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『2143年9月4日』
「……リスボーン地点がここなのは確定なのか」
武蔵は自分の意識が覚醒するのを感じて、くふぁあ、と不抜けた欠伸をした。
無重力の宇宙空間。やはり動かしにくい身体に困惑し、念の為と目覚めた部屋を探索。
服を探しつつ、再確認の自己紹介。
「俺の名前は大和武蔵。ごく普通の平凡な高校生だ」
ごく普通で平凡かを評する第三者が誰もいないのをいいことに、武蔵は自分のプロフィールを自己評価する。
「前と同じ、大型のクルーザーだな」
部屋のレイアウトには覚えがあった。宇宙船の部屋など基本的に似た雰囲気となってしまうが、それでもここまで合致するならば疑う余地はない。
更に調査を進めようと考えて、武蔵は思い直した。
「同じことをなぞったって駄目なんだ、同じ結果になるだけだ」
武蔵を取り巻く環境がループしているのならば、端折れる部分は端折り、積極的に行動を起こさねばならない。
武蔵は毒ガスへの警戒を最低限に済ませ、早急に船内の探索を済ませることにした。
「そもそも、どうして前回は過去に戻ったんだ?」
武蔵の認識では、武蔵がアリアを死なせてしまった瞬間に過去へと戻った。
アリアの死がループの条件なのか。それとも、たまたまあのタイミングで何かが起こったのか。
あるいは、あの瞬間になれば『何か』などなくとも、タイムリミットで過去へ戻ってしまうのか。
「アリアを殺す? うーん、ちょっとなあ」
例え実験であっても、顔見知りを殺すのは気が引ける。
これで過去に戻らなければ殺し損だ。
「だがアリアの生死が条件に含まれているのかは確認したい。あの撤退戦でアリアが死ぬ、それを防ぐにはどうすればいい?」
アリアを秋津洲に乗せない。周囲に納得させる、穏当な方法で。
軍人が戦場に行かなくても良くなる状況というのは少ない。いざという時に有無を言わさず戦場へ向かうことを承知の上で、彼等は給料を受け取っているのだ。
それをすら覆す、やむを得ない理由となると。
「病気か」
傷痍退役というやつだ。身体的に軍務に耐えかねると判断されれば、穏便に戦場から逃れられる。
「さてどうする? 醤油でも一気飲みさせるか?」
古典的な兵役検査の躱し方だが、実のところこういう小細工は医者には看破されてしまうものだ。
いうなれば、詐欺師に詐欺を働くようなものだ。素人が玄人を凌駕した事例などほとんどないのである。
「いっそ口説き落として孕ませてしまえば……いや、最短でも妊娠数カ月だ。とても任務に耐えられないと判断されるとは思えん」
必要とあらば最短ルートを爆走する、目的の為なら一直線系男子の真髄発揮である。
一応アリアを口説き落とすにはどうすればいいかをシミュレートするも、どうにも武蔵には彼女を落とす光景が想像出来なかった。
「カルテの改竄は? 昔は個人情報保護とか煩かったが、この時代でそれが徹底されているとは思えん」
執拗な調査によって、22世紀の自衛隊内の事情にそれなりに精通していた武蔵ならば、身体検査の結果を改竄するのは完全に不可能というわけではなかった。
だがやはりリスクを伴うのも事実。失敗した際に受けるペナルティはお世辞にも小さいとは言えない。
牢屋の中で日数を数えながら、アリアの死の瞬間に逆行したかを観測するなど御免だった。
ならば次案。
やはり権力に頼るしかない。そして、そんな強権を振るえそうな人物を武蔵は知っている。
「花純とコンタクトを取る、か」
内閣総理大臣代理 朝雲 花純。
武蔵のかつての恋人であり、この世界、人類の事実上の頂点に君臨する人物。
否、『君臨すれども統治せず』という原則からすれば、君臨するのは彼女の上にいる『やんごとなき血筋も末裔』だ。朝雲 花純はあくまで統治者、それも代理人でしかない。
何にせよ、彼女の権力は絶大。航空自衛隊の空中勤務者1人を船から降ろすくらいどうということもないはずだ。
「とにかくセルフ・アークに行かないと。このオンボロ宇宙船じゃ何も出来ない」
必要な部品の場所は把握していた。
武蔵は手早く無線機を制作し、救援信号を発することに決めた。
『2143年9月10日』
前回の経験から、救援が来るタイミングはおよそ割り出されている。
無線発信から3週間弱後。バタフライエフェクトよろしく僅かな差から運命がずれる可能性はあるものの、それを言い出したら未来知識がまったく通用しなくなることになるので武蔵はとりあえず気にしないこととした。
いつ来るか判らない救援に物資の節制を強いられた前回と違い、割とすぐ助けがくることが判っている今回は頑なに消耗を忌避する必要はない。
武蔵は花純にコンタクトを取る手段を考えつつも、『次回』に備えてより高性能な無線機の試作に取り掛かっていた。
「当たり前だが、まともな無線機を作ろうと思うとまともな構成が必要になってくるんだな」
回路図を引く度に、足りないものばかりで嫌になってしまいそうであった。
モールス信号から携帯端末まで、無線機は常に最新の技術が投じられてきた。
それはただ音声を伝えるという技術が、とても高度で奥深いものであることを示している。
明瞭な音声を受信するには大規模なアンテナが必要となる。
複数の音声を受信してしまう混線を防ぐには高性能なフィルターが必要となる。
微弱な電波を増幅するには良質な増幅器が必要となる。
どれをとっても、自作ではなく既製品を使いたい部品だ。
「まあ電子機器なんて幾つかのパーツの組み合わせだ、同じ役割の部品があるかもしれん」
極論すれば、電卓を大量に分解して組み合わせれば家庭用OSの定番『窓s』が動く。
「いやそれは極論しすぎか。モニターないし」
ちまちまと導線に絶縁処理を施し、紡いでいく。
それを円形に成形したアンテナに巻いていく。折り重なるように交互に重ねていくのがポイントだ。
スパイダー巻きという技法だが、さしもの武蔵とて知識としてしか知らないので苦戦していた。
トトト、ツーツーツー、トトト。
トトト、ツーツーツー、トトト。
前回と同じモールス通信機だが、今回は最初から自動打ち込み機能付きだ。
他の電波に悪影響を与える迷惑送信機。前回で怒られなかったから、まあいいやの精神である。
赤信号だって一度渡れば2度目からは怖くないのだ。
「いや駄目だろ。今回はしょうがないにしても」
3度目があるのならば、もう少しまともな通信機を作れないか模索すべきか。
そう考えた武蔵だが、目下もっと真面目に考えねばならないことがある。
「総理大臣にメッセージを送るにはどうすればいいか。直接殴り込みをかけたってまず駄目だ。花純が俺に気付いたとしても、表向きそんな無法を許すはずがない」
それを許せば強硬な手段で花純にメッセージを送る者が頻発するかもしれないし、そんな考えなしの手段に出た武蔵を花純は交渉相手と認めないかもしれない。
とはいえ真っ当な方法で送った手紙に彼女が目を通す可能性など限りなく低い。
21世紀の常識で語るなら、彼女宛の手紙の届け先は公開されているはずだ。国民から最高指導者への直通の窓口というのは民主主義という大義名分を得る為にも必ず用意されている。それは日本のみならず、多くの国でそうだった。
指導者の元へは毎日大量の嘆願書が届く。それら全てに目を通しているはずがない。
読むに値しない戯言など時間の無駄でしかないし、それ以外の苦しむ民の慟哭の叫びであっても、最高指導者が1人しかいない以上は時間的制約から目を通す枚数には限界がある。
花純の方から気付き、接触してくる方法。それも、セルフ・アークに到着してから2ヶ月という期間以内に確実に。
「無理じゃね」
悩み続ける武蔵であった。
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