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『2143年11月19日』
数多の若者達の命を消耗しての、
これらによって今まで辛うじてセルフ・アークの文明は維持されてきたものの、それとて限界はあった。
そもそも、
コバルトが採取されるものの、今となってはそれを活用する技術は失われた。
石油リグ―――海上油田基地の建造には成功し、ある程度の供給は確立された。
あとはほそぼそと採掘される金属類、そして遠方地に住まう地上の生き残りの拠点が回収する希少資源。
それが、現時点で人類に許された資源の全てなのだ。
「そもそも人類の目標って、地球奪還なのか?」
「どう―――なのでしょう―――? 広報では、支配域の安全確保をお題目にしていますが―――」
ところ変わって五十鈴宅。
今晩、武蔵は由良にお呼ばれされて彼の家に訪問していた。
由良にお呼ばれした武蔵は、彼の家で手ずからの夕飯をごちそうになりつつ話を聞く。
「100年前の物量でも倒しきれなかったUNACTを、現在の人類に駆逐出来るとは思えません―――画期的な新技術があれば別かもしれませんが、僕の方ではそんな都合のいい話は聞いていません―――」
「そりゃあ、まあな」
武蔵を招くとあって、由良が張り切って用意した夕食を武蔵は遠慮なく頂く。
軍隊の飯は質が良い。21世紀ともなれば庶民との食事の差はほとんどなくなったが、不景気な世においては軍隊ほど美味い飯が食える場所はない。
命をかけるのに、不味い飯ではやってられないのだ。
そんな自衛隊の飯を普段食べている武蔵を迎えるのだから、由良は特に気合を入れて本日に挑んでいた。
唐揚げに揚げ出し豆腐、コンソメスープに半熟卵の乗ったシーザーサラダもどき、そして極めつけがきらびやかな手作りケーキ。
そして何より主役たる、ほかほかの白米。
自衛隊の隊員食堂はどうしても『大量にがーっと作れる料理』になってしまう。よって、由良は趣向を凝らした料理で武蔵を出迎えていた。
「由良って料理上手だったんだな、どれも美味い」
遠慮なくもりもりと食べる武蔵。
由良は高級取りなので、金銭的な方面で気を使う必要はない。せっかくのお呼ばれなので、喜んで食べることこそ礼儀だと武蔵は景気よく食事に勤しんでいた。
「お兄さんに食べて欲しくて―――ずっと、夢見ていました」
対面に座ればいいものを、わざわざ武蔵の隣に腰掛けて寄り添う由良。
香水なんてほとんど入手不可能なご時世において生物学的に男性の由良からいい香りがするあたり、この生き物は根本的に何か例外的な生命体なのであろうと武蔵は推測する。
「そういえばコンソメって久々に飲んだな」
琥珀色のスープをグビグビと飲む武蔵。
それが様々な食材から出汁を取り、丁寧に灰汁を取り続けて完成する由良の金と労力の結晶であることを武蔵は知らない。
数時間の労力を一気に飲み干してしまう武蔵だが、そんな彼を由良は愛おしそうに上目遣いで見上げていた。
「お兄さん―――好き」
「もがもが」
食事中に求愛されても困る武蔵であった。
「ごほごほ。俺も由良ちゃんのことが大好きだ。100年分の愛を伝えないとな」
「えへへ」
犬のように擦り寄る由良。
彼の細い髪の毛を撫でつつ、武蔵は改めて夕食を一望した。
「自衛隊でも鶏肉はよく出てくるけど、こんなご時世でよく飼育出来るよな」
「この唐揚げは―――うさぎ肉です」
「はー。鶏肉みたいだとは聞くが、味の違いが判らんな」
唐揚げの断面を観察するも、鶏肉とさして違いは見受けられない。
「草があれば勝手に増えるので、安価に調達出来るんです―――セルフ・アークの維持機能で、植生は勝手にメンテナンスされるので」
なるほど、と武蔵は頷いた。
『地球環境の再現』にのみ特化した宇宙コロニー セルフ・アーク。その制限故に石油資源の調達などは期待できないが、草木の維持については充分に任せられるのだ。
「鶏じゃ駄目なのか? 鶏だって昔から飼育されていたんだから、金はかからないだろ」
「鶏も飼育されています、卵が取れますから―――ですが卵を産む分、沢山餌が必要です」
ほうほう、と得心する武蔵。
うさぎは増えるのも早く、草さえあれば飼育も容易。
牛や豚といった家畜に比べてコストが低く、手間もかからない現日本の主食肉であった。
「あと、何気に驚いたのがお米だったな。米って田んぼとか色々めんどくさそうなイメージだったが、100年経っても普通に食べられるんだよな」
実のところ、武蔵の主観では米の質は落ちていた。
ずっと米を消費してきた由良にはピンとこないが、100年間を一気に飛んだ武蔵にははっきりと違いが判った。
とはいえ、米は米である。不自然さも違和感もない、正真正銘のお米が普通に供給されているのだ。
「芋とか麦とかが主流になりそうなもんだけど」
「土地あたりの収穫量が―――他の作物より、多いと聞いたことがあります」
「だけど、田んぼの維持の労力を考えたら……ああ、そもそも土地がないのか」
この地が無限に広がるならば、開墾して農地を広げるという選択もし得ただろう。
だがこの地は人工の宇宙コロニー。地上からの食料輸入が途絶え、小さな土地で必要量の食料を得るには土地あたりの収穫量を増やす必要があったのだ。
「とか言って、ただ米を食いたかっただけじゃねーかな」
「否定―――出来ません」
苦笑する由良。
多民族国家を目指していたセルフ・アークだが、100年前の時点では日本人が多数だった。
彼等は色々と理由をこじつけて、でっちあげて、意地でも米を生産したのだ。
日本人は食べ物に関してはマジになるのである。
「って、違う違う。由良ちゃんの立場から、今後の国家戦略というか、方向性について何か聞いたりしないか?」
「そう、言われても―――」
困ってしまう由良。
そんなことを訊ねられても、技術者一辺倒として生きてきた彼には戦略規模の話には明るくない。
まったく無知ではないが、武蔵の満足する水準かと問われれば困るのだ。
「最近は―――レアメタルを求めて、大陸進出を画策しているとは、聞いています―――」
「なるほど、断片的にはバレてるのか」
「そもそも、隠しているのでしょうか―――?」
あまりに普通に情報が入ってきたので、それが防衛機密だと由良は知らなかった。
一部の人間は警戒を緩めていないが、やはり敵対者がいないと防諜対策は甘くなってしまう。
奇しくも、この点においても日本は逆行していたのであった。
「ハワイへの進出を考えているらしい」
「―――遠く、ありませんか?」
目を丸くする由良。
資源確保と聞いて、彼はてっきりユーラシア大陸が目的地だと考えていたのだ。
それはある意味当然だ。
沖ノ鳥島はフィリピン海のほぼ中心に浮かぶ。
その沖合の
対して、ハワイ列島となれば7000キロ以上に達する長旅となる。地図上で考えるなら、とても正気とは思えないであろう。
「だがまあ、上の考えも判らんでもない。船は最も効率的な輸送手段だからな、むしろ上陸してからの方が大変だ」
運輸という学問からすれば、何千キロもの航路より数十キロの陸路の方が長大となる。
いざとなれば、空飛ぶ船―――飛空艇という空輸手段もある。対UNACT戦術も成熟した現在となっては、敵の目を掻い潜っての太平洋横断は決して非現実的ではないのだ。
「レーダーと哨戒機を駆使すれば、逃げ回るだけならなんとかなる。船というプラットフォームさえあれば、な」
「むしろ、生身で活動する上陸後の方が危険―――ということ、ですか」
だからこそ、上陸地点……採掘場の選定は、レアメタルの埋蔵量とUNACTの出現頻度予想から慎重に選ばれた。
UNACTは陸海問わず動き回る悪食だが、それでも海上を移動する割合が多く、地形的な影響も受けるのだ。
「でも、ハワイに地下資源なんて、ありましたか―――?」
彼に世界的な資源の埋蔵量に関する知識などなかった。
それこそ、詳細に把握しているのはその筋の学徒か職種の者だけであろう。
「結論からいえば、ハワイ諸島に有益な地下資源なんて存在しない」
武蔵の断言に、困惑を深める由良。
「なら、かつて資源国とされた―――大陸国家のあった土地に上陸した方が、いいのでは?」
「いや、あの地域は土地が広いから結果的に資源地帯を含んでいるというだけで、資源が乏しい地域も普通に多い。それに調査済みの鉱山はもう開発されてるから、今更手を付けられない」
あまり深い鉱山となると、ノウハウの喪失した現代では発掘作業を行えない可能性があるのだ。
「そこでハワイだ。あそこには、充分な鉱山が衛星軌道上からの観測で現存しているのを確認されている」
つい先程地下資源がないといったハワイに、鉱山があるという矛盾。
その答えは、単純なものであった。
「都市鉱山だ。かつてホノルルやパールハーバーと呼ばれた場所に乗り込んで、使えそうな物を掻っ払う」
都市鉱山とは、電子機器などに含まれるレアメタルを再利用するならば、都市はそれこそ鉱山に匹敵する埋蔵量を誇る資源地域として扱えるという考え方だ。
解体の手間はあれど歩留まりは自然界からの採掘よりも高く、手間に見合った見返りは充分に期待出来た。
パールハーバーは軍事基地だけあって、より即物的に資源転用や修繕が行える可能性が高い。
クレーンなどは、錆を落として電気関係を整備すればほぼ確実に使える。
さすがに兵器は塩害で再利用は不可能であろうが、これも分解すれば充分な資源になる。
「次の作戦では、先遣隊をオアフ島に上陸させるまでが任務になる。俺の部隊は輸送船の護衛を務めることになる」
「お兄さんも―――行くんですね」
ぎゅううっ、と武蔵に抱き着く由良。
よしよしと頭を撫でつつ、武蔵は難しい顔をせざるを得ない。
「予備パイロットとして、だがな。駆逐雷撃機は新人には預けられないそうだ」
「お兄さんが乗れば、一騎当千なのに―――」
「いや、そこまで期待されても困るんだが」
アリアから「ある程度戦える」というお墨付きは受けているものの、実戦未経験なので武蔵も相応に気を張っている。
まして、彼は駆逐雷撃機
最低限の訓練で最低限の操縦は覚えたが、熟達したなどとはとても言えないのである。
「―――お兄さんの、零戦があれば―――帰って、これますか?」
訊ねられ、武蔵は困惑した。
「まあ、うーん……動画で見た限り、UNACTの触手を回避して飛ぶことは不可能ではないと思うけど」
オリジナルの零戦では、とても避けきれはしない。
そもそも零戦とは世間的な印象とは異なり、運動性能に極端に優れた戦闘機ではない。改造強化された武蔵のレーサー機ならば、なんとかUNACTに対抗出来るだろうという程度の予想だ。
それとて、海上を滑る
ただ、乗り慣れている、という一点においては武蔵にとっては最良の愛機と成り得た。
そう考えて、ふと思い至る。
「もしかして、あるのか」
100年経っている。
あのエアレース レジェンドクラスの地区予選の試合から、100年も経っているのだ。
エアレーサーとして色々な機材を積んだ武蔵の
それでも、由良は、信濃は。
「ずっと―――修理して、保管し続けてきました―――お兄さんが、戻ってくると思って―――私達は、私達の、約束だったんです」
それは、由良と信濃にとっての、失踪した武蔵を忘れない為の楔であった。
零戦の残骸は回収されたが、そこに死体はなかった。
兄は帰ってくる。だから、零戦は処分出来ない。
そんな、執念以外の何物でもない恋慕を2人は抱き続けてきたのだ。
「かわいい」
武蔵は由良を抱き締めた。
「俺の由良かわいい」
わしゃわしゃと由良を撫で回し、武蔵は感じたままに愛おしさを伝える。
「ありがとうな、由良」
武蔵という人間は、ハーレムを覚悟している。
複数人の人生を背負うという重圧を、想定して受け入れている。
だからこそ、100年に及ぶ想いも受け入れる。
パートナー達が歩んだ100年分の感情に、全力で返礼するのだ。
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