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『2143年11月24日』







 年功序列と成果主義。

 何かと対比される概念だが、軍隊とは元来実力主義の傾向が強いものだ。

 21世紀における自衛隊に年功序列のイメージが強いのは、そもそも実力を発揮する機会がないというだけである。

 もし戦争が起こり多大な戦果を残した自衛隊員がいれば、上は評価し出世させざるを得えない。

 もっとも、一平卒としての優秀さと上官としての優秀さは別物だが。

 出世のチャンスがない軍人がなんとか成果を残そうとした結果、自衛隊は訓練の為の軍隊と揶揄される歪さを内包するようになるのだが……それはまた別の話。

 さて、人類涅槃開放軍という荒くれ者達はこのどちらの組織形態を採用しているか。

 結論から言えば、後者―――成果主義である。

 年功序列に胡座をかく人間は下からの突き上げにあっという間に淘汰され、組織は先鋭化していく。

 時にそれは理念の曲解すら招きながら、それでもテロリズムは肥大化する。

 そこに正義などない。それは既に集団ではなく、集まった個でしかないのだ。

 ―――だからこそ、付け入る隙などいくらでもあった。


「殺れーっ。殺し合えーっ」


 きゃっきゃと笑う男がいた。

 抗争を繰り広げる人類涅槃開放軍の内部メンバーを、武蔵は虫を見るようにビルから見下していた。

 正規の手順で何食わぬ顔をして入隊し、派閥を掌握した彼は双方に偽の情報を流し争い合うように仕向けたのだ。

 どっかんどっかんと各支部に爆破テロという名目の精密爆撃を仕掛け、自作自演で組織を崩壊させていく。

 組織の基盤が弱体化したところで双方に和平を呼びかけ、生き延びた主要メンバーが集まったところで催涙ガスによっての鎮圧。

 由良と共に真心込めて作った爆弾付きの首輪を全員に装着し、1週間で組織の乗っ取りは完了した。


「ま、後先考えず手段を選ばなければこんなもんでしょ」


 手段を選ばぬ悪辣さにおいて、武蔵の上を行く人間はそうそういない。

 彼からして、人類涅槃開放軍のテロ行為はアマチュア染みた甘いやり方であった。

 武蔵の目の前には、彼を忌々しげに睨む構成員。

 「暇だからじゃんけんで負けた奴の首輪爆破するぞー☆」と言い残し、武蔵は組織の最重要区画に入る。

 男達の鬼気迫るじゃんけんの掛け声を背後に、武蔵は地下への階段を降りて行った。


「……人体実験、か」


 そのおぞましさは、今更記すまでもない。

 この光景をおおよそ予想していたからこそ、武蔵は彼らに対して容赦しなかったのだ。

 人命を救わんとする医療施設とは違う、明らかに憎悪と恐怖の染み付いたタイルの壁。

 牢屋に閉じ込められた人間達は、皆外見上は若々しく見える。


「おーい、生きてるかー? 助けにきたけど元気ー?」


「…………。」


 返答は掠れた声ばかり。

 武蔵にとって拉致された人々の救出はついででしかないが、だからといって放置も出来ない。

 とりあえず危険な状態の者がいないかと見渡していると、ふと声がかかった。


「あれ―――時雨のお友達じゃないですかぁ」


「うっわー、まじウケるんですけどー」


 どこかで聞いた声。

 視線を向ければ、衰弱した女性が2人横たわり、武蔵を目だけで見ていた。


「時雨って―――白露さんちの時雨さんか? あんた等俺のことを知ってるのか?」


「あはは、なんですかぁ前は散々口説いてきたっていうのにぃ」


「こんなボロボロになった女には興味ないっていうんですかー、そういうのどうかと思いますよー」


 その顔立ちはよく似ており、姉妹であることは明確であった。

 否、姉妹よりも更に近い存在。遺伝子的にはクローンと呼んで差し支えない、双子という関係の少女。


「お前等、鋼輪工業の双子、か?」


「如月 秋月あきづきですってぇ。覚えといて下さいよぉ」


「如月 霜月しもつきですー。とりまあ、助けて下さい大至急でー」


 気丈な言葉とは裏腹に、安堵に震える歓喜を隠しきれない双子の言葉。

 100年ぶりの再会にしてはアテにしすぎじゃないかと疑問を抱いた武蔵は、1つの可能性に行き当たる。


「助ける。お前達の安全は俺が保証する。ところで質問なんだが、俺に最後に会ったのはいつだ? 何年前だ?」


 ややしばし考えるような沈黙の後、彼女達は答えた。


「エアレースの決勝で、訳判んない化物に襲われて以来でしょー?」


「ここの牢屋に入れられてからどれだけ経ったかは、判らないけどぉ―――1年くらい前?」


 牢屋の中の時間感覚など信用出来ないが、少なくとも100年と1年を間違えるとは思えない。

 ならば、秋月と霜月は。


「お前等も、俺やアリアと同じ、なのか」


 革新はない。ただの違和感、直感。

 武蔵の確認の問いに、現状を把握出来ていない双子達は答える術はなかった。







 双子がどんな目に遭っていたかを邪推するのは悪趣味だと判断し、武蔵はとりあえず2人を大和宅へ連れ込んだ。

 他の拉致被害者については自衛隊に丸投げしたので、完全なえこ贔屓だ。


「拾ってきたのはお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんが世話してよね! トイレはここ! お水は定期的に交換する! 芸はチンチンまで覚えさせて! チンチン! チンチンチンチン!」


「やめろ、2人が怯えてる」


「オチンチン! チンコ! おチンコ!」


「吹っ切れるな」


 犬みたいな扱いはともかくとして、かつての知人だというのに信濃の対応はやや塩っていた。

 それを問うと、彼女は憮然とした面持ちで答える。


「いや、だって100年前だもん。覚えてないもん」


「そりゃそうか」


 ずっと交友があったり、肉親だったりするならばともかく。

 100年前のさほど交流もない相手など、忘却曲線がマイナスに突き刺さっていても不思議ではない。


「それに、お兄ちゃんの目的からしてこの2人を助ける必要ってある?」


「……それを言われるとなぁ」


 武蔵は察していた。

 忘れている、というだけではない。信濃の対応は、この100年で身に付けた冷徹さの一端なのだ。

 なんだかんだで心優しいこの少女が、今までどれだけの知人を裏切ってきたか。

 そうせざるを得なかった苛烈な歴史であることは、知識の上では彼も知っている。

 知っているだけは、識っていた。


「でもまあ、こいつ等も時間跳躍組だ。調査しておいて損じゃあるまい」


「その為にはまず懐柔しなきゃいけない、って?」


「懐柔っていうな、心を開かせるだけだ」


「あのぉ、そういう相談は目の前でやらないでほしいんですがぁ」


「弱ったあたし等をどうしようっていうんですかー?」


 大和宅には空き部屋があった。

 厳密には元は両親の寝室だが、信濃がこまめに掃除していた上にベッドが2つあるので、双子に充てがうにはちょうど良かったのだ。

 うむむ、と唸る武蔵。


「信濃、まず金銭的にこの子達を養えるか?」


「全然問題ないね、永久的にって言われたら困るけど貯金はあるし。でもお手伝いさんを雇う余裕はないから家事は手伝ってもらうよ。君らって家事出来る?」


「ぼ、ぼちぼちってところかとぉ?」


「よ、ヨユーって感じですー?」


 そこはかとない不安を感じる大和兄妹だが、実はこの美少女姉妹は家事力は高い。

 遊んでいそうな外見に違わず、男にウケる『女子力』のレベル上げには励んでいたのだ。


「それじゃあ色々お願いするね。ちゃんと時給換算してお給料は払うから」


 最低賃金計上の上に食費光熱費を差っ引く気満々である。

 正規の書類を経ずに雇わないことを鑑みるとまだ良心的と評価すべきか、兄に似て悪辣と称するべきか難しいところであった。


「っていうかぁ、おふたりも双子なんですよねぇ、二卵性ですけどぉ」


「ああ、男女に判れてるがれっきとした双子だ。俺が兄だぞ」


「同じ双子として言わせればー、数分の時間差で姉とか妹とかこだわるのちょーダサくないですかー?」


「上下関係をはっきりさせるのは大切だ。こいつに姉という肩書を与えたら俺の人権終わるからな」


 女社会というカースト制度の中で生きてきた如月姉妹には、なんとなく武蔵の弁も分からなくもない気がした。


「被保護に入ったからには、私のことは姉のように思ってね! せっちゃん、まいちゃん!」


 にこぱーっ、と満面の笑顔で双子の受け入れを了承する信濃。


「は、はあ」


「さっきぃ、思いっきり切り捨てる相談してたようなぁ……?」


 見事な変節っぷりに慄く如月姉妹であった。

 100年の人生経験が与える顔の皮の厚さは伊達ではない。


「お兄ちゃん、双子が2組だよ」


「そうだな」


「これで実質4つ子だよ」


「その理屈はおかしい」


「あのぉー?」


 そろそろと、ジト目の秋月が小さく挙手する。


「ところでなぁんかわたし達がむさしんの家に住むみたいな話になってますけどぉ。私達、普通におうちに帰りたいんですけどぉ?」


「マジ卍ぃお世話にはなりましたけどー、そこまで望んでいないっていいますかー?」


 信濃は武蔵を見た。

 武蔵は流れるように視線を逸した。


「お兄ちゃん、伝えてないの?」


「いや、伝えてる。伝えては、いる」


 きょとん、と不思議そうに首を傾げる如月姉妹。

 むしろこの反応こそが正答であり、武蔵の順応力が奇妙であったのだ。

 「エアレースで怪物に襲われて、気付いたら100年後にいました」。

 そんなことを話されて、理解出来ても納得出来る者などいない。

 双子は、現実逃避をしていた。







 変わり果てた町並みを見せて現実を認識させる、というのは武蔵も真っ先に思い付いた対処法だ。

 だがそれが正解である保証はない。この双子はこれまでも、現状が明らかにおかしいという事実は目の当たりにしてきたのだ。

 その上で、現実を受け入れていない。もはや確信犯である。


「うるせえ現実見ろや! お前らの実家はもうねえんだよ! なんて言ったら、更に意味不明な方向に現実逃避するだけだぞ」


「現実との齟齬という点では、拉致されて人体実験されて保護されたのに、なぜかほとんど関わりのない他校の学生の家に居候させられているって時点で意味不明過ぎない?」


「だから相当パニクってる。お前が指示した家の掃除に邁進する程度には」


 信濃は家事を手伝えと指示したが、別に家政婦のように馬車馬のように働けなどとは言っていない。

 ただ単に何もやることがないとかえって考え込んでしまうであろうと予想し、適当な仕事を与えたのだ。

 だというのに、如月姉妹は大和家をひっくり返すような大掃除を初めてしまった。


「家中の大掃除って言ったって、結局数日くらいで終わってしまう。早いことなんとか上手い理由を考えないと」


「お兄ちゃん、やっぱこれ不良債権だよ。適当な風呂に沈めて金策に利用しようよ」


「なんつーことを言うんだ我が妹は」


「女だから、言えるんだよ。お兄ちゃんからは言えないでしょ?」


 世界最古の職業は娼婦である、なんて言い回しがある。

 真相はタイムマシンが開発されない限り……現状を鑑みるにひょっとしたら開発されているかもしれないが、少なくとも目の前に使える状態でない限り……結局は藪の中であるが、なんにせよ世界最古の職業は根源的三大欲求を満たすシンプルな職業ではあったはずだ。

 ならむしろ猟師が世界最古の職業ではないか、なんてツッコみはともかく。

 どれだけ文明が荒廃しようと、どれだけ世界が破滅しようと。

 娼婦と農家と猟師と占い師と産婆と医者と葬式屋は廃業しないのだ。


「多いよお兄ちゃん。廃業のリスクがない職業、多いよ」


「むしろ娼婦は若い頃しか売れないから、廃業はするよな」


「そう考えると、2人をお風呂屋さんで働かせるのも考えものだね。ちゃんと将来的にやっていける仕事じゃないと」


 こいつ割と本気で2人を娼婦にするつもりだったのか、と武蔵は信濃に恐怖した。


「っていうかお兄ちゃんだったら真っ先に思い付きそうな解決法、選ばないんだね?」


 武蔵は内心ギクリとするが、顔には出さない。

 さすがは妹、と感嘆するのみである。


「あの双子をハーレムに加えて養う対象に入れる、ってのはナシだ。今の俺にそんな甲斐性も余裕もない」


 2人とも大した美人なので、武蔵としてもハーレムに入れられるのならば入れたかった。

 だが無理なものは無理なのだ。武蔵が100年前に創り上げたハーレムの少女達は将来的に得られる収入や余暇を緻密にシミュレートした結果の最大公約数的人数であり、それ以上は養いきれないと判断してのハーレム拡大打ち切りだったのだ。

 無駄に委細を検討し尽くした無駄に欲張った無駄に熱心で無駄な願望であった。


「そんな俺も、今や妹に養われる側。ああタダ飯って美味い」


「それでこそお兄ちゃんだよ! ああっ、歳下になった兄を甘やかしてダメ人間にするってゾクゾクしちゃう」


 ビクビク震えて自らの股間に手を伸ばす信濃。

 妹が隣で自慰を始めたことをスルーしつつ、武蔵は踵を返した。


「お兄ちゃん、どこ行くのっ、ああっ、んっ?」


「とりあえず、人類涅槃開放軍の内部を安定させておく。本命の総理大臣へのラブコール作戦もあるしな」


 テロ組織の運営と双子美少女姉妹の保護。

 どちらもやらなくてはならないのが、貧乏性の辛いところであった。



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