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 一年経った。

 現状経過が順調かといえば、そうとも言えない。

 短髪となった時雨の髪が不自然に伸びることはなかった。

 つまり、歴史の修正はない。

 武蔵の苦難の生活が始まった。

 自分がかつてどんな生活を送っていたかなど、細かく覚えている者はどれだけいるだろうか。

 交友関係も生活スタイルも学業もうろ覚え。

 学業については高校の下位互換であって、困惑しつつも付いて行けている。

 むしろ問題は、やはり日頃の立ち回りだ。

 かつての自分はどのような生き方をしていただろうかと考え、そのように活動する。

 ここであえて明言しよう。


「完全に失敗した」


 自らに課せられた部長という肩書を前に、武蔵はバタフライエフェクトという現象について強く実感を覚えていた。

 武蔵が中学校で暴れていた時期と、高校入学を経てアリアと知り合う時期までの間は2年だ。

 2年も経てば人間別人だ。多感な時期ならば尚更だ。

 どうにか歴史を修正しようと奮闘した武蔵であるが、やればやるほど世界は武蔵がかつて歩んだ歴史とは剥離していった。

 第一の失敗は、やはり校内の模擬試合であろう。

 武蔵が独断行動を続ける為に、それを諌める目的にと実施された40機以上のバトルロワイヤル。

 ここで武蔵は時雨にハッキング(物理)という外法で一本取られ、空戦しか考えていなかった彼は時雨という少女に目を向けるようになったのだ。

 その時雨はかつて、こんなことを言っていた。

 「自分が武蔵を愛したのは、どこまでもストイックに空を追い求めていたからだ」と。

 それを覚えていた武蔵は、かつての流儀に従って最強の道を突き進んだ。

 武蔵が零戦を、時雨が疾風を得て初めて真っ向より戦った戦い。

 売り言葉に買い言葉で武蔵対全部員で空戦を行い、そして―――

 ―――危なげなく、単騎で40機に全機撃墜判定を下した。

 大和武蔵という人物は、機体もパイロットも学生レベルではない。更にいえば、時雨の奇策も把握していたせいで咄嗟にさらなる対策で打倒してしまった。

 さして気合を入れることもなく、「とりまあ勝っとくか」くらいの気分で完勝してしまったのだ。

 模擬戦後、嫌悪を超えて戦々恐々とした目で武蔵を見る部員達を見て、彼は思い出す。


「そういえばこれ、負けイベントだった」


 元より部内で孤立していた武蔵はこれを契機に更に孤独化し、交友関係は壊滅的になる。

 健全な精神は健全な肉体に、など嘘っぱちだ。人格と実力は比例しないのである。

 部内で実力はあるせいで文句も言えない、やたら横暴な先輩ポジションだ。

 傍目から見れば最高に痛々しいお山の大将君である。

 強くてニューゲームの現実など、こんなもんなのかもしれない。

 それでも武蔵は中身は大人だ。同じ轍を踏むようなことはしない。

 恥はかき捨てとばかりに方針変更し、部員達に声をかけた。

 あさ(ましい)の声掛け運動スタートだ。

 これまでロンリーウルフだった武蔵の急変に、誰もが不気味がった。

 さながら陽キャの仲間入りをせんと意気込む勘違い陰キャ野郎さながら。

 誰もが「なんだこいつ」という目で武蔵を見た。

 しかしそれでへこたれる武蔵ではない。

 理路整然と部長や先輩方を説き伏せ、時に相手を尊重し、真摯に説得した。

 がむしゃらに正論で相手を潰していた中学生の頃の武蔵はもういない。

 当時よりは成熟した精神と未来世界で繰り返した交渉術が光る瞬間であった。

 ようするに口八丁手八丁で部員達を籠絡していった。

 長い長い旅の中で、武蔵は多くを学んだのだ。

 他者の心など、よほど偏屈でない限りはある程度言葉で制御可能なのだと。

 良くいえば交渉術、悪くいえば催眠術。

 率直に言おう。

 ド直球な全力少年の中学生武蔵よりタチが悪い。

 本当にどうしようもない。

 駄目な意味で大人になってしまった武蔵君である。

 集団心理と催眠に近い誘導によって、空部は知らず知らずのうちに武蔵の支配下に置かれた。

 精神論を廃し空戦理論とスポーツ科学による練習の改善を行い、その上で個々の癖や嗜好を否定しない作戦立案をした。

 武蔵自身も癖の強いプレイヤーだけあって、むやみに否定は出来なかったのである。

 こうして武蔵のテコ入れで強化された空部は大会において優秀な成績を残し―――

 ―――なぜか、武蔵が部長に選ばれた。


「冗談じゃない! 俺が上に立つタイプかよ!」


 怒鳴る武蔵。

 そう、武蔵は上に立つタイプではないのだ。

 強いていえば、上に立つ者の背後に立つタイプである。

 かつて高校生の頃に空部に協力したのも、単純に空を飛ぶこと自体は嫌いではないことと、更にいえば性欲あってこそ。

 雷間高校の空部員が美人揃いでなければ、再び操縦桿を握ることはなかった。

 ……行動の方針としては、間違ってはいなかった。

 かつての武蔵は勝つことしか考えていなかった。それに倣い、現在の武蔵も勝つことだけを考えた。

 時雨はストイックな武蔵を好きになった、という話をかつて聞いたことがあったこともあり、バタフライエフェクトを回避する為にも勝利前提で動いたのである。

 競技者としてのプライドは未だ彼のうちに燻っているが、それでも空気を読んで負けることも覚えた。

 がむしゃらに空を目指していた武蔵も、とうに真っ当な夢を見付けていたのだ。

 しかしそれでは結局、未来が変わってしまった。

 2年生の春に行われた部内の競技会、それで彼は圧倒的勝利を収めた。

 天空において生き延びたのが武蔵の零戦だけとなった時―――彼は首を傾げた。

 部内の40機弱を蹴散らし、こんなに弱かっただろうかと不思議そうに目を丸くしながら。

 いきなりやらかす馬鹿であった。







 そんな1年であったが、成果がないわけではない。

 過程こそ違えたが、めでたく武蔵は時雨と交際にこぎつけられた。

 というより、時雨の方から告ってきた。

 一応史実では武蔵の方から交際を申し出たので、今度は逆となったわけである。

 パターンは逆出会ったが、結果は同じだ。


「……めでたいのか、これ?」


 結果は達成出来たが、彼等の目的は時雨の精神を再構築すること。

 結果ではなく過程が重要であり、そういう意味では完全に失敗している。

 それはそれで問題だが、更に大きな問題があった。

 この記憶世界に入った当初はやや幼げな言動の時雨に違和感を感じていた武蔵だが、最近ではそういったこともなくなった。

 武蔵の最後に見た高校生の時雨に近づいているなら、それでいい。

 しかしそうではない。

 武蔵が、この世界の時雨に慣れてしまったのだ。

 このままでは精神の再構築もクソもない。目安となる記憶が曖昧なのだ。

 あるいは、これでいいのだろうか。

 素直に、違和感が減ったのは時雨の人格形成が完了に近付いているからだと解釈すべきなのだろうか。




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