちゃんと知識のある者ならば、そうそう変なことはしない。


「双子といえば、あの二人を見る目がちょっと変だった気がするんだが。何か知っているか?」


「《貴様は生理学的に女性相手ならば誰であろうと変な目で見ているだろう》」


「いや俺の話じゃなくて、船員達がさ。双子の側を通った時、変な感情を隠しているように思えたんだ」


「《ああ、そのことか》」


 三笠はなんてことでもないように言った。


「《考えてもみろ、数千人が死んだ作戦後だぞ。残ったパイロットは片手で数えられる程度だぞ。そんなサバイバーがのんびり日光浴をしていたのだ、キチガイを見る目で見られるのも仕方があるまい》」


「なるほど……むしろ不謹慎だと怒られないほうが不思議だな」


「《階級があるからな》」


 更にいえば、こんな戦場で生き残る空中勤務者は正気ではないと勝手に思われていた。

 難攻不落の亡霊戦艦に挑むような連中である。頭のリベットが2,3本飛んでても不思議ではない。


「《何の話だったか。ああ、寝ろ。戦士は休息をとるものだ》」


「そうだな。じゃあ、おやすみ」


「《ああ、おやすみなさい》」


 こういう時に最後まで言うあたり、この口の悪い西洋少女も育ちがいいのだろうなと思う武蔵であった。







 仮眠を取るために自室へ向かう武蔵は、再び如月姉妹の側を通った。

 前部甲板にて、ビーチチェアで寛ぐ双子。

 彼女達も迫る戦いに備え、英気を養っているのだ。


「あれ―――寝てる」


 武蔵は近くにまで来て気付いた。

 双子は太陽の下、割とがっつり寝ていた。

 日光浴といえば聞こえはいいが、要するに昼寝だ。

 無防備に布面積が慢性的不足傾向に陥っている水着だけを纏い、彼女達は完全に寝入っていた。


「よく寝られるな」


 多少の灯り程度ならともかく、これほどの太陽の光にさらされて眠気が湧きそうな気は彼にはしない。


「いやはや、まったくですねぇ」


 独り言に、なぜか返答があった。

 声の主を探せば、ビーチチェアの間で巨大なポニーテールの少女、最上 鈴谷が体育座りをしていた。


「でも昼寝で部屋を暗くする人もいませんし、光量の差ってあんまり睡眠欲求とは関係ないのかもですね」


「鈴ちゃん? 何やってるんだそんなところで」


「やや。なんと言いますか、入りたくなりません? 隙間があったら」


「お前はテトリス棒か」


 どうやら鈴谷もまたたまたま通りかかり、細い隙間に収まってしまったらしかった。

 かくいう武蔵も、特に意味もなく狭い場所に入りたくなる気持ちは分かる。


「鉄橋があったらワイヤーの間を抜けたくなるよな」


「下をくぐるんじゃなくて上のワイヤーをすり抜けるとかキチガイじゃないですか」


「管制レーダーの点検中に滑空でこっそりとな」


「え、シミュレーターじゃなくて実機?」


 武蔵は有言実行した。

 鈴谷と同じく、チェアの間に座り込んだのだ。

 鈴谷はとても迷惑そうな顔をした。


「とても迷惑です」


「とても迷惑そうな顔でとても迷惑だと口に出すのは宇宙条約違反だぞ」


「あれって冷戦期にはもう形骸化してたんですけど」


 武蔵は崩していた足を正座に正す。

 これは武蔵なりの礼儀であった。


「しかしアレだな。やはりおっぱいに囲まれると幸せだな」


 乳房への敬意を忘れない男、武蔵である。


「ウチのおっぱいカウントに入れてくれて感謝感激ですわー」


「如月姉妹の巨乳だけじゃ。鈴ちゃんの貧乳がおっぱいなら俺の胸筋だって並乳になるわ」


 鈴谷は無言で立ち上がった。

 武蔵は正座のまま跳ね上がって双子の片方を飛び越えて反対側に移動した。

 双子の周囲で猫とネズミばりの追い掛けっこを始める鈴谷と武蔵。

 当然、双子も騒がしくて目を醒ましている。


「「安眠妨害なんですけどぉー」」


「気にするな、俺は気にしない」


 双子の片方、当人達ですら判っていないが霜月の方の背に隠れる武蔵。

 無防備な少女を盾にするダメ男爆誕である。


「くっくっく。俺の元に来たければ、まずはこの双子のどっちかを倒すがいい」


「ムサしん、なんですずっち怒らせたんですぅー?」


「怒られるようなことはしていない。アレだ。更年期の年頃なアレ」


「ムサしんが悪いのは分かりましたぁー」


 霜月は後ろにのけぞって、上下反転上目遣いで武蔵を睨む。

 この角度から見る胸元の谷間もすごい迫力である。


「視線バレバレなんですけどぉー?」


「お前がわざと視線を誘導していることだってバレているんだからな」


「こういうのは女の子側が無罪確定なんですぅー」


「憲法37条とは」


「かわいいは正義っ!」


 きゃぴるんとウインクしてみせる如月姉妹。

 武蔵の知らない間に憲法改正、憲法改悪されていた。

 更にいえば現在は双子の片方とのみ話していたというのに、こういう時は二人が連動してダブルかわいい攻撃を仕掛けてくるからタチが悪い。

 彼女達は男を手玉に取るプロフェッショナルなのである。

 現金収入でこそないが自分達の美少女っぷりで利益を得ていたのでマジプロだ。

 こういう方面で逆方面の女性はといえば、武蔵はアリアを連想する。

 アリアは化粧っ気もない。おしゃれもよく知らないし、私服も中性的だ。

 ただ、本人の美少女っぷりが全てを覆している。

 素朴で不器用なナチュラル系美少女、それがアリアだ。

 それとは真逆な方向性で美人なのが、如月姉妹である。

 心理学すら多用した服装選びに異性を惹きつける様々な努力、アイドル顔負けの仕草での、最高にあざといウインクぱちこん。

 そして宣ったのが、こともあろうか正義である。

 正義を自称する者ほど胡散臭いものはないなと、武蔵は改めて思った。

 ちなみに前に同じことを思ったのは200年ほど前である。

 自分本位に大陸を経済圏に組み込もうとした島国の帝国も、対岸に大帝国出現を感じ取ってやられる前に殺れ根性を発揮した正義の帝国も、双方共にろくでもない正義だ。

 合間に翻弄される者達のことを、彼らは考えていたのだろうか。

 それでも、それでも若者達は歴史の狭間で翻弄されるしかないというのならば。

 せめて、私はおっぱいの狭間で翻弄されたい。

 ごく自然な流れで話の流れがおっぱいに帰結した。

 やはりおっぱいは正義だったのだ。

 正義はあった。

 常に目の前に正義はあったのだ。

 大統領は聖書に手を置き宣誓するのではなく、おっぱいパッドに手を置いて正義を誓うべきだったのだ。

 ラシュモア山にはおっぱいを掘るべきだったのだ。


「…………。」


 武蔵は眉間を揉んだ。

 やはり今は休息をとるべきなのかもしれない。


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