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『2143年10月12日』







 翌朝。

 朝から武蔵の武蔵を咥え込む妹を引き離し、昨晩に彼女が言っていた予定に向かうべくトラックに乗り込む。

 トラックの運転席に座る妹という光景に再び違和感を感じていると、ふと隣の家が目に入った。


「アリアの家族関係って結局どうなったんだ?」


「さあ? あの頃はどこも混乱してたから、よくわかんない。見たことないけど、疎開したんじゃないかな」


「疎開ってどこにだよ、セルフ・アークほど安定した場所はないだろ」


「それは結果論だよ。当時は色々な噂が飛び交って、中にはセルフ・アークの修繕が不可能になって自壊するって話しもあったから」


「このコロニーの特性から言って、ありえないだろ」


「だから、結果論。実際風化して自らの遠心力で砕け散った宇宙コロニーだって無数にあるんだよ。ほそぼそと連絡を取り合っていた生き残りのコロニーからの通信が、ある日突然に途絶するの。それで望遠鏡を覗けば、割れた皿みたいに宇宙に飛び散ったコロニーのパーツが見える。それで、私達は心底肝を冷やす。数百万人もの人間が、ついさっき静かに死滅したんだって」


 なんとも命の軽い時代だ、と武蔵は閉口した。

 だが思えばそれも道理。何せ、武蔵の目覚めたクルーザーとてその疎開組なのだから。


「狭い宇宙、そんなに急いでどこに行く、ってな」


 宇宙は広い。

 そんなこと、今更再確認するまでもない事実だ。

 だが、『人が生存可能な宇宙』となると話は別なのだ。

 宇宙空間に浮かぶコロニー、大型船舶、惑星上の基地。

 人が恒常的に生活出来る場所となると、未だに宇宙は狭い。


「お兄ちゃんは、今も空の果てが気になる?」


「……お前にそんな話、したっけ?」


「兄弟だもん、知ってるよ」


 武蔵の将来の夢、星間飛行士。

 誰も見たことのない空を見たいという、複葉機の時代から変わらないパイロットの夢。

 かつてジミー・エンジェルが世界最大の瀑布たるエンジェルウォールを発見したように、武蔵もまた空の彼方へ旅立って、そこに何があるかを確認という願望を持っている。


「まあそれは俺にとっての最終目標だ。今はこの状況を何とかしないと」


「何とかなる、って思えるんだね」


「何とかせにゃ、ずっとこのままだからな」


 これが強さだとは、武蔵は思ってはいない。

 むしろ、己の弱さを象徴しているとすら考えていた。

 100年前の人々も、何とかしたかったのだ。


「ただこの世界について未だ経験不足なせいで、現実を見れていないだけだろうがな」


 武蔵はそう自己分析していた。

 傷付くことを恐れての予防線と言われれば、その通りである。







 かつては武蔵と由良のバイト2人組に加え、雇い主のハカセの3人体制で切り盛りしていた工場。

 しかし武蔵とハカセが行方不明となったことで、100年後の現在は大幅な人員補充が行われている。

 当時は少数精鋭でマニアックな依頼ばかりを受けていた工場も、今ではオードソックスな修理依頼を民軍問わず受注する平凡な工場と化していた。


「やっぱり航空機が減ってる。売ったのか?」


「売ったり部品取りにしたり、色々だよ。処分でむしろ赤字になるようなのもあったけどね」


「その辺ハカセはきっちりしてるから、何かしら用途は考えてたと思うけどな。まあ本人がいないんじゃしょうがない」


 だがそれは在庫というより、やはりコレクションと呼ぶべき物だったのだろう。

 少年が航空機のプラモデルを部屋に並べるように、ハカセは実物を並べて喜んでいたのだ。

 図面さえあれば実物を作れるような男なので、ある意味究極のプラモデルである。


「とりま、由良ちゃんを呼んでくるね。今回のループは私と行動することが多くなると思うけど、挨拶くらいはしたいでしょ?」


「頼む」


 工員達に声をかけながら、工場内を歩んでいく信濃。

 見た目でいえば信濃より歳上に見える部下も多い。

 彼らはテロメア伸長化接種を受けられなかった世代だ。肉体の老化を防ぐこの措置は、革新的な医療技術だけあって高度な技術を必要とした。

 当然ながら地球滅亡後には技術は失伝し、2045年以降に産まれた人々は若さを失ったのである。

 言うまでもなく、若さを維持出来るメリットは大きい。筋力や反射神経は低下しないし、免疫の高さも維持される。容姿が衰えないのは医学的には副次的効果だが、むしろそれこそを望む者も多かった。

 それが失われ、人はまた老いるようになった。

 それこそ本来のあるべき姿。奇妙な状態から、本来の生物としての在り方に回帰しただけ。

 どれだけそうやって言葉を重ねようと、老いの恐怖というのは武蔵には計り知れなかった。

 普通に老いる彼ら彼女らは、テロメア伸長化接種を受けた世代のことをどう思っているのか。


「―――?」


 視線を感じて、武蔵は内心首を傾げた。

 不用意に視線を向けては警戒を招く。携帯端末の画面を鏡にして背後を覗けば、工員の1人が面白くなさそうに武蔵を見ているのを確認した。

 年下と思われる、職人風の老人であった。







『2143年10月15日』







 前回はすぐに自衛隊へ戻っていた武蔵だが、今回はまったく別の行動を起こすことに決めている。

 信濃の伝手に頼っての、花純総理代理への連絡。しかしそれとて時間がかかる。

 よって、彼は今勉強をしていた。

 大和宅の居間にて、古い新聞を何束も広げる。


「自衛隊、というか日本国に対する反政府組織か」


 大小問わないのであれば、その手の組織は枚挙にいとまがない。

 21世紀にもそういう組織団体はあった。その大半が「何言ってんだこいつ」と民衆に鼻で笑われる程度のものであったが、それ以前の時代では本気で日本転覆を狙った組織も多く存在したのだ。

 『可能かどうか』が問題なのではない。『本気』なのが問題なのだ。

 そういった連中は往々にして、事を成すに際しての犠牲を、正義という免罪符だと思っているのだから。


「ちゃぶ台はひっくり返すより、上に載せる飯を作る方が大変なんだよなぁ」


 武蔵としても、バカバカしいとしか思えない。仮に国家転覆、つまり革命が成功したとして、その後どうするのか。

 国家運営というのは圧倒的ノウハウの積み重ねだ。無秩序混沌の民衆の上にルールを何枚も重ね、それを国家と言い張るのだ。

 それをぽっと出の暇人共が代行出来るはずがない。革命の後に訪れるのは開放ではなく、より根深い混乱であると歴史が証明している。

 世界を変えたいならば、ちゃぶ台返しなどしてはならない。

 上に乗る茶碗を丁寧に片付けて、改めて丹精込めて拵えた飯を上に運ばなければならない。

 歴史上、まともに成功した革命などアメリカ独立戦争と日本の明治維新くらいだ。


「自衛隊内については前回であらかた調べたが、外の組織についてはまだまだ勉強不足だったな。こんなに不安定だったとは」


 紙の資料をかき集めての調査。

 インターネットでの調査よりリアルタイムさはないし、纏めた人間の恣意を加味した編纂済みの情報はどうしてもバイアスがかかる。

 まして反社会勢力の情報、武蔵はかなり情報の真偽に気を遣う必要があった。


「人類涅槃開放軍、有犠維新の血盟、功利主義超極組……いやもう少し取り繕えよ」


 中二病を拗らせつつも常識を捨てきれず中途半端な立ち位置で収まったような、なんとも言えない組織名であった。


「懐かしいなぁ、お兄ちゃんにもこんな時代があったよね!」


 武蔵の両肩に手を乗せ、背中から肩越しに新聞を覗き込む信濃。


「俺としては全然微笑ましく思えない程度に近似の過去だから、出来れば茶化さないで頂けると嬉しいです」


 100年前の若かりし兄の奇行は信濃にとっては良い思い出だが、武蔵にとっては数年前の若さ故の苦い思い出であった。

 「玖拾玖99の亡骸を超えた先に、我が零戦は或るのだ」とか「これ以上は存在しない、故にこの銀翼は零を冠する……!」とか「その程度か―――貴様等に戦闘機を語る資格はない、赫飛龍赤トンボからやり直すがいい」とか、色々と痛い発言を時雨にしていた思い出である。

 一つ一つが、かけがえのない唯一無二の慟哭の残滓Pain Memoriesなのだ―――!


「おっと、変なテンションになってしまった。とにかくこの辺が代表的なやべー組織なんだな?」


「うん。方向性は違うけど、危ないこと考えてて、具体的に行動に起こしそうなのはこれら3組織だね」


 人類涅槃開放軍。

 有犠維新の血盟。

 功利主義超極組。


 名前からしてレトロさというか古き良き香ばしさを禁じ得ない組織だが、名は体を表すというべきか何となくでも各々の思想は見えてくる。

 超ざっくばらんに言えば、人類涅槃解放軍は「人は地球にとって寄生虫だから、身を引いて宇宙で暮らそう!」だ。

 有犠維新の血盟は「現体制に任せていられるか! 俺達が人類を導く!」という判りやすい革命派。

 功利主義超極組に至っては「世界を守るダークヒーロー俺かっけぇ……」である。人を救う為なら人を犠牲にしてもいいという本末転倒な連中だ。


「でもお兄ちゃんだって、割と勧悪懲悪な人だと思うけど」


「自衛隊だって今やどうしようもない組織だし、こいつ等だって言ってることがまるっきし的外れってわけじゃない。宗教の自由は尊重されるべきだし、犠牲なくして結果は得られない。けど、気に入らないものは気に入らない」


「主観的だね」


「今俺はここにいるからな」


「ダークヒーローお兄ちゃんかっけぇ……」


 なぜ武蔵がこんなことを調べているのか。

 この時代、こんな噂が囁かれていた。


『世界崩壊を経験している人間は神隠しに遭う』


 まるで都市伝説のような噂が、信濃の元に入った情報によって一気に信憑性を増した。


『テロメア伸長措置を受けた人間を、従来型の人間が拉致監禁して実験台にしている。注意されたし』、と。


 ない、とは言えない話であった。

 不死ではなくとも不老な技術。人が作り出した科学の霊薬。

 その検体は、今や圧倒的少数派となっている。


「世界滅亡でガッツリ減ったからね。今このコロニーで生活するほとんどの人は、世界崩壊後に産まれた戦後世代だよ」


「おニューなタイプの人類、ってか。表沙汰にならなかっただけで、この100年でどれだけの俺達の同世代が犠牲になったんだか」


 テロメア伸長措置の実験サンプル。

 それだけでも、充分に胸糞悪い話だ。

 そもそもテロメア伸長措置は細胞レベルの変質であり、別に体に新たな臓器が生まれるわけではない。

 つまり、実験したいのなら本人同意の上で採血や検査でもすればいいのだ。

 そうしないということは、それだけでは不可能な実験をしているということ。


「まさにモルモットだ、想像したくもない」


「こういう噂って、割と昔からちょくちょく聞いてたんだよ。私も身の回りには警戒してたし」


「警戒が必要なレベルで、割と信憑性のある噂だったのか」


 信濃は苦々しい表情で、嫌悪感を滲ませつつ答える。


「お兄ちゃん、クラスメイトの顔って覚えてる?」


「まあ、普通にそれなりには」


 むしろ主観では半年弱ほど前まで普通の生活を送っていた武蔵の方が、98年前の記憶である信濃より遥かに鮮明に覚えているであろう。

 というかあの試合がもう半年前なのか、と感慨深い想いに浸る武蔵を無視して信濃は語る。


「世界崩壊後には、結構みんなと連絡を取り合ってたんだ。良く言えば助け合い、悪く言えば相互監視。クラスメイトっていう構築済みのコミュニティは、足を引っ張られることもあったけど、それでもなかったら混乱期を乗り切れなかったと思う」


 情報化社会と言えど、人が電子の海で生活しているわけではない。

 インターネットが情報通信の主流となった時代であっても、最後に物を言うのは人脈であった。

 避難場所や配給など、パンクと断絶の多発するインターネットでは知り得ない情報は無数に存在した。

 世界崩壊後に生き延びたのは、完全に自立して生きられる極一部の人間と、群れることで群体として生存した大多数だけだったのだ。


「世間が落ち着いて、みんなが職に付いてからも定期的に連絡は取り合った。だけど、ふっといなくなる人はいた。あんな時代だからそういうこともあるって最初はあまり気にしていなかったけど、いつしか誰かが気付いた。行方不明になる人に、明らかに偏りがあるって」


「テロメア伸長措置を受けている人間の方が、多く行方不明になってたってことか」


「行方不明になるのは大抵女の子だった、ってのが闇深だよねー。単純に腕力に劣る女の子の方が拉致しやすかったのか、それとも実験台以外にも使い道があったから一石二鳥だったのか」


 武蔵は深々と溜息を吐いた。

 ともすれば吐き気すら催す話である。


「今度、拠点を家宅捜索するって話もあるよ。自衛隊が」


「なんで自衛隊が家宅捜索するんだよ」


「正しくは自衛隊の有志部隊員がカチコミかけるってさ」


「もう無茶苦茶ってレベルじゃねーぞ!」


 自衛隊を国家保有のヤクザ者と揶揄することは昔からあったが、その領分を超えて暴走しているとあれば完全にただの無法暴力集団だ。


「文民統制が出来ていないのか? いや出来ていないのは前回のループで知ってたけど」


 文民統制、即ちシビリアン・コントロール。暴力装置たる軍隊の制御を政治家がきっちりと行うという理念である。

 これが出来ていないと、軍人は遅かれ早かれ軍事力を自らの権利であると錯覚してしまう。誰だって『俺tueeeeeeeeeee!!!』の魅力には抗えない。


「それがどうにも、総理大臣閣下からの勅命みたいなんだよ」


「お、おう……そりゃあ内閣総理大臣は自衛隊の最高指揮官だけど、その下に防衛大臣とか統合幕僚長とか色々居るだろ。なんでその辺すっ飛ばして、反政府組織へのカチコミをお上から直々に命じてるんだよ」


 大企業の社長が、平社員に直接「ちょっと仕事を頼みたい」と声をかけるようなものだ。

 お遣いやパシリ程度ならともかく、明確な軍事作戦となるとキナ臭さがストップ高である。


「その辺はよく判らない。けど、これってチャンスだと思わない?」


「まあ、な。花純に接触するいい機会ではある」


 直接の総理大臣への嘆願。下手に行えば、その場でSPに取り押さえられてしまう。

 そのあたりも悩みどころではあるが、もっと考えねばならないことがあった。


「そのカチコミ作戦に、どうやって、どういう立場で割り込む?」


 武蔵はやや思案して、ニヤリと嗤った。


「特に思いつかん」


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