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『2143年10月12日』







 武蔵のかつてのバイト先であり、現在は信濃が経営する小さな工場。

 昔はバイト2人と雇い主のハカセの3人体制であったが、100年後の現在はそれなりの人数が働く場所と化していた。


「レイアウトが色々変わってるな。というか雑多に転がってた航空機が減ってる」


「元々の状態がカオス過ぎたんだよ……」


 スミソニアン国立航空宇宙博物館のように無茶苦茶に航空機が鎮座していた工場は、随分とさっぱりとしていた。

 ハカセのコレクション、小型宇宙船の凰花やX―29らしき前身翼機もなくなっている。

 寂しさを覚えるが、大人数で作業するには仕方がないことも判っていた。


「ほらほら、案内しちゃうよお兄ちゃんっ」


「いや、うーん、うん」


 悩みつつも頷く武蔵。

 俺のほうが当然詳しいだろうとツッコみたかったのだが、この世界が100年後であるのなら、この場により馴染んでいるのは間違いなく信濃の方であろう。

 100年。あまりに、あんまりに長過ぎる時間だ。

 積極的に腕を絡ませてくる信濃。多少大人びた容姿になっているが、彼女を妹以外の何者にも思えない。

 それでも、確かにこの世界は、武蔵を置き去りにして100年過ぎてしまっている。


「いやあれ誰だ?」


「社長が女の顔してる、え、マジ誰?」


「ふ、双子の妹とかじゃないか? 別人だろ?」


 デレデレする信濃の様子を見て、戦々恐々とする工員達。

 従業員にはこういう表情を見せないのか、いやそりゃそうか、と武蔵は自己完結で納得した。

 ぷりぷりきゃるん、としなを作る信濃だが、彼女には彼女の仕事がある。


「私はやることがあるから、専門家を呼んでくるね」


「専門家?」


「工場長やってもらってる人。お兄ちゃんも知ってる人だよ、ヒントは男の娘」


「答えじゃねーか」


 鋼輪工業高校にも男の娘は生息していたが、信濃がいう武蔵の知り合いの男の娘となると1人しか思い浮かばなかった。


 信濃が男の娘を呼びに行く間、武蔵は遠慮なく工員達の作業を観察する。


「やってることは、昔とさして変わらないな」


 工場には2種類ある。ひたすら同じことを繰り返して生産効率の向上を目指す大量生産工場と、様々な道具を揃えて少数の製品を製造、修理する町工場だ。

 その場その場で臨機応変な専門的作業をこなすことの多かったこの工場は、当然後者に属する。

 自然と個人個人のスキルを求められる手作業が多くなり、2045年当時としては古臭い作業工程が多かった。

 当時はあえてローテクな職人芸を駆使していたが、2143年現在ではハイテク化された工場の運営など出来ずに仕方がなくそうするしかない。

 そのノウハウを持っている人物が工場長であることが、この工場の強みなのだ。


「ちゃんと指導されてるな、あの子も成長したもんだ」


 当時から彼の方が武蔵より技術力が高かったので、武蔵のセリフは割と失礼である。


「相変わらず航空機メインでやってるんだな。あ、これ俺の工具だ」


 見覚えのある六角レンチを発見する武蔵。

 町工場では職人気質のせいか、工具を自前で揃えることも多い。

 武蔵が選んだ工具は当然高品質な物ばかりだが、100年も経っていればかなり消耗していた。


「なんか短いと思ったら、先が摩耗したから丸くなった部分削って使ってるのか……」


 現代では考えられないような涙ぐましい保全に、武蔵は悲しくなってしまった。

 エンジンの整備をしているらしい場所へうろちょろと移動する武蔵。おとなしく待つ気などさらさらなかった。


「空冷エンジン? なんたって今更、プロペラ回したいなら電動モーターかターボシャフト……って、作れないのか」


 航空機に使えるような軽量な高性能モーターも、ジェットエンジンの派生であるターボシャフトエンジンもレアメタルを多用する。

 その為、航空機に使えるのは原始的なガソリンエンジンしかなかった。


「副列星型14気筒エンジン。この太さ、火星エンジンか?」


 バイトで現物を見たことがあった武蔵は、それが火星エンジンをアレンジしたものだと気付いた。


「そうっすよ。っつーか、自衛隊で使ってるエンジンはほとんど火星エンジンをベースにした再生産品っす」


 作業していた工員が答えた。

 太い軸、それを取り巻く花びらのように配置された14本のピストン。

 エンジン周囲を這う管も、一目である程度役割が推測可能なほど簡素だ。

 自動車のエンジンよりよほどシンプルなそれは、第二次世界大戦における傑作エンジンの1つ。

 技術力の低下から航空機のエンジンを維持出来なくなったセルフ・アーク在住の自衛隊は、保管されていた火星エンジンをコピーして様々な航空機に採用したのだ。


「なんだって火星なんだ、ワスプとかもあっただろうに……これ、点火プラグか」


 触ったら怒られそうなので、顔を近付けて並べられたプラグを眺める武蔵。

 武蔵の知る点火プラグとは違い、奇妙な形状のボルト、という感じのシンプルな見た目をしている。

 見るからに安っぽいプラグ。消耗部品なので確実に最近製造された物であり、その品質の低さは武蔵も顔を顰めるものだった。


「お兄さん―――!」


 聞き覚えのある声に、武蔵は顔を上げた。

 100年前の時点で高校生になっても声変わりもしていなかったのである程度予想していたが、彼は100年後の世界でもどう見ても女性であった。

 不安げに拳を口元に当て、武蔵を潤んだ瞳で見る人物。

 114歳の♂だが、外見は完全に少女の彼は―――


「え、ええぇ……」


 なんか、絶世の美女になっていた。

 すらりと高い身長、細く華奢な手足、小さな頭。

 胸は真っ平らだが、誰がどう見ても女性。


「お兄さん、お久しぶりです―――!」


 武蔵に抱き着く作業着姿の美女(?)。

 五十鈴 由良は、100年ぶりに彼の生き方を決めた男性との再会を果たしたのであった。







「お兄さん、僕、すっごく飛行機に詳しくなりました―――これからは、お兄さんのことを色々と支えられます」


「お、おう。いや、100年前から由良ちゃんは頑張ってくれてたよ。俺には出来ないこと、昔からいっぱい出来たじゃないか」


「いえ、まだまだです―――せめてハカセと同じくらいの技量がなければ」


 ふんぬ、と拳を握りしめる美女……に見える男性。

 武蔵はこっそりと信濃に耳打ちして訊ねた。


「由良って、100年間の間に手術したの?」


「してないよ……っていうか命に関わらない手術とか、する余裕なんて誰もなかったよ」


 当然である。先進的な医療物資など、最初期に不足した物なのだから。


「昔はむしろ中性的な感じだったけど……完全に女性にしか見えない。胸はないが」


「元々整った顔立ちだったのと、お兄ちゃんが由良ちゃんに女装を求めたから、100年間それを果たすべく研鑽した由良ちゃんの努力の成果だよ」


 どうやら武蔵のせいらしかった。

 そんな彼はセルフ・アークの現状について、信濃とは違う方向から武蔵に教える。


「ジェットエンジンについては、ほとんどが使用不可能になってます―――専門的な知識を持つ人も減少傾向、かといって運送に関する基盤も崩壊しているので工場での一括整備も出来ません―――」


「話し方が点点点の多用から伸ばし棒の多用になったな、由良ちゃん」


「三点リーダとダッシュっていうんだよ、お兄ちゃん」


「現在は20世紀に主流であった、現場でエンジンを分解しての整備が主流になってます―――この傾向は地上車両においても変わりません。パワーパックの製造が不可能となったので、シャーシにエンジンを直接載せています―――」


「軍用車両も内燃機関に戻ってしまったのか、木炭自動車が走ってる時点で予想していたが」


「はい―――モーターもバッテリーも、生産不可能です」


 内燃機関を動かすガソリンはどうやって調達してるのだろうかと疑問を抱く武蔵だが、今質問すべきは由良個人のことだと考え直して疑問は後回しにすることにした。


「しかし、由良ちゃんは工場長というより指導員みたいな仕事をしているのか?」


「僭越ながら、自衛隊の整備員の指導なども受け持っています―――」


 そういって、笑顔で敬礼してみせる由良。

 広報に使えそうなほど、整った敬礼ながらも親しみやすい笑顔であった。

 こんな美人に指導されれば、整備員もやる気を出すだろう。性別を知らなければ。


「由良ちゃん、今日はお兄ちゃんに駆逐雷撃機を見せに来たんだよ」


「あ、失礼しました―――では、こちらへ」


 案内される武蔵。

 道中遠慮なく質問しつつ、3人は奥へと進んだ。

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