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『2143年11月25日』







 国家において、人口というのは国力の判りやすい指標となる。

 単純に人口と国力が比例するわけではないが、それでもあらゆる場面において数とは力なのだ。

 最盛期の10分の1にまで減少した日本の人口。

 それだけ減っていれば多少なり与しやすいと考えていた武蔵の甘い考えは、現実にはあまりに無力であった。


「120万人の国だからって馬鹿に出来ねえな。やっぱ真っ当な方法じゃ総理大臣に届かねえわ」


 武蔵という個人が国家に対して強いメッセージを伝えようというのだ。それは、明らかに容易なことではない。


「今の日本は軍国主義に見えて、なんだかんだで民主主義の体裁を保っている。国民の意思は無碍には出来ないはずだ」


 どこかの北半島の民主主義な人民共和国は無碍にしまくっているが、あれは民衆の意思が統一されることを防いでいるだけなのでセーフである。


 国民「バカ!」「アホ!」「くたばれ!」「ウンコ!」

 王「言ってることバラバラだからお前ら少数意見な。多数決からしてお前らの意思は却下ってことで」

 国民「「「「ざけんな!」」」」


 みたいな話だ。

 このセルフ・アーク内部の日本には政府から名目上切り離されている独立したマスメディアも存在するし、政治家達はきっちりと選挙の洗礼を受けている。

 自浄作用を働かせるシステムは生きている。それ自体は素晴らしいことなのだが、時に免疫機能とは自分自身をも攻撃してしまうのである。


「あんまり気は進まないが、ここは下劣なる先人に倣って民主主義の弱点を攻めるとするか」


 武蔵個人としては、現代を生きる者として民主主義を信奉する傾向にある。

 だが民主主義が人類が辿り着いた現状最高の社会形態かといえば、そんなことはないことは学のある者ならば周知の事実だ。

 数多の政治屋達が責め立てたように、民主主義には致命的とは言わずとも消しようのない大きな弱点がある。

 その成否に関わらず、国民の声が政治に大きく反映されてしまうのだ。

 人はどこかの誰かが被る凄惨な悲劇より、自分が被る細やかな不利益を厭う。

 テレビの向こうの異国の紛争に現実感を覚えず、明日の天気に気を揉んでしてしまうのだ。

 必要なのは現実感とインパクト。自分に直面する事態だと人々に認識させ、国にその対応をさせる状況を作らねばならない。

 例えそれが、専門家曰く「些事である」としても。







 この時代においてはさすがに風化しているが、日本人には大きなトラウマがある。

 大地を薙ぎ払う熱線。

 海を嘶かせる衝撃波。

 そして、空にのし上がる巨大なきのこ雲。

 核兵器によるテロを、武蔵は計画したのであった。


「由良ちゃん、核爆弾って作れる?」


 由良の家に無遠慮に押しかけた武蔵は、お風呂シーン中であった彼に突撃しつつそう問うた。


「えええぇっ―――……」


 由良は胸を隠すか頭を抱えるか、大いに悩んだ。

 最近は人類涅槃開放軍を滅殺する為に零戦を整備したり爆弾を作ったりと武蔵に言われるがまま危ない仕事をしてきた由良であったが、今回の依頼は頭のネジが全て外れていた。



「あの、お兄さん―――核爆弾と言っても、色々あるのですけれど―――」


 それは武蔵も判っているが、武蔵としてはより専門的な知識を持つ由良に丸投げしたいところである。


「遠くから見ても一目でヤバイって判るような、派手な奴がほしい。海上で爆破させて、『次は都心部で起爆させるぞ』って政府を脅すんだ」


 むむむっ、と由良は眉を顰めた。


「運搬方法は―――?」


「色々と手っ取り早いのは、やっぱり空輸だろうな」


「はぁ……―――」


 由良は溜息を吐く。

 爆装零戦という零戦のバリエーションは実在する。最大500キロの爆弾を懸架した、戦闘爆撃機化した零戦である。

 武蔵のゼロセカンドもまたそれくらいの爆弾は搭載出来るのだが、500キロ以内に核爆弾を小型化するというのは存外難しい注文であった。

 世の中には大きくするのが難しい物と、小さくするのが難しいものがある。

 核兵器でいえば、どちらかといえば後者に分類される製品だった。

 20世紀の冷戦期には子供より軽い核弾頭など幾らでもあったのだが、それは幾重も繰り返された核実験の成果。

 机上の理論のみで核爆弾を設計せねばならない現状、そのような小型化を短時間で果たせる自信はさしもの由良にもなかった。


「二次被害が出てほしいわけじゃないから、放射性物質が検知されるけど、人々に被害が出ない感じでオナシャス!」


「注文が増えた―――……」


 さてどうしたものか、と由良は頭を捻る。

 原始的な核爆弾では、周囲の被爆は免れないし小型化も難しい。

 放射能汚染を最小限に留めたいのならばいっそ水爆、それも起爆剤に原子爆弾を使用しない純粋水爆が好ましい。

 だが純粋水爆は技術的に難しく、小型化は21世紀の軍需企業でもなければ不可能だ。


「現実的では―――ありません」


 よって、由良はこう言わざるを得ない。

 リアリティがないことなど武蔵も解していたが、最高峰の技術者たる由良が言えば重みが違った。


「まず、旧式の核分裂爆弾や水素爆弾となると、どうしても致命的な放射能汚染が生じるのでアウトです―――」


 これはもう、原理的にどうしようもないことだ。

 莫大なエネルギーを放出する部分をシールドで覆うとなると、それはもう爆弾ではない。


「じゃあ純粋水爆は、ってのは無茶な注文だよな」


 首肯する由良。


「トカマク型の磁気閉じ込め装置は古くから存在した、まだ製造可能な技術です―――しかし、常に問題となってきたのはエネルギーの変換効率の悪さと、寿命の問題です―――」


「寿命は兵器として使うなら考慮しなくてもいいけど、そんなに効率が悪いのか」


「はい―――。粒子加速装置が大型になるので―――それに、起動に際しての初期電力調達が難しい、です―――」


「磁気濃縮型爆薬発電機を使えば?」


 磁気濃縮型爆薬発電機とは、要するに火薬を使用した一回使い切りの発電機である。


「少なくとも、500キロには収まりません―――」


 そもそもが、純粋水爆の基礎である核融合技術が据え置きに適した技術なのだ。

 設備を常設して発電装置して使うのならば、これ以上とない発電量を発揮する。

 原子力航空機というのもないわけではないのだが、やはり運用が難しいのだ。


「それに、純粋水爆の放射線も比較的小さいというだけで、無視出来るレベルではありません―――」


 『綺麗な水爆』なんて洒落た異名を持つ純粋水爆でさえ、半径数百メートルに死を振り撒く悪魔の兵器なのだ。

 核兵器というジャンルに拘る以上は、武蔵の望む限定的な効果を期待するのは難しいだろうというのが由良の見解であった。


「どうしても、核兵器が必要ですか―――?」


「ああ。核じゃないにしても、インパクトの大きな超兵器が欲しい」


「―――なんとか考えてみます。あの、それより―――」


「どうした?」


「―――お話がしたいのなら、すぐあがりますから―――居間で、待っていて頂けますか?」


 忘れそうになってしまうが、今現在由良は入浴中である。

 武蔵は「失敬」と一言謝り、浴室内に退いて扉を閉めたのであった。



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