2-3
『2143年10月4日』
そんなこんなで3週間とちょっと。
身体が鈍らないように運動をして、それなりの完成度に至った無線機を1人で送受信して遊んだりしていると、やがて平文による応答を受信したのであった。
「《―――こちら自衛隊。L2の発信者へ、応答求む―――》」
「来たか」
前回でもこのように、音声通信での呼びかけがあったのだろう。
武蔵は送信機に飛びつき、返答を発した。
「こちら、救援信号を発した者です。クルーザーの動力炉が停止、現在遭難状態です。申し訳ありませんが救助を依頼します」
「《―――音声が不明瞭です。もう一度お願いします》」
「あららー……」
どうやら送信機は未完成であったらしい。
ごく近距離であれば送受信に成功していたものの、どうにも遠距離での通信は叶わなかった。
仕方がなくモールス信号での返信を行う。
「この無線機は持ち帰って、由良ちゃんに診てもらうか」
彼ならばどこが問題なのかすぐ発見するであろう。
武蔵は身支度を整え、自衛隊所属の巡視船を出迎えるべく準備するのであった。
大型クルーザーと巡視船のドッキング機構が、互い違いに3本の爪で固定される。
あたかも恋人繋ぎのように指を絡め合うこの装置は、おおよそありとあらゆる宇宙船に搭載され、例外なくドッキング可能な国際規格の便利装置である。
『前回』は動力炉の喪失に伴って小型の発電機を運び込んでの緊急修理と相成ったわけだが、今回はさすがに学んでいた。
電源もあらかじめ準備しておいたこともあって、武蔵は簡単操作で巡視船との連結を完了するのであった。
「前も思ったが、スタンドアローン式で良かったよほんと」
電源さえ供給すれば動く、という船舶用製品は割と多い。
複雑怪奇な船のメインシステムに組み込むくらいなら、いっそ独立して制御させた方が気楽というものだ。
船に家庭用冷蔵庫を積み込んだって、何ら問題ないのである。
直径80センチのトンネルが繋がり、ごく僅かな気圧差から耳がキンとする。
そんな感覚、パイロットの武蔵には慣れたものだ。手も使わずに舌の奥に力を入れて耳抜きをして、武蔵はそうっとトンネルに近付いた。
「いやー助かった! 正直どうなることかと!」
躊躇はあったが、動くしかなかった。
武蔵はあまりに無防備にドッキングハッチを抜け、巡視船側に飛び出す。
やはりというべきか小柄な人物が飛びかかってきたが、武蔵が勢い余って飛び出したせいでニアミスだけして、すれ違ってしまった。
「あれ?」
前回とは違う流れ。
とはいえこの場面の攻防は流動的であった為に、それ自体は仕方がない。
だが不用意に飛び出した武蔵は複数の自衛隊護身用拳銃であるプレス銃を向けられ、思わず顔を引きつらせた。
「ちょ、なんですか! 自分はごく普通の要救助者ですよ!?」
ごく普通の救助を望む人間は要救助者なんて言い方はしない。
胡散臭いものを見る目を向けられた武蔵は、これみよがしに「ふえぇぇっ」と萌えキャラのような声を出す。
隊員達は武蔵を汚物を見るような胡散臭げな目で見ていた。
それはアリアもまた同様。知り合いに対するものとは思えない、ヘドロを見るような目であった。
ちょっとイラッときた武蔵は彼女を巻き込むことにする。
「アリア空尉、アリア空尉。打ち合わせ通りやって下さい」
「は? 何を?」
「何をって……まさか、特命を忘れたのですか!?」
愕然としてみせる武蔵。これで無事、この事態の原因がアリアに移り変わった。
部隊員の視線がアリアに集中する。この時点で、武蔵はこの場に扶桑野もいたことに気が付いた。
部下の手前平静を保とうとするアリアだが、武蔵は逃さない。
「覚えていないのですか、3年前のことを」
そして突っ込む、アリアにとっても疑問であろう100年後の3年前以前。
アリアは何故自分が100年後の3年前にタイムスリップしたのかを知りたがっていた。そのヒントが今、目の前に現れたのだ。
嘘だが。
「……我々に逮捕権はありません。申し訳ありませんが、貴方の身元が判明するまで勾留させて頂きます」
「え、あ、はい。そういう体でいろ、ということですね」
あくまで巻き込む武蔵である。
アリアは部下から謂れのない怪訝な目を向けられて苛立ちつつも、武蔵の拘束を行う。
雰囲気を完全に破綻させ、全体の流れをリードしているかのような武蔵であったが、そうでもない。
武蔵は武蔵で、アリアの言動に違和感を抱えていた。
パズルのピースがはまらないような、釈然としない感覚。
「相変わらずの貧乳で安心したぞ」
「死ぬが良い」
それでも会話を途切れさせるわけにはいかない。
小声での再会の挨拶は、どストレートなセクハラであった。
巡視船には牢屋にて、武蔵はグースカと仮眠をとっていた。
2度目とはいえ、尋常ではないふてぶてしい男である。
そんなゴーイングマイウェイな男の前に、1人の少女が現れた。
「まさか、生きているとは思わなかったのです。今は何歳ですか、見た目通りということはないでしょう?」
「ん―――すまん、なんて?」
「…………。」
「もーいっかい、もう一回っ」
手拍子してアリアのカッチョイイ登場イベントセリフの復唱を要求する武蔵。
どう言い繕ってもただの煽りである。
「つまらない挑発は止めるのです。正規軍相手に黙秘など通じないことは、貴方なら知っているでしょう」
「その辺は非正規軍の方が過激な気もするがな。まあ、再会出来て嬉しいよ、アリア」
アリアは武蔵にプレス銃を向けたまま、眉1つ動かさず問い直す。
「大和 武蔵。今更、何故私の前に現れたのです?」
「偶然だ。漂流していたのはマジだからな、お出迎えがお前である必要は特に無い」
お出迎えがアリアであろうことは知っていたが、そこは言い回しで隠す。
武蔵はアリアを見やり、訊ねた。
「そういうお前は幾つなんだ? 肉体年齢じゃなくて、精神年齢で」
「質問をしているのは私です」
「……16歳だ。」
「おや。……貴方は、あれからそう時間が経っていない認識なのですね」
鍵を開き、アリアは牢屋に入る。
武蔵はアリアの服装を注視した。
もはや見慣れた感もある、低品質な作業服。
萌え袖、というべきか。若干ダボダボ感があるのが愛らしい、人を効率よく殺す作業の為の服だ。
「ほら答えたぞ。お前は幾つだ?」
「19歳なのです。私は、この時代で目覚めて3年間過ごしてきました」
「22歳、じゃなくて?」
「は? どこから22という数字が出てきたのですか?」
困惑するアリアに、武蔵は得心する。
どうやら、アリアはループしているわけではないらしい。
これが違和感の原因かと納得し、武蔵は行動指針をリアルタイムで修正していく。
「いやすまん、勘違いだ。とりあえず確認するが、お前は3年目に目覚めたってことでいいんだな? 高空保安庁に務めているってのは意外だったが」
「あ、いや。私は自衛官なのです」
「……どして自衛官が巡視船に乗って漂流者救助に来たんだ?」
「話さねばならない義務も義理もないのです」
「お前もよく知らんのか」
困った奴だ、と露骨に肩を竦めてみせる武蔵。
訳知り顔の暗躍実力者ムーブだが、内心行動指針を定めるべく時間稼ぎしているだけである。
アリアはうぐぐ、と拳を握りしめたが、なんとか耐えて問う。
「こちらはこちらで貴方の疑問に答えます。だから貴方も答えなさい、どうして貴方はあの場で漂流していたのです?」
ハッタリをかますことで、一方的な詰問から相互の情報交換に譲歩を引き出した。
ここからだ、と武蔵は気合を入れる。
目の前に、ゲームのように選択肢が提示された気がした。
前回とは違うことをせねばならない。積極的に動かねば、前回と同じ顛末を辿るだけだ。
故に、武蔵は事前に考えていた嘘を吐いた。
「俺は1年前に目覚めて以来、ハカセの元に身を寄せている」
「ハカセ? コーチなのですか?」
意外な名前が出てきたことに、アリアは驚きに目を軽く見開いた。
「そうだ、俺のバイト先のコーチだ。あの人はUNACTの研究を秘密裏に行っていてな、俺達がコールドスリープされていたのはUNACTに対する特殊な因子を持っているからじゃないかって言ってた」
完全な嘘っぱち、とも言い切れない。
21世紀の最後にて、UNACTは一度のみならず二度も武蔵に突っ込んできたのだ。
偶然『彼』の進路上に武蔵がいただけかもしれない。
だが、なんとなく確信があった。
奴は意図的に、武蔵を狙ったのだと。
「俺が漂流していた船は、UNACTを研究する為の偽装調査船だ。調査の為に乗り込んだは良いが脱出手段が潰れてしまってな、手間をかけた、すまん」
「では、今からでも引き換えして調査を続行した方がいいのでは?」
「いや、何も残ってなかった。あの船から『機関』は完全に撤収している」
機関ってなんだよ、と武蔵は笑いそうになるのを堪える。
「仮に何か調査資料が残っていたとしても、自衛隊と機関が繋がっていないとは言い切れない。むしろ双方はイコールで繋がっている可能性すらある」
「それは、確かに」
この時代の自衛隊の闇深さをよく知るアリアは、武蔵の説を否定出来なかった。
「俺は今後も調査を続ける。そうだな、とりあえず……俺のことは他コロニーの生き残りの難民ってことで処理してくれないか?」
「難民では社会的地位が低くて、動きにくいと思いますが」
「表向きはな。色々と人脈はあるから、とりあえずの身分でいい。あとは自分でやる」
「わかりました、ではそのように。ただし―――見返りとして私にも状況を流して下さい」
しばし睨み合う武蔵とアリア。
だが内心、武蔵は交渉の勝利を確信していた。アリアが武蔵の与太話を信じた時点でどうとでもなる。
もとより、武蔵に交渉出来るほどの背後などない。今は精々アリアを全力で利用すればいいのだ。
知り合い相手であろうとこういうゲスい思考を平然と行うから、色々と不名誉な渾名を得てしまうのである。
「嫌だ、と言ったら?」
「今貴方の身柄を確保しているのは私なのです」
武蔵は吹き出した。
「ふっ、冗談冗談」
降参と言わんばかりに両手を上げる。
自嘲ではなく嘲笑である。
「判ってる、俺もお前の同じ穴のムジナだ。ご同輩同士、うまくやっていこうじゃないか」
「どうにも信用出来ない人なのです……」
「おや、3年間の間に少しは人を見る目を養ったと見える」
「いえ、貴方がどうにも信用出来ないのは100年前からですが」
なんだかんだ、アリアも武蔵と深い付き合いであった。
「武蔵は、私が目覚めていることを知っていましたか?」
「可能性の1つとしては」
曖昧な返答をする武蔵。
まさかアリアも、ループにおける平行世界上の可能性の1つ、なんて意味だとはとても思い至らない。
「そうですか」
溜息を吐くアリア。
アリアがこの時代で目覚めて、かなり苦労してきたことを武蔵は知っている。
もし「目覚めたことを知っていました」なんて言えば、「なら会いに来いよアホ」と怒られてしまうのだ。
1年前に目覚めたという塩梅は、時間差はあれど武蔵もそれなりに苦労をしてきたのだろう、それでいて忙しくて会いにこれなどしなかったであろう、と類推させる絶妙な塩梅と言えた。
詐欺である。
『2143年10月6日』
書類を牢屋に持ち込んだアリアは、あたふたと手間取りながらも手続きの準備を行っていく。
「この書き方だと却下されるぞ。書類ってのは何も知らない第三者が読んでも概要が理解出来るように客観的かつ要点を抑えて書くのが原則だ。ああここ文法間違ってる、ええいアラビア数字と漢数字を混ぜるなっ」
「これはウザい」
記入するのは基本的にアリアだが、暇な武蔵は机の反対側から好き勝手に添削していく。
こういった仕事が苦手なアリアにとって提出した書類が却下されるのは忌々しい恒例行事の1つではあるが、だからといってリアルタイムでダメ出しされるのがありがたいと思えるほど殊勝でもない。
1度目の22世紀にて自衛隊式の書式も覚えていたこともあって、武蔵はこれでもかというほどにアリアのフォローという名の茶々入れに回るのであった。
「俺は信濃の遠縁の親戚ってことにして、アイツに身元引受人になってもらおうと思う」
「妥当だとは思いますが、そもそも信濃は貴方の存在を把握しているのですか?」
「さて、な。それは確認してみないとなんとも」
1度目のループでは、信濃や由良は武蔵の生存を知らなかった。
だがこのループは2度目。何がどう違ってくるのか、予想出来るほど情報は集まっていない。
2045年の最後の日、あの半日間の行動の差異がどのように影響するかの検証。
それ自体は、今すぐにでも出来る。
「アリア、お前が目覚めた時、何か変なことはなかったか?」
「100年後に吹っ飛んだ時点であらゆる意味で変な状況なのです」
「そうなんだが、そうじゃない。何か、ほら、手首に巻かれてたとか」
書類の上を走っていたペンが止まり、アリアは胡乱な瞳で武蔵を見やった。
「あれは貴方の仕業ですか。まあ、なんとなくそんな気はしていましたが」
ビンゴだ、と武蔵はひっそりと息を呑む。
「……奇妙なメッセージの書かれたリボンが巻かれていたのです」
「メッセージの内容は?」
アリアは言葉で答えることはせず、懐から実物を出すことで答えた。
『6―535―873』
―――そんなメッセージを送った記憶は、武蔵にはなかった。
「なんだこれ、電話番号?」
「貴方の仕業ではないのですか?」
「なんというべきか……この筆跡、なんか見覚えがある」
この感覚は武蔵としては珍しいものだ。
武蔵は他人の筆跡にいちいち気をかけながら生活するようなタイプではない。
例えば仮に「アリアの筆跡を見付けろ」と言われても、不正解を選ぶ自信が武蔵にはあった。
他人の筆跡なんて覚えていない。だというのに、武蔵はこの字に見覚えがある。
「これ、白露さんの筆跡っぽくないですか?」
「時雨の?」
言われてみてなるほど、確かにそれっぽく思えた。
「お前は見る機会なんてないだろうによくわかったな。いや俺も確信があるわけじゃないが」
アリアと時雨の接点などほとんどない。文字のクセなんて覚える機会はなかったであろう。
「ハンコ文化の日本とは違って、お前の国じゃサインだったしな。その辺見分けられるもんなのか」
「そんな感じです。あっちでは乳飲み子でも筆跡を判断出来ないと身ぐるみ剥がされます」
「治安悪すぎじゃないっすかね」
にしても、と武蔵はメッセージを睨む。
もっと気を利かせて説明も添えてほしいところだが、現実は番号オンリーだ。
わざと抽象的な表現で、その時が来るまで判らないようにというギミックなのか。
それとも、文字数制限のようなものがあってこれを届けるのが限界だったのか。
「まああの人の字だと断定することも出来ないのですが」
「自信がないのか?」
「というより責任が持てないのです。違うといえば違う気がしてきました……あれ別人?」
「どっちだよ……」
刑事ドラマでは決定的証拠のように扱われる筆跡鑑定も、実際には補助的な根拠程度にしか扱われない。
指紋などと違い、筆跡なんて「似ているだけ」と言われればそれまでなのだ。
武蔵はこの文章の出処を推測するのをやめた。
先入観で行動して、大ぽかをしても面白くない。
なにか事情を知っているなら数列などよりタイムスリップの原理や法則を伝えてほしいところであったが、それに関しては送り主の良識を信じるしかない。
「そだ、ついでに確認したいことがあるんだが」
「なんなのです?」
「お前の部屋、100年前のお前の自室に隠してある物の配置とか教えてくれないか?」
は? とアリアは武蔵を残飯を見た。
訂正、残飯を見るような目で見やった。
「は? は? は?」
「いや、何度も言うなよ」
「どうしてそんなことを聞くのです。100年前の私の部屋って、もう残っていませんよ?」
「心理テストみたいなもんだ。別に下着の場所とかでなくていい、机の中身とかざっと教えてくれ」
「それに何の意味があるのです?」
「まあなんだ、頼む」
この状況がループなのだとすれば、3周目があるのだ。
過去から未来へのアプローチ、アリアの腕に巻いた手紙はおかしな結果になってしまったが。
未来で入手した情報が過去の世界に反映されているとなれば、これはもう認めるしかない。
大和武蔵が時間を超えてタイムスリップしているのだ、と。
未だに疑っているのかよ、と思われるかもしれない。だが時間移動はSF映画でも近年においてはそうそう扱えないほどに、物理学的にありえないことが証明され続けてしまっているのだ。
武蔵の中では、未だに誰かが大掛かりなセットで武蔵を箱庭実験しているのだという仮説を捨てきれずにいる。
実際、一度時雨にそれをやられているのだから。
「……机の中、ですか。一番上は文房具、真ん中はノート類です。下は……確か、小さい頃に買ってもらったラジコンを押し込んでいたと思いますが」
「男の子か」
「小さい頃ですから、別にいいじゃないですか」
むうっ、と眉を顰めて不満を示すアリア。
『前回』より武蔵の素性が怪しいはずなのだが、彼女はむしろ以前より警戒を見せてはいなかった。
でっち上げられた特殊な素性は、「まあ武蔵だし」とかえって信憑性を与えていたのである。
「それで?」
「どうした」
「それで、心理テストの結果は?」
「あー、大吉だ。願い事は叶うし待ち人は千客万来、病気は治って貧乳も完治するだろう」
「心理テストってそういうものでしたっけ。……おい待て何が完治するって言った貴様」
武蔵はセルフ・アークに付くまで減食懲罰を受けた。
軍隊とはまっこと理不尽な業界なのである。
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