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『2143年10月25日』







 余暇。

 要するにその采配を当人に任された自由な時間だが、未来少年となってしまった武蔵にも当然暇な時間はある。

 そんな時は信濃とエロいことしたり由良とエロいことしたりアリアにエロいことをして殺されそうになったりしていたのだが、やがて武蔵は一つの称号を得てしまった。


「おニートちゃん、ご飯だよー!」


「おい変な新語を爆誕させるな、勉強はしてるんだから俺はニートじゃない」


 何を以てニートと定義すべきかは様々な異論が存在する。

 たが今の武蔵をニートと認めてしまうと、自宅で勉強に勤しむ浪人生もまたニートになってしまう。


「受験の為に頑張る浪人生をニート扱いはかわいそうだろ」


「お兄ちゃんは人間失格だもんね。一番つらいのはお兄ちゃんだもんね」


 本気で憐れむような目で武蔵を見やる信濃。

 いつから自分はそんな太宰で治な対象になったのかと是非を問いたいところであったが、武蔵はぐっと堪えてダイニングテーブルに腰を下ろした。


「今日のお昼ご飯はすいとんだよ!」


「これみよがしに戦時中っぽいものを出してきたな」


「ちゃんと出汁も味噌も入ったすいとんだから、普通に美味しいよ。昔のすいとんが残念なのは出汁も味付けもないからだよ」


「これほとんどうどんじゃね?」


「どっちかというとほうとうかな」


「「いただきます」」


 もっちゃもっちゃとすいとんを食していると、ふと武蔵が今日の予定を思い出す。


「そうだ信濃、良い忘れていたが今日は昼から出かけるから」


「ん? どうしたの? 周りが次々と結婚していく中で危機感を覚え始めた?」


「今日のお前辛辣だな……ちょっと友達に会うから」


「えっ、ほんとに誰。由良ちゃん?」


「いや、こっちで知り合った奴。お前の知らない奴だ」


 浮気? と首を傾げる信濃。


「男だよ」


「男と浮気?」


「いやいや、ムサイ男だから」


「ガチムチかあ……」


 何やら思いに臥せったような信濃に、武蔵はだめだこりゃと嘆息するのであった。







 扶桑野 真白。

 航空自衛隊の准空尉であり、アリアの部下に当たる男である。

 前回の歴史においては同部隊員としてそれなりに交友を深めていた武蔵と彼であったが、今回は自衛隊に入隊していないので接点はほとんどない。

 だが大和武蔵を嘗めてはいけない。この男、それなりにコミュ力はあるのだ。

 あの手この手でアリアとの接点を保ち続け、その過程で扶桑野とも友好関係を築いていたのである。


「あ、すまない待たせたか?」


「おっ、いやいや、今来たところでっせ」


 扶桑野は自身よりやや遅れてやってきた武蔵に、朗らかに笑いかけた。

 そして今のやり取りが初心な男女のそれのようであったと思い至り、2人揃って赤面してしまう。

 オープンカフェの一席。精悍な趣の武人と若き青年の逢瀬は、周囲の客にも困惑と好機を禁じ得ない。


「さ、最近どうだ? アリアの近況とか聞かせてくれよ」


「なんやねん、あんさん……ジブンの前にいるんは、今はワイやで」


 拗ねたように頬を膨らませる扶桑野。

 そんな彼の様子にわたわたと慌て、武蔵は弁明する。


「いやっ、その、なんだ……すまない、気が急いていたようだ」


「ええんや、ええんやで。すまんな、面倒くさいこと言ってもうて」


 途切れる会話。

 ややあって、互いに声を発そうとした時―――


「ご注文はお決まりでしょうかー?」


 店員が、場違いに乱入してきたことで謎の空気は霧散したのであった。







「さっきのはなかったことにしよう。何かの間違いだ、気のせいだ」


「せやな」


 妙に分厚いベーコンが漢らしいカフェ特製BLTサンドに齧り付きつつ、男達は先程の雰囲気を払拭すべくブラックコーヒーをガブ飲みした。

 どうでもいい閑話だが、コーヒーの栽培可能な気候条件は厳しい。

 安定して栽培出来るのが赤道を挟んで南北25度以内に収まる、所謂『コーヒーベルト』に限定されるのだ。

 更に土壌や降水量も条件に含まれるので、セルフ・アーク内での栽培はかなり困難。

 よって、この時代の人間が嗜むコーヒーは大半が代用コーヒーとなる。

 以上。本当にどうでもいい閑話終了。


「それでどうだ、アリアの最近の調子は?」


「いつも通りとしか言いようがありまへんで。まああんさんと再会して動揺した感はありまったが、割と落ち着いてますわ」


「そうか、あいつも大人になったんだな」


 しみじみと語る武蔵。

 そもそも同い年だし、未来世界においてはアリアの方が3歳歳上である。

 この世界が本当にループしているのなら、いつしかアリアの歳を再び追い越すのだろうかと思考しつつ武蔵は紙袋を手渡した。


「例のブツだ」


「あいよ、確かに」


 クツクツと笑い合う男達。

 ヤバイ物をやり取りしているように見えるが、中身はただのタバコである。

 ただの、と言ってもその品質はこの時代において最高級品。件のクルーザーに保管されていた21世紀の紙タバコである。

 きっちりと封がされて保管されていたちょっぴり高級なタバコは、風味が飛んでいることもなくアリアに大好評であった。

 自衛隊内で支給される安物低品質紙タバコすら通貨として通用する昨今、21世紀に作られたタバコは某ジョレヌーボーとナントカ・コンティほどに評価が隔絶してしまったのである。

 武蔵にとって、この時代における大切な資産である。


「お主も悪よのう」


「お、おう? せやな?」


「やべぇ1世紀分のカルチャーギャップだ」


 実際の元ネタに至っては1世紀と三四半世紀75年前のテレビCMなので、むしろ武蔵が知っていることも不可思議である。







「ちゅーわけで、近々大規模な作戦が行われるって話ですわ。それに関連してかあっちもこっちも騒がしくて、隊長もてんてこ舞いみたいやな」


「漏らしていいのか、その情報……」


 第二次真珠湾攻撃と呼ばれた、第二次布哇ハワイ作戦のことだ。

 発令はもう少し先だが、大規模作戦となると準備期間も半端ではない。経済効果だけですぐに露見する、ある種の公共事業だ。

 そんな馬鹿なと思われるかもしれないが、国からの大規模発注という意味ではピラミッドも真珠湾攻撃も変わらないのである。


「あんさん家の工場も今は忙しいやろ? どうせバレバレやん」


「別に工場手伝ってるわけじゃないし、よく判らん」


「うわあ、穀潰しや」


「いやいや勘違いするな。俺だってやろうと思えばそこらの整備員以上に働けるんだぞ、まあ働かないけど」


「やっぱ穀潰しやん」


 武蔵にとってニート生活とは初体験であったが、想像以上にお世間様の風当たりが強い。

 相対速度でいえば風速1224キロメートル毎時ってところである。プレッシャーの衝撃波で吹き飛びかねない。

 それも当然である。世間様はあらゆる社会形態において最強の存在なのだ。

 独裁者という個人が一時的にそれを簒奪することはあれど、結局は革命という名の世間に敗北を喫している。

 結論。やはりお世間様最強。

 それを誘導するメディア超最強。

 新聞社という一見ぱっとしない業種が、ありとあらゆる時代において絶大な影響力を有していたのもさもありなんというものである。

 だが武蔵にも言い分はある。

 この男、言い分という屁理屈を捏ねらせれば1の応に100の答で返す男である。


「俺が悪いんじゃない。世界が悪い」


 そう、なんかループしているらしいこの世界が悪いのだ。

 考えても見てほしい。ループ系の物語は数多くあれど、その中でのんびり労働や学業に勤しむ主人公がどれだけいようか。

 ループからの脱出を諦めて日常を繰り返すことを選んだ主人公ならばともかく、武蔵はまだまだ諦める気はないのだ。

 よって彼のすべきことは、とにもかくにも情報収集に努めることばかりなのである。

 そう自己弁護してみるも、依然として扶桑野の視線は残念な人を見るそれであった。


「そ、その目はやめろ。俺は頑張ってるんだ、俺の頑張りを認めない社会が悪いんだ」


「もういい、もういいんや。まずはゆっくりとジブンを見つめ直せばええんや」







「若い頃はおっぱいばっかり見とったけどな、よくよく考えたら胸なんて大きくても小さくてもええんや。故人曰く、大きなおっぱいには夢が詰まっとる。せやけど、小さなおっぱいには未来への希望が詰まっとる」


 朗々と女性の胸について語る扶桑野は、さながら宣教師の如く深々と声を静かに辿る。


「それ、ハカセがずっと昔に言ってたぞ。もしかして有名な文言なのか。歴史に残っちゃったのかあの人の妄言」


「歳を取るとな、胸の大きさなんてどうでもよくなってくるんや。むしろ腰や尻やな。こう、判るか? 横から見たときにきれいなS字を描いた背中なんか見ると、どうにも辛抱堪らんくなる」


「まあ、そうだな。痩せっぽっちの女の子でも、身体の線が綺麗だとドキドキするのは理解出来る」


「身体のラインにしたって、どうにも若い奴は正面から見たくびればっか気にするんやけどな。そもそもおなごの身体っちゅーのは三次元的な立体構造物や。くびれは背中、肩甲骨や肋骨から腹部へのスッとした絞り込みが重要なんや。こればっかりは痩せれば得られるっちゅーもんやない。むしろ内蔵が痩せるってことはないんやから、ちゃんと健康的な生活を送ってそれなりの筋肉と脂肪を付けんとあかん」


「結論から言うと?」


「エッチな女の子はええもんや」


「せやな!」


 武蔵にエセ関西弁が感染っていた。

 馬鹿な男が二人集まれば、とりあえずはエロトークが始まるのである。

 昼間から猥談に花を咲かせる男達に周囲の目は冷たい。

 何せここは日中のオープンなカフェテリア。こんな時間帯にお茶をするのは情報交換という名の社交に勤しむ婦人達のみであり、男女比は武蔵達が圧倒的マイノリティだ。

 はた、と周囲の視線に気付いた2人はあたふたと会話を修正することにした。


「ええっと、なんやっけな」


「アリアの腰のラインについてだ」


「ああせやったな、ありゃあなかなか悪くないで。元が華奢なせいでフラットな身体に見えるんやけど、実際は締まるとこは締まってる。筋肉とか生活習慣というより、あれはもう天性の骨格やな。生まれついてのエロエロボディや」


 武蔵はなんだか急にアリアに会いたくなってきたことを自覚していた。

 異性として見る気はないが、愛らしい女性であることは変わりない。

 美人は見ていて心が豊かになるのだ。


「ああ、皆に会いたい」


 それは武蔵の帰る場所であった。




 由良はあたふたと慌てふためいていて。

 妙子は相も変わらず巨乳美人さんで。

 花純は良妻賢母パワーフルバーストで。

 時雨はストーカーで。

 信濃は妹枠と恋人枠を兼任するお買い得ポジションで。

 ついでに、アリアはやっぱり生意気で。




 そんな日常が高校卒業後も続くように、武蔵はあらゆる手を尽くしたのだ。

 空部などという3年間限定のハーレムではない。

 家族という生涯をかけて実現可能であったことを証明せねばならないコミニティを、武蔵は多大な労力の果てに手に入れる寸前まで行ったのだ。

 人はそれを歪と指摘するかもしれない。

 人はそれを不純となじるかもしれない。

 人はそれを性欲だと言うかもしれない。

 だが、武蔵は妻と決めた女性達を一生涯愛し続けるつもりだった。

 それが虚構の幻想だったとしても彼女達が最期に逝く瞬間に「愛してくれてありがとう」と言ったのならば武蔵の勝利なのだ。

 人が生涯を賭けて立証したならば、それが愛ではないと誰も否定出来ないのだ。

 武蔵はやる気であった。それこそが、一度極限に挑んだ果てに得た彼の夢だと心得たから。

 だというのに、せっかくほぼ手札を揃え終えて女性達をその気にさせたというのに、この事態である。

 武蔵は凄く怒ってた。

 そりゃあもう、激おこプンプンであった。


「ハーレムの何が悪い。綺麗な女性が好きで何が悪い!」


「そうやそうや! 男は妊娠しないんやから、妻が妊娠中に手持ち無沙汰にならないように第二婦人を持てたってええんやないか!」


「人という生物のサガだ! 本能だ!」


「三大欲求や! おっ! 武蔵、あそこのお嬢ちゃんおぼこいで!」


「おっ、おっ、どこだどこだ……って信濃じゃん」


 扶桑野がかわいい女の子がいるというので見てみれば、そこで歩いていたのは信濃であった。

 当然最高にかわいいと武蔵も思うのだが、真新しさはない。

 完璧に制御されたセルフ・アーク内の冬の気候に合わせたモコモコのコートが可愛らしい、と思う程度だ。

 信濃はそんなアホ2人には気付かず、手提げ袋を持ってぴょんぴょんとうさぎのように歩いている。

 そんな様子に和んでいると、信濃の背後に停車した車から腕が伸びて彼女を車中へと引き摺り込んだ。

 急発進する車。立ち上がる武蔵。


「おっ、なんや、どないした?」


 既に視線を別の女性に向けていた扶桑野は、突然起立した武蔵に目を丸くする。


「すまん、トイレ」


「そか、いってらー」


「いや、大の方だ。かなり長期戦が予想されるから帰宅する。勘定はここに置いておくぞ」


 空の武人の切り替え速度は、陸海空3武装兵力中においても最速であった。

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