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『2144年1月3日』







「おせち食べたい」


「贅沢は敵なのです」


 お正月といえばおせち料理。

 安かろう不味かろう足りなくはなかろうを常とする軍隊飯だが、元旦となればアースポート駐屯地の食堂でも正月料理が出た。

 おせちではなくお雑煮だったが。

 何分、地域差の激しい料理だけあって、出されたお雑煮は武蔵には馴染みのないタイプのもの。

 武蔵は慣れ親しんだ信濃のお雑煮を食べたいと思いつつ、未来世界にて初めての正月を過ごす。

 出撃前の最後の休暇。武蔵は赤道近くの温暖な正月休みに戸惑いつつも、いざ参らんと海上都市に繰り出した。

 軌道エレベーターのアースポートは、本来『町』となるように設計されたメガフロートなどではない。

 居場所を失った人々が堆積物のように100年間溜まり続けた場所。

 人が集まれば役割が生まれ、役割が生まれれば貧富が生まれる。

 バラック小屋はともかく、いったいどこから資材を集めたのか、武蔵の実家より立派な一軒家まで建っている有様だ。

 武蔵は歩いた。

 あらゆる場所を歩き、あらゆる場所に入り、あらゆる建物に入った。

 あらゆる建物に入り、あらゆる扉を開け、あらゆる宝箱を開けた。

 怒られた。


「RPG感覚で、つい」


「呼び出される身にもなってほしいのですが」


 保護者として呼び出されたアリアは、武蔵と一緒に頭を下げて事態を収拾した。

 武蔵と再会して以来、苦労の絶えないアリアである。


「それで、タイムトラベルの理由はわかったのですか?」


「わかるわけないだろ。こんな糞みたいな町で真相に辿り着けるわけないだろ」


「まあ、そうでしょうね。こんな糞みたいな町に真実はありませんよね」


 刑事は足で調べろという言い回しがある。

 昭和な古い考え方だが、捜査現場の現実を端的に言い表した言葉でもある。

 武蔵は自他共に認める、非才の人間だ。

 だからこそ泥臭い根回しに躊躇はない。それが悪魔の証明であっても、ならばそれ以外を網羅することで真実に辿り着かんとする男だ。


「情報は色々と得られたんだぞ」


「たとえば?」


「UNACTと日本政府は密約を結んでいるらしい」


「はあ」


「UNACTは火を通すとさっぱりして美味しいらしい」


「はあ」


「UNACTが船を取り込んで幽霊船として彷徨っているらしい」


「はあ」


「参考にして頂けたであろうか?」


「はあ」


 武蔵はアリアを見た。

 アリアは一服していた。







『2144年1月18日』







 夢か現か、この世界は一体何なのか。

 その命題に明確な答えが得られることもなく、秋津洲を含む先遣艦隊はハワイへ出港した。

 200年前の連合艦隊は、真珠湾攻撃に際して北方より回り込んでの接近を試みた。これは過去10年の記録を精査した上での入念な作戦検討の結果であり、敵国に強襲を悟られない為の当然の措置であった。

 しかしながら、当然UNACTにそんな心尽くしの気遣いは必要ない。ただひたすらに、鉢合わせしないように索敵しつつ進めばいい。

 大きく衰退した人類の技術力だが、それでも蓄積されたノウハウが失われた訳ではない。200年前の日本人が使用していたよりずっと高性能のレーダーが海上を監視し、艦隊はUNACTを回避しながら航行していた。


「というわけで、飛行隊は相変わらず暇、と」


 待機室にて軍人の重要任務たる『待機』を実施していた武蔵は、パチンと将棋を指しながら呟いた。

 相手が美少女であるアリアならそれなりに気合も入って完膚なきまでに圧勝してたところであるが、生憎試合相手は扶桑野。

 『この金は王将と男色関係だから同じマスに入れる』とか『こいつは実は俺が送り込んだ刺客だった』などと武蔵が主張し、それに対して扶桑野も『この王は影武者なんですわ、すんまへん』とか『かかりましたな、ここは地雷原が敷設されてまんねん』と脳みそが溶けたような応酬が繰り広げられる。

 当初戦国時代を模したはずの盤面は、やがて銃を使用した塹壕戦へと発展し、更には航空戦力が投入され、挙げ句の果てに武蔵の核兵器投下によって盤ごとひっくり返された。

 双方全滅である。


「戦争ってのは虚しいもんですな」


「そうだな」


 しゃかしゃかと散らばった駒を集めていると、雑音の多いラジオから聞き慣れた名が聞こえて、武蔵は動きを止めてしまう。


「《―――日本臨時政府の発表により、大本営より提唱された第542号大海令、作戦名『第二次布哇ハワイ作戦』が内閣総理大臣朝雲花純により承認されたことが確認されました。以前より関係者間で噂されていた当作戦ですが、既に先遣部隊が行動を開始していることもあり大本営のこの作線にかける期待の程が伺えるというもので―――》」


「朝雲、花純」


 武蔵が愛した、今でも想いを向ける少女。

 既に100年経っているので、少女と呼ぶべきかはともかく、テロメア伸長化接種によって信濃や由良と同じく外見はそう大きく変化していないことは確認済みだ。

 正しくは武蔵は見る機会はなかったのだが、信濃や由良曰く、当時から大して変わっていないらしい。


「なんです? 閣下に興味でもあるんでっか、空尉?」


 茶化すように言う扶桑野に、武蔵は苦笑する。


「俺ははっきり見たことはないが、相当美人なんだって?」


 この船に乗る誰よりも、彼女をはっきり至近距離で見ていたであろう武蔵だが、あえて誤魔化す。

 唐突だが、グラビアという言葉がある。これは美女を撮影したちょっとエッチな写真―――などではなく、写真に特価した特殊な印刷技術の名だ。

 写真を印刷するだけで特殊な技術を必要としたことからも判る通り、第二次世界大戦レベルの技術で写真を大量に印刷するのは難儀なのである。

 よって22世紀現在において、内閣総理大臣代理の顔を鮮明な画像として見たことがない、というのは言い訳として不自然ではなかった。


「そりゃあもう、えらい美人です。うちもブロマイド持ってまっせ」


 そういって、扶桑野は小さな写真を懐から取り出す。

 小さなカラー写真に写っていたのは、水着姿の花純であった。


「うむうううっ!?」


 動揺を隠そうとして、しかし渋顔を隠しきれず変な声を漏らす武蔵。

 だがよくよく見てみれば、首あたりに違和感があった。


「なんだ、これ雑コラじゃないか。ビビらせるなチクショウ」


 嫁の水着写真が出回っているのかと肝を冷やした武蔵だが、それは初歩的な加工写真であった。

 雑なコラージュ写真。写真がデジタル化してから多く行われるようになったが、実は写真の加工技術は写真機発明とほぼ同時に発展が始まった。

 フィルムカメラという加工しようのないと思われる形式であっても、顔をカッターで切り取り、筆で修正を加え、演説台の隣にいたはずの人物を消し去り、と様々な撮影後の加工が行われてきたのである。

 水着の体+美人の顔など、その古典例であると言えよう。


「だいたい花純の胸ってこんなに大きくないし」


「はっきり見たことないのに胸の大きさを把握しているとか、空尉パねえです」


 そもそも総理大臣代理のブロマイドなどなぜ出回っているのか。こういう物こそ検閲すべきじゃないのか。

 とは思うものの、これもまた支持率を確保する為の方策なのだろうと武蔵は気付いていた。

 22世紀の日本は民主主義国家である。

 最早それは平和主義国家というお題目に固執した意地のようなものであり、自衛隊の発言力は平時と比べてかなり肥大化しているものの、それでも国を動かす者達を決めるのは民主主義的な選挙によって選ばれている。

 正しくは、間接民主制であるが……とにかく、総理大臣の人気はあるに越したことはない。

 『美しすぎる○○』という言い回しが許容されるのは、それだけ投票者が衆愚者である証でしかないのだが。

 選ばれる側からすればそんなことはどうでもいいので、とにかく利用出来るものは自分の容姿でもなんでも利用して票数を確保せんと躍起になるのである。

 なお実力がともなうかは別問題とする。


「まあ、そのうち会わなきゃいかんだろうな」


「空尉マジぱねえです……」


 100年前のよしみがどれだけ通じるかは不安があるが、会えば何かしら情報は得られるはずだ。

 120万人の代表たる総理大臣代理という立場は、かつての日本国総理大臣の1億2000万人の長という立場とは比較にならないほど小さい。

 だが、それでも簡単に会えるというはずもなく、武蔵はこの数カ月における調査において花純の存在に比較的早く気付いていながら、接触を行えていなかった。


「ところで空尉、この人ってどないしぃ『代理』なんでやろうか?」


「日本政府自体が代理政府だからだろ」


「そりゃ学校で習いましたけど。やんごとなきお方もいて、日本の残党もセルフ・アークだけに残ってて……もう『うちらが正当な日本の系譜や!』って主張しても、誰も文句言わんと思うんですけど」


 意外と鋭いな、と武蔵は思った。

 そう、既に日本本土が放棄されている以上は自分達が正当政府だと名乗った方が手っ取り早いはずなのだ。

 それを証明するためのやんごとなきお方の血筋も確保されており、他に生き残りがいない以上は後にどちらが正当な後継者かなどという不毛な争いが生じる芽もない。

 なのに、この時代の日本政府は正当な後継者という立場を固辞している。

 なぜかと問われれば、それを決めた者に訊ねてみるしかない。ないが、推測は出来る。


「戦前から生きてる人達からすれば、この時代は許しがたい歪んだ世界なんだろ」


 それは、武蔵もまた強烈に感じた違和感であった。

 リソースを集中させる為に多様性を否定し、時に独裁的な権力を振るって少数を切り捨てる。

 その積み重ねが、この時代の日本国であった。

 必要だからこそ花純はそれを躊躇ってはいない。そういう損得勘定の出来る女だと、武蔵は知っている。

 だが、それを割り切れるほどつまらない女ではないことも武蔵は理解していた。

 どうだいい女だろうとドヤ顔をしたい気分だが、それが通じるのは半径30万キロメートル圏内でアリア1人だけだ。


《乗員に通達する。方位1―2―1にUNACTを確認。これより浮上航行を開始する。各員戦闘に備え待機せよ》


 武蔵と扶桑野は顔を見合わせ、身支度を整えた。

 今頃機付き整備員達は狭い整備甲板を駆け回っているであろうが、既にパイロットスーツを着込んで待機していた彼等には関係の無い話なのである。







 飛行機ともまた異質な浮上感覚が、武蔵達の内蔵をぞわりと締め付けた。

 秋津洲がUNACTを回避すべく、浮遊機関を始動して浮上し始めたのだ。


「わいにはどうにも不思議ですわ。どうして重い鉄が浮かぶんでしょう?」


「きっと360年前にモンゴルフィエ兄弟の熱気球を見た奴らも、そう思っただろうさ」


 飛空艇の飛行原理については、航空機が主要な交通手段となっていた21世紀においてもよく判ってない者が多かった。

 というより、普通の飛行機でさえベルヌーイの定理からしっかりと説明出来る人がどれだけいるだろうか。

 そんなことを言えば、ポカンとした様子で扶桑野は訊ねてきた。


「そういえば、飛行機ってどうして飛ぶんでしょう?」


「……空気をピューっと勢いよく流すとそのあたりの気圧が下がるんだ。ストローでジュースを吸い上げるみたいなもんだ。翼が上に吸い上げられるんだ」


「なるほど判りまへん」


 飛空艇の飛行原理は軽航空機に近い。

 船の周辺に船より遥かに巨大な張力力場を生じさせ、その上に乗ってしまうことで船全体の質量を大気より軽くしてしまう……そんな説明を武蔵は聞いたことがある。

 要するに電力で形成された浮袋を持っているようなものであり、そのSFチックな光景とは裏腹に性能的制約は飛行機より遥かに多い。

 亜音速も出せない。高高度も飛べない。小型化出来ない。巧みな制御で誤魔化されているが、実は電波障害も生じる。

 飛行機に唯一勝るのは、その大規模故の積載量のみ。

 その唯一にして最大の長所を以て物流旅客の大革命を引き起こした技術であるが、22世紀において多用される技術ではなくなっていた。

 大きな電力を要する浮遊機関は核融合ジェネレータによる電力供給がほぼ必須。

 ジェットエンジンの運用にすら難儀するこの時代、核融合炉を製造から運用するのは極めて困難であった。

 よって、現在稼動する核融合炉は100年前からの生き残りサバイバーのみ。使用においても大きな制限を課せられており、非常時に一時的に稼動させて船を浮上させ、逃げ切ることのみを許されていた。

 だからこそ、艦隊は海上航行という1000年前から変わらない移動手段によって太平洋を横断していたのである。


「耐久性でガチガチに固めているとはいえ、100年間の運用か……」


 この秋津洲に搭載された核融合炉は100年前から同一の個体だ。

 武蔵達は100年前にこの船の核融合炉を動かしたことはなかった。起動が面倒なので超チートロボのタマ頼みであった。

 この船の核融合炉を本格的に整備したのは、おそらく100年前に武蔵達の先輩空部員が業者に依頼して行ったのが最後。

 以降騙し騙し使い続けてきたこの炉のコンディションについて、不安がないとは武蔵には到底思えない。


「というかタマはどこ行ったんだ。信濃が引き取ったんじゃないのか?」


 その事態が生じたのは、その瞬間であった。

 すっかり忘れていた猫型メイドロボのことを思い出した瞬間。

 武蔵達が乗る秋津島、その主機たる核融合炉の発電タービン。

 内部のタービンブレードが、長年の金属疲労の末に破断し、吹き飛んだ。

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