6-64
当初は鳥かと思った。
艦橋上のアンテナを飛び回る小さな影。
大海のど真ん中を航行する現在、鳥は珍しい。
かつて、人類がもう少し威勢が良かった頃ならばありえないわけではなかった。
大航海時代以降、渡り鳥は人間の船を休憩所として活用しはじめた。
体内に生体コンパスを持ち大洋を一息に渡る彼等だが、別に休むチャンスがあればしっかり休むのだ。
海上に多くの船が行き来することとなった近代、渡り鳥のゆとり世代化が止まらない。
そのしっぺ返しを、彼らは受けてしまう。
UNACTは演算装置を求め食らう。
動物における捕食とは異なる習性であるが、とにかく広義の意味での大型動物を狙ってしまうのだ。
鳥もまた、多細胞生物であり分類としては大型。
しっかり餌食となり、この100年で渡り鳥はおおよそ死滅してしまった。
よって、22世紀の海に鳥などいないのである。
ならばなんぞやと目を凝らせば、そこに飛んでいたのはちび三笠だった。
武蔵は屋外のタラップを昇り、構造物の天辺あたりにまで辿り着く。
何をしているのかと見れば、三笠はアンテナの点検をしていた。
まさかまさかの労働中である。
「暇か?」
「《忙しい。消えろ失せろ滅しろ死ね死ね死ね》」
この対応の雑さ、まさに本物である。
懐かしさに目を細める武蔵に、三笠は訝しげに眉を顰めた。
「《なんだ、我に会えてそんなに嬉しいか》」
「そうだな。俺の主観的には数十年ぶりだ」
「《ほう。時雨の記憶を見たにしては長すぎるな。あちらから介入してきたか》」
「察しが良くて話が早い」
武蔵は三笠のアンテナ整備を手伝うことにした。
なおアンテナの整備とは掃除である。
稼働部品もない受信アンテナなど、年単位でメンテナンスフリーだ。
「お前がアンテナを気にしてるってことは、そのちび形態も中継器が必要なのか」
「《当然であろう。まさか月と同じ距離から放たれる電磁波を、パラボラもないこのユニットで受信出来ると思ってるのか》」
それほどの距離の往復通信をしておきながら、ほぼ遅延がないのは流石の技術力というべきか。
「どうやって遅延をなくしているんだ?」
「《見かけ上の小手先の技術だ。会話の文脈から複数パターンの返答を用意し、ユニット内の簡易AIが取捨選択している》」
「チビ三笠を移すドローンに、そんな上等な人工知能を積めるのか?」
「《実のところ、このドローンのOSは文明崩壊前の汎用携帯電話向けのものを流用している》」
「ああ、オープンソースのアレ」
「《そうだ。アレには音声で質問すれば答える、簡単な人工知能が積んであっただろう。それに会話の返答の最終決定をさせているのだ》」
「じゃあ、コロニーにいる本体の意に反する返答をする可能性もあるんじゃないか?」
例えば、武蔵が三笠に
「アリアと結婚します。季節外れのエイプリルフールです」
と言ったとする。
すると三笠は前半の
「アリアと結婚します」
と聞いた時点で返答を用意し、チビ三笠に送信する。
本体三笠もまさかエイプリルフールだとは思わないであろうことから、三笠の予測は
「アリアと結婚します。嬉しい」
「アリアと結婚します。結婚式には来て下さい」
「アリアと結婚します。子供は3人ほしいです」
などとなる。
しかしそれらを受信したドローン内の人工知能は、適切な回答パターンがないことから、とりあえず適当に選んでしまう。
よって、
「アリアと結婚します。季節外れのエイプリルフールです」
「《誰が結婚式になど行くか!》」
などといった、ちぐはぐな回答をしてしまう可能性があるのだ。
「《まあ、わからんでもないが》」
三笠は困ったように眉を寄せる。
「《現状、そういうエラーは生じていない。第一、その程度のエラーがなんだというのだ。意に反することを言ってしまったところで、そう言って訂正すればいいだけだ》」
「そうなんだがな」
実際、こうして話していても違和感はない。
しかしこの技術、本来は対話目的の便利検察ツールではないのだ。
「……戦力化は、やっぱり難しそうか?」
会話ならば、1マス下がるのもいいだろう。
しかし戦闘となれば、間違った選択は許されない。
三笠も優秀なパイロットなのだ。
出来れば戦いに加わってほしいところであるが、現状ではまだ見通しは不明瞭であった。
「《時雨は》」
「今頃アリアと喧嘩してるよ」
「《そうか》」
喧嘩している理由については興味がないらしかった。
「《そうか、そうか》」
武蔵は三笠の顔に喜色を見て、少し意外に感じた。
仲間の生還に喜んだことにではない。
それを顔色に出したことに、意外性を感じたのだ。
「《何を見た?》」
「何って、そりゃお前の笑顔なんて天然記念物より珍しいもんを見たが」
「《貴様、タダで見たな。金払え。みかじめ料払え》」
「みかじめ料って一応治安維持を自主的にやった対価て名分だぞ。お前ら上納金搾り取った植民地に一度でも還元したことあったかよ」
「《神の教えを広め文明の向上に努めたのだ》」
「現地の土着信仰はどうなりましたか」
「《歴史は勝者が綴るものであり、我等は常に血を流し勝者で有り続けたのだ》」
「というか三笠、お前絶対神とか信仰してないだろ」
「《そも、貴様等日本人は地球の裏側の我等の悪名に皮肉を飛ばす前に、訴えるべき相手がいたはずだ》」
「なら現状、国体を保ってる日本が歴史書を書く資格を唯一持つ勝者だな」
「《国体なら我が乗っ取った》」
まったくもってその通りであった。
完全な敗戦である。
「《それで。お前は、時雨の記憶を見たのか?》」
「うーん……」
考え、武蔵は口をつぐんだ。
武蔵と時雨の赤裸々白書は軽々しく口外するには随分と生々しい。
いわば武蔵は時雨の妄想シアターに60年付き合わされたのだ。
しかしそれが時雨の願望ならば、武蔵は受け止める必要があった。
「時雨は子供が3人は欲しいらしい」
「《ほう》」
「子供を一人育てるのに必要な額は2000万とも3000万とも言われている」
「《余裕を持って1億は欲しいな》」
「ハーレムを築くには10億は必要だ」
「《貴様一人で稼ぐ必要もなかろう》」
「それでも頑張ります」
「《頑張れ》」
三笠はおおよそだが、武蔵が何を経験したか察した。
確証はないが、別段なくとも差し当たりはない。
三笠が求めるのは過程ではなく結果だ。
アリアが開放されればそれでいいのだ。
「《時雨が目覚めたというのなら、研三のシステムについても助力を乞うとしよう》」
「人工知能が頼るシステムエンジニアってやべーな」
「《人工知能が万能ならば、我は星の海を制覇しているさ》」
「なあ、前々から思ってたんだが。もしかして、タマの中身ってお前なのか?」
武蔵が訊ねると、ミカサの挙動がぐらりと傾いた。
「《な、なんのこ、とだ?》」
ドローンを遠隔操作する技術でピンときていた。
これはタマと同種の技術だと。
「……つまり、アリアを見守るためにタマを送り込んだ、と」
「《そうだ。我としては本来は縮退炉とドローン機能を搭載される予定などなかったから、普通に人形状態で歩き回ってなんとかアリアに接近する気だった》」
「どうりで。未来じゃタマがいなかったのは、三笠的に必要なかったからなのか」
「《うむ》」
「そうだったのかにゃ」
「《忘れろ……!》」
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