1-10


「地球が滅亡したって説明したけど、実はそれなりに地上に人はいるんだよ」


 話の腰を折るように、信濃は経緯を語り始めた。


「UNACTの習性から狙われにくい土地や、戦略上重要な場所は地球上で幾つも確保されている。宇宙からの支援ありきの、きっかけ1つで壊滅しかねない危ない土地だけど」


 武蔵は眉を顰めた。

 宇宙からの支援によって、地上の拠点を維持する。逆ではないのか。

 かつての宇宙開拓時代を知る者なら、まるで冗談としか思えない状態だ。


「そういった地上拠点と宇宙を繋ぐのに、自衛隊は『とある設備』をUNACTから守り抜かなければいけなかった。地上と宇宙、100キロメートルにも及ぶ大気の海を超えて、大量の物資を運搬する為の『橋』を」


 橋、などという判りやすいヒントがあれば、武蔵も信濃が言いたいことを理解出来た。


天空の橋立あまのはしだてか」


 天空の橋立あまのはしだて

 日本の最南端、沖ノ鳥島に建設された日本保有の軌道エレベーターだ。

 軌道エレベーターとしてかなり大型の部類であり、30万トンもの持ち上げ能力を持つ。

 つまり、輸送船を船体ごと宇宙へ運ぶことが出来るのだ。


「これは絶対条件です―――地球で活動するには拠点となる船が必要で、船を宇宙に戻すには軌道エレベーターが必要です。自力で軌道に昇れる船もありますが、護衛艦は基本的に軌道エレベーターありきで設計されています―――」


 故にこの100年間の自衛隊は多大な損害を出しつつも天空の橋立あまのはしだてを守り抜いた。


「でも本土を失った日本に、45式空対物誘導弾を作る技術力はなかった。だから作ったの、45式空対物誘導弾と同様の成果を出せる、ローテクの航空機を」


「……そんなもの、都合よく作れるものか?」


 訝しむ武蔵。

 最新技術が使えないからと、従来の技術で同様の兵器を再現するのは意外とよくある話だ。

 水冷エンジンが製造出来ないからと空冷エンジンに切り替えた三式戦闘機や、蒸気カタパルトが実用化出来ないからとスキージャンプ式航空甲板で妥協した航空巡洋艦など、必要ならばなんとかそれらしい物を再現するのは時代を問わずありふれた開発経緯なのである。

 しかしやはり妥協は妥協。この場合どうしてもスペックが低下するが、それはそもそも仕方がないことであろう。

 だが21世紀中盤レベルの兵器をWW2レベルの技術力で再現するなど、あまりに荒唐無稽と言わざるを得ない。

 由良は苦笑で、武蔵の疑問を肯定した。


「ターボファンエンジンはレシプロエンジンとなり、高度な誘導装置など搭載出来ないので有人機となりました―――区分としてはミサイルではなく、駆逐雷撃機とされています」


「駆逐、雷撃機」


 口にして、武蔵は不思議な感覚を覚える。

 既にありそうで、しかしこれまで存在しなかったジャンルであった。

 語感から推測すれば一式陸攻などがそれっぽいが、まさかそのままの意味ではないと武蔵は考えを切り捨てる。


「雷撃機というからには、目視距離からの魚雷攻撃がメインなのか? 雷撃は『3度雷撃して生還した者はいない』と言われるくらい危険だったと聞くが、UNACT相手にはどうなんだ」


 武蔵の問いに、由良は気まずそうに視線を逸らした。

 若干青ざめる武蔵に、由良は慌てて手を横に振る。


「すいません、言い方が悪かったです―――新型機は、ちゃんと帰還を前提としています」


「帰還率は?」


「ですが、無人機では考慮する必要のなかった強烈なG機動は完全再現出来ませんでした―――そもそも、レシプロエンジンでは軽量小型の45式空対物誘導弾のような機敏な回避運動は出来ません―――」


「なあ帰還率は?」


 対艦攻撃が命賭けなのは戦場の常だが、あまりにも酷い劣化を遂げた対UNACT兵器に武蔵は不安しかない。

 慌てる武蔵に、信濃は肩に手を置いて優しい笑みを浮かべてみせる。


「お兄ちゃん、大戦中の航空戦力なんて摩耗前提だよ?」


「消耗戦出来るような体力がこの国にあるとは思えないが……」


「うん。だから今も、絶賛人類滅亡の危機☆」


 ばちこーん! とウインクする信濃に、武蔵は深々と溜め息を吐いた。

 思った以上に、現状も平穏とは言い難いらしかった。


「人間のアナログ操縦によって触手を回避する為に、回避行動は基本平面的に限定されます。一部エースは三次元的な回避も可能なようですが、基本はUNACTに対して匍匐飛行で接近します」


「シースキミングみたいなもんか、まあ雷撃機って名付けられてるくらいだからな」


「うーん、お兄ちゃんの想像とはちょっと違うと思うよ。駆逐雷撃機は特殊な方法で、平面的に限定されるけどすっごい機動で回避運動が出来るの」


 すっごい機動で回避、という抽象的な説明に武蔵は興味をそそられる。

 武蔵の零戦もまた、回避重視な機体であった。多重フラップやアッパー境界層サーフェス制御ブローイング装置までも多用した、運動性能をひたすら追求した機体であった。

 故に、凄い運動性能をもたらすという装置は気になるところである。


「現在の航空機は、多くの部分で100年前より劣化しています―――なので、駆逐雷撃機の可変機構は―――かなりの無茶を重ねた仕様となりました」


「可変機構? 可変翼機ということか?」


「翼も、可動します―――というより、全体的に変形します」


 全体的に変形。あまりに想像が付かない言葉であった。

 そもそも、航空機に限らず工業製品というものは可能な限りシンプルに作るものだ。

 わちゃくちゃと動いて喜ぶのはフィクションと浪漫の世界だけである。

 どういうことかと訊ねようとした武蔵だが、それが収められた格納庫に到着したことで実物を見ることを優先すべく口を噤む。

 扉を潜り、暗い格納庫に入る3人。

 パチンと電灯のスイッチを入れると、ゆっくりと灯りが明度を上げていった。

 スイッチを入れた瞬間に明るくなる電灯しか知らない武蔵にとって、それだけでも違和感を覚える。

 そして、彼の前にその銀翼が全景を顕にした。


「……A―10?」


 武蔵は最初、それを傑作攻撃機であるA―10サンダーボルト2だと思った。

 古典的とすらいえる、直線翼の機体。A―10との最大の類似性は、そのエンジン配置である。

 胴体後部に、左右に追加されたように搭載された2発のエンジン。A―10の場合はジェットエンジンだが、この航空機の場合は空冷エンジンが搭載されている。


「いや、よく見ればあんまりA―10とは似てないな」


「まったく別のコンセプトで設計された飛行機ですから―――双発のエンジン配置に関しては、生存性の向上という意味があると思いますが」


 A―10の垂直尾翼は水平尾翼の端に左右2枚だが、目の前の機体の垂直尾翼は機体中心軸に1枚だけだ。

 驚くべきことに上ではなく下に向いて設置されている。

 飛行機の垂直尾翼が上に伸びているのは離着陸の時に邪魔になるからというだけではなく、主翼から流れる気流の影響も加味してのこと。

 一見魚の尾びれのようで上下の概念がないように見える飛行機の垂直尾翼だが、大半の飛行機に下向きの垂直尾翼がないのは明確な理由があるのだ。

 主翼はグライダーのように細長い直線翼、特に曲線を描いてもいない普通のテーパー翼に見える。

 翼端には妙に大きなウイングレットが付いている。

 紙飛行機を作る時、翼端を上に跳ね上げさせたことはないだろうか。ウイングレットとはアレである。

 翼断面が層流翼以前の通常翼になっているのは低速飛行をメインとするからか、あるいは技術力の低下による妥協からか。

 外見から判る特徴はそれくらいだ。多少奇妙な違和感を覚えるものの、垂直尾翼とエンジン配置が独特であること以外はごく普通の亜音速機に見えた。


「この機体がこの時代の主力機なのか、見た目はちょっと変な飛行機ってだけに思えるけど」


「由良ちゃん、変形させられる?」


「はい―――ちょっと待って下さい」


 頷き、由良は駆逐雷撃機に乗り込んだ。

 信濃が天井クレーンを操作して、機体を数メートル持ち上げる。

 駆逐雷撃機のコックピットから身を乗り出して周辺の安全確認を行った由良が、「―――いきます」と彼なりに大きな声で周囲に警告した。

 外部から供給される電力と空圧によって部分的に目覚めた機体は、その機構を覚醒させた。

 最初はパスッパスッ、という断続的な音だったのが、すぐに爆音へと変貌する。


「うるせえ!」


 ブブブブブブッ! と聞き慣れない音が鳴り響く。

 武蔵もあまり聞き覚えのない音、その正体は信濃が開示した。


「パルスジェットエンジンだよ!」


 そりゃ判る、と武蔵は思った。

 エンジンとはかけ離れた場所に繋がれたエアホースを疑問に思った武蔵だが、その音を聞いた瞬間に理解した。

 この機体には何らかの補助動力装置、パルスジェットエンジンが積んである。外部コンプレッサーでそれを擬似的に動かしているのだ。

 だが、航空機にこれほど大掛かりな補助動力を積んであることがまず不思議なのだ。


「なんでレシプロエンジン2発積んでるのに、パルスジェットエンジン積んでるんだよ! 加速装置としても不適切だろ!」


 パルスジェットエンジンは極めてシンプルなジェットエンジンだ。シンプル過ぎて自作する素人がいるくらいの、原始的ジェットエンジンである。

 外部のコンプレッサーからの送風でパルスジェットエンジンを擬似的に作動させているわけだが、武蔵にはその意図が判らなかった。

 プロペラ機に補助推力としてジェットエンジンを搭載した例はあるが、パルスジェットエンジンは簡素なだけあって最高速度は期待出来ない。


「推力じゃなくて油圧ユニットを動かす為の補助動力なの! この機体の油圧を全部動かすには、大きな出力が必要だから!」


 言うとほぼ同時に、駆逐雷撃機は変形を開始した。


「―――なっ」


 絶句する武蔵。

 航空機の可変は最低限に収めるべき、可動部が多いということはトラブルの発生率もまた上昇するのだから。

 そんな大原則に、この機体は真っ向から逆らっていた。

 僅かに上に沿っていた主翼は、根本から大きく下に可変。正面から見ると漢数字の『八』のように、それこそ脚のように位置を変える。

 同時に胴体が上下に分割し、下部の胴体フレームがカンガルーの尾のように、3本目の脚として主翼と同じ高さまで下がる。

 コックピットを含む機首部分のユニットはお辞儀をするように大きく下へ傾き、キャノピーを前面に曝け出す配置へと変更された。

 最後に上下に分割された胴体部の中から、左右にマニュピレーターが飛び出す。

 無骨なそれをマニュピレーターと呼んでいいかは疑問の余地がある。フレームの先に搭載されるのは作業用アームなどではなく、ただただ凶暴な兵器―――ヘッジホッグ爆雷であった。


「これは、まさか―――水中翼船?」


 水中翼船とは、文字通り水中に翼部を沈めることで本体を水上に露出させるタイプの船だ。

 高速で疾走することにより、水流を押し下げて船体を持ち上げる。すると、船は脚を支えに水上に立つことが可能となる。


「水中翼船というか地面効果翼機というか水上スキーというか! 脚は水中に多少沈んでも機能するようになってるけど、時速数百キロで飛べば流石に完全に浮上するし」


 信濃が訂正するも、それで武蔵がこの機体を理解するには至らない。

 あまりに異質。あまりに奇特。

 その機体は、完全に武蔵にとって未知の怪物であった。


「主翼の前足2本、胴体下部の後ろ足1本。この3本足で海上を走り抜け、能動的に可変させることにより航空機とは別次元の急速回頭を可能とする……そうやって触手を回避してUNACTに肉薄して、2発のヘッジホッグを至近距離で雷撃―――これが、この機体のコンセプトだよ!」


「まるで人型ロボットだな……」


 呟く武蔵。

 人型という割には、後ろに尻尾のような3本目の脚があるし、頭部どころか目も、額の2本Vアンテナもない。

 だが左右に伸びたヘッジホッグを腕とすれば、辛うじて人型に見えなくもなかった。


「コックピットが正面を向いているのは、少しでも視界を確保する為か。人間の反射神経で触手を避けようっていうなら、これくらいしないと駄目ってことか? だが、これほどの可変機構どうやって実現している? 可変翼機のギミックは見た目以上に難儀だが」


 あくまでF―14といった既存の可変翼機からの知識だが―――超音速で飛行しつつの可変に対応するには、相応のベアリング強度や油圧機構を必要とする。

 主翼が左右2枚動くだけで、問題になるほどの重量負担となるのだ。これほど全体が可変するとなれば、重すぎて空を飛ぶことすら危うくなる。

 その答えは、結局どこか別の部分を妥協することで得られていた。

 匍匐飛行形態のまま機体を停止させた由良が降りてきて、武蔵の疑問に答える。


「この飛行機には―――変形機構に、ベアリングを使っていません。ただの、蝶番です」


「マジか」


 武蔵は顔を引きつらせた。

 ベアリングは機械の保守の革命である。金属ボールを転がすことで、稼動部の寿命を劇的に伸ばした。

 それがないということは、この機体の整備には毎度全体の徹底的な油差しが必要になるということだ。


「整備クソ大変だろ、それ」


「可動部は―――まだ、マシです。大変なのは、ガスタービンです―――」


 由良は綺麗な顔を顰め、機体を見上げる。


「パルスジェットエンジン、その排気を使用したガスタービン駆動の油圧ユニット―――簡素さと軽量さを求めて採用された形式ですが、パルスジェットエンジンは高温を出します―――」


「寿命が短いのか」


「短いどころじゃありません―――耐熱金属を使ってすらいないので、高温に晒されたタービンは短時間で溶けてしまいます―――戦闘中に壊れて未帰還になるのも珍しくない、みたいです―――」


 当然であった。

 WW2に毛が生えた程度の技術力で航空機を変形させるとなれば、信頼性を削るしかない。

 駆逐雷撃機のパイロットはUNACTに殺される前に、自らが乗る機体に殺される心配をせねばならない―――それが、この時代の自衛隊の現実であった。


「駆逐雷撃機、駆逐機、か」


 駆逐機。それは、時代の間で消えた航空機の分類。

 あまり知られていないが、日本海軍の双発戦闘機「月光」もまた駆逐機の流れを汲む航空機だ。長距離の護衛飛行を行える、大型双発機を指す分類である。

 なるほどこの機体は、確かに双発機である。雷撃を主攻撃とするあたり、駆逐艦ともかけているのかと武蔵は想像した。


「それで、この機体の名前は?」


「あれ、言ってなかったっけ」


 コテンと首を傾げる信濃。

 その仕草は、御年114歳の老婆とは思えないほどに愛らしい。


「自衛隊は士気高揚の為、航空機への日本語名称を復活させました―――この機体に与えられた名は―――」


 ―――宵龍しょうりゅう

 それが、現在の日本人達に与えられた唯一のUNACTへの反撃手段であった。

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