1-12
『2143年11月15日』
それから1週間後、恐るべき早さで駆逐雷撃機の搭乗資格を得た武蔵。
隊内においても「天才」「期待の新人」「闇落ちした坂本龍馬」「辻政信」と噂されるようになるが、だからといって何か優遇されるはずもない。
「ありませんよ、貴方の機体なんて」
「なんてこったい」
アリアの書類仕事を手伝いつつ訊ねると、あっけからんとした回答が帰ってきた。
「機体が足りないなんて、ほんと末期だな」
「貴方はなんでナチュラルに私の仕事手伝ってるのです。これ防機ですよ」
「気にするな……いやちょっと待て、誰に対しての防衛機密なんだ?」
UNACTは宇宙人である。
見た目も知性も『人』とは言い難いし、本当に宇宙から来たという確信すらない。
しかし、とにかく宇宙人であるとされている。
そんな言葉も概念も通じない彼等が人類に対して諜報活動を行った、という記録は現状存在しない。
ならば防衛機密とは、足を引っ張る同族に対するものとなる。
「まさか、このご時世にも自衛隊の存在にグダグダ言う奴っているのか?」
「このご時世だから、という気もします」
アリアは困ったように眉を顰め、手に持った鉛筆を回そうとして失敗して弾き飛ばした。
「武蔵も気付いているでしょう? この時代の自衛隊の愚連っぷりを」
「あー、うん、まあな」
武蔵は難しい顔で頷いた。
「暴力こそ正義、ってのは原初的な世界のルールだ。とはいえそんな野蛮が曲がり通らないように法律とか倫理観っていう文明的なルールがあるわけだが」
「そんな哲学チックに考えてはいませんが、とにかくいるらしいのです。民間人に威張り、こともあろうか暴力を振るう自衛官が」
苦い現実であった。
国民を守る、国民に愛される自衛隊。
それは彼等の理想であったが、理想は時に現実の前に敗北する。
「戦時中の軍人は荒むからな」
「今は、自衛隊に需要のある時代なのです。自分の居場所をUNACTとの戦いに見出してしまうなんて、本末転倒なのです」
俺達が生活を守っている、だから偉ぶっても構わない。
アリアに言わせれば、そんなことを言えるのは後方任務に従事する者だけである。
「使命感がなければ、『あんなの』に立ち向かえません。職業としての軍人なんて、
「へえ、アリアには使命感があるのか。いや馬鹿にしてるとかじゃない。ちょっと意外だ」
けほん、と咳払いをするアリア。
「ですが、反自衛隊組織の主張はそもそも論外なのです。地球はUNACTに引き渡して、人類は宇宙で生きるべき……とか主張する勢力なのです」
「地球からの物資がなければ、セルフ・アークの環境は中世にまで逆行すると聞いているが」
武蔵が鉛筆を拾い、アリアに手渡しつつ問う。
2人の手が触れる瞬間、武蔵はアリアの手をさすさすと撫でた。
アリアは淀みない動作で、触られた部分をさすさすとハンカチで拭く。
「人は身の丈に合った生活を行うべき、UNACTはそれを諭すべく神が遣わした使者である……とのことです」
「アホか」
「アホなのです」
21世紀の便利な生活を知る彼等にとっては、この20世紀中盤レベルの生活でさえ不便なのだ。
自動車も電化製品も医療薬品もない中世レベルの生活など、御免こうむるというものである。
「衛生面とか大事な部分はある程度は啓蒙活動で維持出来るだろうが、重工業は出来なくなるだろうな」
消毒用アルコールなどは、酒さえあれば製造出来る。
麻酔なども、原始的な方法であれば作ることは不可能ではないので外科手術の技術はある程度は残る。
重工業は全滅するが、軽工業は割と維持出来るのだ。
「妙に小奇麗な中世文明……サブカルチャーにありがちな、ご都合主義ファンタジー小説的な中世ですね」
中世と呼ばれる時代も幅広い。
定義にもよるが、何せ1000年間も続いた時代である。
最初と最後では、同じ中世でもまったく別物だ。『中世』の一言で括られる地域も時代も広すぎて、一口でとても語れない。
「窓から汚物を捨てるのっていつ頃まであったんだ? お前の祖国のことだし知ってるだろ」
「あんなの土地や時代によって変わるのです、比較的早くから法的に禁止されていた地域もあるのです」
「お前の国は?」
「……19世紀くらいまでは、まあ、そんなこともあったかもしれない、かも」
割と近代であった。
「違うのですよ。産業革命ってあるじゃないですか」
「あるな」
「あの頃はとにかく貧富の差が激しかったのです。だから、貧民街では衛生何それ美味しいのって環境が続いたのです」
生産量の向上によって人口が増えるにも関わらず、インフラ整備を怠った結果である。
それ以前から似た状況が続いていたので、産業革命を言い訳にするのは苦しいのだが。
「とかく、リアル中世なんて住めたもんじゃないな」
汚物が窓から捨てられ、大気汚染が蔓延する……すぐにそんな事態に陥ることはない、と思われる。
下水道を維持出来ないのか、便所はくみ取り式が復刻してきている。化石燃料や地下資源の不足から、木炭が燃料の主役となりつつある。
公害の原因が生じ始まっているものの、すぐに中世となるほどセルフ・アークの自浄作用は脆弱ではない。
だが、それも時間の問題。
「ファンタジーな世界の生活か、あれって魔法とかで生活レベル底上げされているのかもしれないな」
「ファンタジー世界なら勇者様に頑張ってほしいところですね」
「魔王軍が凶悪すぎる」
100年前の現代軍が苦戦した相手を、生身の勇者様が倒せるはずがない。
1度文明が崩壊すれば、自然な発展はもう絶望的。人は宇宙へ飛び出す術すら失い、諦観の内にコロニー内の住人と成り果てるのだ。
武蔵は、昔読んだ古典SF小説を思い出した。自分達が世代宇宙船に乗っていることを知らず、船内にお膳立てされた環境の中で中世のような原始的な生活を営んでいるというものだ。
元は宇宙移民船を送り出せるほどの文明であったにも関わらず、世代を経るごとに船員達は天動説を信じるほどに後退してしまった。セルフ・アークがそうなることはないなどと、武蔵には断言出来ない。
「武蔵が勇者になればいいのです。期待の新人さんなのですから、UNACTの1匹や2匹や数万匹、聖剣の一撃で薙ぎ払うのです」
「お姫様と結ばれてハッピーエンドが待っているなら考えておくさ。……そういえば、やんごとなき血筋の方々って今どうなってるんだ?」
お姫様というワードから、ふと思い出した武蔵は訊ねる。
「誰なのです?」
回りくどい言い方をした為か、アリアには武蔵の質問の意味が通じていなかった。
「江戸城跡地に住む一族だよ、どうなったんだ」
「ああ、東洋のロイヤルファミリーですか。宇宙で生き延びた人がいて、未だに血筋を残しているって聞いたことがありますよ」
「し、しぶとい」
絶望的だと予想していたので、まさかの末裔の生存に驚く武蔵。
「しぶとい」扱いはなかなかに非礼であるが、今時の若者である武蔵にそんなことを言われても困るというものである。
「なんでも海外の血が入ってるとかで、全然日本人顔じゃないとか」
「ふーん」
武蔵は首を傾げる。
王族とは海外の王家と縁を結び、外交の一貫として嫁ぎ嫁がれをするのが一般的だ。
だが日本の皇室は例外的なスタンスであり、皇女が海外に嫁いたという話はあまり聞かない。
近年においては皇族であろうと自由恋愛の権利を軽視するような判断は行われない。
ならば、現在の日本に君臨する外国人の風貌を持った天皇とは何者か。
「それって日本以外の王族だった人を帰化させたってことか? どこの人?」
「今も昔も大して私達に影響のある方々ではないのです。ぶっちゃけ顔なんて知らないのです」
「うーん、これは不敬」
アリアは祖国のロイヤルファミリーに対しては相応に敬意を払うので、これは単純に彼女が日本の王族に対して興味がないだけである。
「そんなことより、今は次の作戦について考えましょう」
「天皇家を『そんなこと』扱い!」
2人が捌いているのは、今後予定されている地上侵攻作戦についての書類であった。
「減じてしまったレアメタルの補給を目標にした、ハワイ諸島への上陸ルート確立。これは難事なのです」
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