1-8
「ふへへへへへ。お兄ちゃん、お兄ちゃん。何かしてほしいことはない? なんでもするよ、なんだってするよ」
再会した信濃の目は完全に狂人のそれだった。
16歳の時には既に兆候はあったが、100年間兄から離れた彼女は完全にちょっとアレな人になっていた。
「お兄ちゃんはずっとここにいればいいんだよ。私がお世話するから、お兄ちゃんがいればなんでもオッケーだから」
「お前本当に114歳か? お前もコールドスリープされていた、とかじゃなくて」
見た目が変わっていない、と感じたものの、流石に100年も経っていれば違いは存在する。
テロメア伸長化は老化を停止させるが、成長しないわけではないのだ。
当時高校1年生だった信濃は、まだ成長の余地を残していた。
誰が見ても同一人物なのだが、大人の女性となった妹に武蔵は若干の困惑を隠せなかった。
そもそも、テロメア伸長化技術は21世紀に開発されたものだ。その『結果』を見た者は、当時いなかったのである。
『新開発された100年色褪せしない写真印刷』という謳い文句に、『どうやって100年検証したんだよ』とツッコむようなものである。
信濃が手錠やロープを取り出すのを、武蔵はそっと制した。
兄妹共に、とても自然な動作であった。
「いや待て。今の流れで何しようとした」
「お兄ちゃんのお世話が私の存在意義だよ、そうでしょ、お兄ちゃんもそう思うよね?」
昔から、依存気味な傾向があったのは武蔵とて承知している。
だがそれを武蔵は問題視していなかった。人間同士は所詮、共依存しあうものだと割り切っていた。
しかし、共依存の片割れが唐突に失われる事態は常に起こり得る。
それを乗り越えるのは、あまりに理不尽な試練だが、自然なことなのだ。
「信濃、お前、結婚とかしなかったのか」
「しないよう、お兄ちゃんだけが私の相手だよ。お兄ちゃんと結婚する、お兄ちゃんの子供産む」
あかん、と武蔵は思った。
誰か他の男とくっついていれば不愉快だ、なんて感情は既に吹き飛んでいた。
100年間行方不明であった男を愛し続けるなど、正気ではない。
だがこうも愛されていては報いねばなるまい。武蔵は信濃を抱き寄せた。
「家に入ろう。寝室は、お前の部屋は同じ場所か?」
「私の部屋もお兄ちゃんの部屋も、ずっとそのままだよ」
「部屋にお邪魔させてもらうぞ。とんでもなく重い女だが、ちょっとドキっとした。抱かせてくれ」
「うん! お兄ちゃん! セックスしよっ!」
手を繋いで2人は自宅へと入る。
落ち着いて話が出来たのは、それから数時間後であった。
「事の始まりは、お兄ちゃんがエアレースに出場したあの時から。もっとも、それ以前から自衛隊はUNACTを認識していたみたいだし、本格的に地球が攻撃され始めたのはそれから更に後日だけど」
「UNACT?」
裸で寄り添いあい、兄妹はこれまでのことについて話をした。
アリアは隊長としての業務で武蔵にあまり構っていなかったので、ほとんど話は聞けていなかった。武蔵はこの時、やっと『怪物』の名を知ったのだ。
「所属不明航海物体群、Unidentified nautical objects。略して、
名は体を表すというべきか、そもそも判りやすい単語の羅列なのであろう。
「どっから現れたんだ? それこそ
「宇宙から。世界が混乱して資料が断片的になってるんだけど、どうも隕石みたいに降ってきたみたい」
武蔵は思わず天井を見上げた。
100メートル以上の物体が原型を留めたまま地球へ墜ちれば、それだけで世界は滅亡しそうである。
が、どうやらそういうわけでもないらしい。
「UNACTは何らかの方法で増殖してる。最初に落ちたのは種子であり、今地球に蔓延ってるのは発芽した芽」
「植物みたいな言い方だけど、そもそも動物とか植物って区分は不適切か」
「そうだねえ。でも、無機物をベースにした植物だって主張する人もいるよ」
「どうしてだ?」
信濃は指を器用にうねうねと動かしてみせる。
「あの無数の触手が、根っこや蔦を連想させるからだって。あの触手が密集した状態を『森』とか『マングローブ』って呼ぶみたい」
マングローブとは湿地上に発生するヒルギ科、クマツヅラ科、ハマザクロ科などの植生である。
水面上に無数の木の根が絡み合うような独特の光景を作る一種の森であるが、それが巨大となって海面に出現したと思えばUNACTのイメージとそう違いはない。
「マングローブの根って、結構な密度だったと思うんだけど。あれをくぐり抜けて本体に攻撃なんて出来るのか?」
「出来なかったから、世界は滅亡したんだよ」
あっけからんと答える信濃に、武蔵はげんなりとした。
数百メートル級の本体を取り巻く触手、それはある種の空間装甲であると武蔵はすぐ察しがつく。
どれほど強力な攻撃であっても、途中で予想外の障害物にぶつかれば十全に機能を果たさない。
ましてあの触手は能動的に、航空機に向かって伸びるのだ。
「アナクトというのは、人類を襲ったのか?」
「何もかもを、ひたすら食い尽くしていった。彼らにとってそれが『食事』なのかは判らないけど、少なくともUNACTが通った後には何も残らない」
別に、人口密集地を狙ったわけではない。
ただ海上を、地上を蹂躙して周ったのだ。
「何かを探しているのか、歩き回るのが習性なのか。とにかくUNACTは動き回って、生活インフラを破壊していった」
「直接殺さないあたり、むしろエグいかもしれん」
「だね。地上の人の死因の大半が、飢餓や他殺だった。高度な文明を前提とした100億の世界人口は、一度破綻すればもう立て直すことが出来なかった」
一部の地域が原始的な生活に回帰しつつもほそぼそと生きながらえていたものの、それすらもUNACTは気まぐれに潰していった。
そして、100年後―――人は、その大半が地球から駆逐されてしまった。
「地球にいた軍隊は、UNACTに太刀打ち出来なかったのか? 何か有効な攻撃手段とか見つからなかったのか」
「地球の海軍はあっと言う間に全滅しちゃった。どう考えてもヤバイ敵だから、世界各国は連携して戦力を集中した。戦力の集中は基本だよね」
「へえ、ちゃんと連携出来たのか。えらいえらい」
「でも殲滅されたよ」
戦闘艦は高価になって、そのかわりに数が減っていく傾向にはあった。
だが、それでも地球にいた艦艇数は莫大なもののはず。それが殲滅というのはやはり不思議に思えた。
「UNACTって何体くらいいるんだ?」
信濃は「時代によって違うし、正確な試算じゃないけど」と前置きをした上で、答えた。
「地球上にいるだけで、現状8万体くらい」
目眩がしそうな状況であった。
あの触手を縦横無尽に伸ばす怪物が、8万体。
どんでもない大兵力である。
「いや、だがそれでも、対艦ミサイル8万本と考えれば別に撃退出来ない数じゃないと思うが」
「お兄ちゃん、この100年間ずっと人間はUNACTと戦ってきたんだよ。沢山沈めて、沢山殺されて、それでやっと現状8万体なの」
「ああよかった、有効な対抗策はあるんだな」
沢山沈めて、というくだりに安堵する武蔵。
人類もそれなりの成果を出している。ならば気長に消耗戦を続けていけば、いつかはUNACTを駆逐出来るかもしれない。
その過程で生じる犠牲は痛ましいが、それでも最後に勝てればそれでいい。武蔵はそう考える。
「うん、あったよ」
「過去形か……」
どうやら武蔵の算段は甘いらしかった。
「人類は、あらゆる攻撃手段を試した。基本的に海上を進む物体だから、攻撃手段は空か海だね」
武蔵の知る信濃より軍事面で詳しい気がしたが、それはとりあえず置いておくこととする。
「爆撃機や攻撃機による攻撃は失敗。お兄ちゃんも見たでしょ? UNACTが伸ばす触手は亜音速で振り回されるから、鈍足な航空機はのんびり飛んでるだけで迎撃されちゃうの」
頷く武蔵。
あの触手を前にしては、音速以下の航空機ではまず突破出来ないであろう。
武蔵の零戦は運動性能に全振りしたドッグファイターだから、ある程度逃げ切れたのだ。
「航空機と同時に試したのが、対艦ミサイルや艦砲射撃、それに核兵器による攻撃だったわ」
「核を使ったのか」
「誰が見ても、手段を選んでいい状況じゃなかったからね。でも核はあまり有効ではなかったみたい」
「どうしてだ? あいつ等は熱エネルギーを吸収するから、核爆発はかえってエネルギーになっちゃうとかか?」
「そんな惑星を氷漬けにする特撮宇宙怪獣みたいな理由じゃないよ。UNACTは稼動中の戦艦並の防御力を持ってるから、強力な爆風や熱線とかの面攻撃は効きにくいの」
核兵器は最強、というイメージがある。
無論それは間違いではない。だが核は広範囲を焼き尽くすには効率がいいが、一点集中においてはそう合理的ではないものだ。
「爆風なんて簡単に拡散するからな。熱と光でのダメージは……あいつ等の硬さによっては通用しないか」
戦艦長門だって、ダメージコントロールをちゃんとしていれば水爆を食らっても沈まなかったとされている。旧式戦艦でさえ、それくらいの強固さを持っているのだ。
もっとも戦艦が核攻撃を受ければ、船体が耐えられても船員はただでは済まない。衝撃波と熱線、そして放射能で致命的なダメージを受ける。
だがUNACTに、船員なんて脆弱なパーツは存在しない。彼らにとって核攻撃は生物が皮膚を火傷した程度でしかなく、時間経過で治癒してしまうのだ。
「そゆこと、ちなみに放射線も効いてないみたい。そもそも確保したサンプルを調べた限り、UNACTにDNAは存在しないらしーし」
「完全に地球外生命体だな」
地球の生物は例外なくDNAを持っている。
生物かどうか疑わしいウイルスでさえ持っている。
種の継続を司る設計図がないとなると、そもそもUNACTが宇宙生物という定義に当てはまるかすら疑問符が付く。
「地球の海上に降りてから分離してるから、何かしら設計図はあると思うけどね」
話を戻すよ、と信濃は武蔵の上に覆い被さる。
特に行動に意味はない。話していたらまたムラムラしてきただけだ。
「対艦ミサイルや艦砲射撃は、半分成功して半分失敗した。失敗したのは旧式の超音速タイプね」
「旧式……弾速の問題か」
これらの攻撃手段がどういう方向が発展したか、それは割と単純である。
対応出来ない速度より更に速く、だ。
速い方が迎撃されにくい、そのシンプルな理屈を推し進めて両者は技術発展していった経緯がある。
「艦砲の攻撃が有効だったというのは興味深いな。火薬式の艦砲の初速は……マッハ2以上だったか。それ以下の速度だと触手で叩き落とされるってわけだな」
「そ。成功したのは、当時としても新型の極超音速対艦ミサイルや、電磁誘導を使用した艦砲射撃―――レールガンとか。それにしたって張り巡らされた触手のマングローブに阻まれてかなり途中で脱落したけど」
砲弾が漫画のように障害物を幾つも吹き飛ばしながら目標に突き刺さる、なんてことは現実にはない。
ミサイルにしてもレールガンにしても、目標手前で何かに衝突すればその時点で信管が作動して爆発する。
よほど紙のように薄い装甲板程度なら信管も作動しないが、触手は航空機を潰せるほどの強度だ。レールガンであろうと貫通など出来るはずがない。
「上手い具合に射線が通った場合はUNACTに直撃したみたい。撃沈可能かは別にして、だけど」
「それが撃破例が少ない理由か。金のかかる戦法だ」
21世紀前半の大陸崩壊と呼ばれるアジア圏の混乱以降、世界的な軍縮ムードが存在した。
それさえなければ、極超音速対艦ミサイルやレールガンの配備が進んだ状態でUNACTの出現を迎え撃ち、早期に殲滅出来たのかもしれない。武蔵はそんなIFを想像する。
武蔵はふと、聞いていない攻撃手段を思い出した。
「水中は? 魚雷とか潜水艦とか……いや、触手は水中も普通にあるのか」
水上艦の宿命として、水中からの攻撃は天敵となる。
だがあの得体の知れない触手が水中をも蠢いているとなれば、魚雷攻撃を通すことも難儀に思えた。
「物理的に防がれちゃうってのもあるけど。なんでか、機雷みたいな駆動音のしない攻撃手段も早期発見されちゃうんだって」
「もしかして浮遊する物体どころか、海洋生物まで手当たり次第に攻撃してるのか。さすが異星人、容赦ない」
クジラやイルカ、サメといった大型水棲生物は既に絶滅したのだろうと武蔵は嘆く。
かつての活動家達が聞けば憤慨しそうな世界であった。
「魚雷や潜水艦の速度なんてたかが知れてるし、全然通じなかったって聞いてる」
世の中には超音速魚雷というおもしろ兵器も存在するが、それとて通用するとは思えない。
推進剤を一気に消耗するスーパーキャビテーション魚雷は、総じて射程が短い宿命にあるのだ。
「あとは宇宙からの攻撃。神の宝杖とか、軌道砲撃とか」
「神の宝杖ってなんだ」
「え? ああ、UNACT出現以降の公開だっけ。軍事合衆国が対UNACT用に配備した、対地表攻撃用の低軌道大型レールガンだよ」
宇宙戦闘艦が持つ対地攻撃手段『軌道砲撃』能力。
それを専門に扱う、小型宇宙コロニー砲台。それが神の宝杖であった。
戦略目標として大きすぎる砲台を、絶対に守り抜けるという自信がある彼の大国だからこそ、運用可能な兵器といえる。
「通じたのか?」
「戦車とかならトップアタックは基本だけど、戦艦相手にトップアタックってあまり効かないわけで……」
戦艦の装甲が上部面を重視するようになったのは、日露戦争以降である。
この戦争の後に、大きく湾曲した軌道で砲弾を撃ち込む曲射が実用的な段階に達した。
逆にいえば、日露戦争以前は船の上面に敵主砲弾が直撃することなど想定していなかったのである。
別にUNACTが曲射攻撃を想定していたわけでもないが、彼らの装甲は側面も上部も等しく強固であった。
触手防壁もきっちり存在しており、やはり撃ち込んだ数の割に成果は上がらなかったのだ。
「それでも継続する価値はある気がするが。砲弾の値段なんてたかが知れてるだろ」
「お兄ちゃんなら知ってるだろうけど、宇宙からの砲撃は特殊な耐熱弾頭が必要になるから」
そういえばそうだった、と武蔵は納得する。
たかが使い捨ての金属塊。だが、製造には技術力が必要な冶金技術の結晶だ。
「なんかレアメタルが足りてない感があるよな、この時代のセルフ・アーク」
「そうなの。全然足りてないの、インターホンを直せないほどに」
インターホンに使用されているレアメタルはさすがに少量だが、銅が高騰しているのは判っていた。
だが、そうとなると不思議な点も浮かんでくる。
「セルフ・アークって、補修とかは全自動だろ? 無人機が小惑星とかの金属回収してくれないのか?」
「ほとんどをリサイクルで賄ってるみたい。足りない分を補充してる形跡はあるんだけど、コロニー内の住人に分けてくれる気ないみたいね」
「制御人工知能は自分の保全しかしないのかよ」
人工知能が資源衛星などから勝手に金属を集めて、それをコロニー内で暮らす者達に分配してくれれば楽なのに。
そう考えるも、その作業はあえて人間側から禁止されているのではないかと武蔵は想像する。
人類が未だ繁栄していた時代の話だ。
セルフ・アークは将来的に独立国家となる予定であったが、いくら多様な価値観が内包された国家が予定されていたとはいえ、経済形式は資本主義だ。
そんなコロニーにおいて、人工知能が自己保全のついでにと希少金属を集め、コロニーに暮らす人々に余りを配布することを許容すればどうなるか。
貰えてラッキー、などと簡単な話では済まない。市場の価格は変動し、一応日本国内の自治区のような扱いであったセルフ・アークは不平等感を糾弾され、あるいは世界貿易機関から是正を促されるのかもしれない。
そうなるかもしれない。ならないかもしれない。
どちらにしろ、武蔵が担当者であれば保留し、後回しにしたくなる案件だ。
当時、コロニーを制御する人工知能の仕様書には書かれたに違いない。
『人工知能は内部の人間の生活に過干渉しないスタンスを是とすることと』と。
「詳細は調査しても判らなかったみたいだけど、とにかく宇宙空間でのレアメタル確保はもう限界なんだよ、ほんとにね」
やれやれと肩を竦める信濃。
なぜ彼女が困った様子を見せるのかと不思議に思う武蔵。
「神の宝杖や軌道砲撃は物資的に困難になって、最後に残ったのは新兵器の開発だった。対UNACT専用の巡航ミサイルね」
「役に立ったのか?」
「最後発の兵器というだけあって、一番成功率は高かったよ。高度な誘導装置で触手を回避しつつ適度な巡航速度で肉薄して、目標寸前で落水して水中爆発でUNACTを圧し折るミサイル」
射程の長いアスロックみたいなものか、と武蔵は推測する。
「なんて名前なんだ?」
「45式空対物誘導弾」
自衛隊のネーミングセンスは今も、否、97年前でも変わらずアレらしい。
相変わらずのつまらない名前に、武蔵は自衛隊の平常運転っぷりを嘆いた。
対異星人や対UNACTではなく、対物とお茶を濁しているのがとてもそれっぽい。
「でもこれも、結局上手くいかなかった。うんん、上手くはいったけど継続しなかった。人類の体力が尽きる方が早かった」
45式空対物誘導弾は、多大な犠牲の上に苦心して作り上げただけあって、急ごしらえにも関わらずかなりUNACTに有効に効いた。
だが、人類側にこれを適切に使うだけの力はもうなかったのだ。
「暴れまわるUNACTに食糧難に陥った地上は、直接的被害の前に国家としての統制を失った。国民を飢えさせる国を、人は信用しなくなった。最初は財力や権力といった文化的な力が至上となり、やがてもっとシンプルな暴力こそが正義になった」
「世紀末かよ」
武蔵は眉を歪ませた。
日本などの先進国までもが無政府状態に陥った。その惨状を、平和な時代に生きた武蔵には想像出来ない。
想像出来ようはずがない。人類100億人の死という、有史以来最悪の惨劇なのだ。
「地上の死滅は緩やかだけど、この頃にはもう地上にまともに動ける勢力はいなかった。宇宙コロニー群に取り残された人々は、独力での生存を模索するしかなかった」
「それは―――割と、致命的なんじゃないか」
「うん。悲劇の物語は、まだ中盤だよ。んっ」
信濃は武蔵の上で腰を揺らしながら、艶っぽい嬌声を交えつつ話を続ける。
「あのね、戦いがあったの。コロニー同士の、奪い合いの戦争」
「宇宙コロニーは、地上からの物資輸入を前提としていた。それが途絶えれば、他から奪うしかないってわけだな」
「そう。戦火は、もう他人事じゃなかった。宇宙に進出した国家は沢山あったけど、宇宙での戦争は敵味方入り乱れてた。貴重なはずの物資が、兵器に作り変えられて気前よく使い潰されていった、あっ、あんっ」
身体がぶつかり合う音が鳴る室内で、2人は汗を交えながら絶望のプロローグを語る。
それを不思議に思わない信濃に、武蔵は悲しくなった。
平時と戦時の人の考えが違うのは当然だ。武蔵は平時から奇特な考え方をする人間だが、信濃は単純に戦時の人間となってしまっていたのだ。
「その頃はセルフ・アークも輸入が途絶えたことで食料が高騰して、いろんな場所が畑に作り変えられていったの。たぶんそれでも、他のコロニーよりずっとマシだったけど」
「父さんと母さんは……?」
「行方不明。あの時は地上にいたはずだから、すぐに絶望的だとは判断出来た、あ、ああんっ」
「そうか、まあそうだよな……」
両親の死に悲しむ武蔵と、話しながら平然と性的欲求に悦ぶ信濃。
仕事で赴任していた2人の死に対して、100年前にそれを知った信濃はとうに割り切りを済ませていた。
信濃に猛りを注ぎ込み、呼吸が落ち着いてから会話を再開する。
「宇宙戦争が落ち着いてからも、生活が楽になることはなかった。セルフ・アークの人工知能が安全を保証するのは箱庭の環境だけ、中でどう生活を送るかは住人の判断にかかってる。この人工の大地で生活を完結させるとなると、生活レベルを中世にまで戻さなきゃいけなくなる」
技術があれば、知識があればなんとかなるという話ではない。
現代の技術を維持するには、国際化した大規模な市場や流通ノウハウが必要となる。
セルフ・アーク程度の人口の為に携帯端末や新型航空機などといった最新装備を開発しようとしても、あまりに簡単に足が出てしまう―――採算が合わないのだ。
採算が合わないなら、破綻しないように妥協するしかない。
その妥協を推し進め、採算が合う生活レベル。それが、信濃のいう『中世』レベルなのだ。
「現時点でも戦前……第二次世界大戦頃のレベルにまで衰退して見えるが、まだまだ衰退するのか」
「これでも頑張って踏み止まってるんだから。とはいえもう限界、金属物資が枯渇寸前なの」
信濃が武蔵のデリケートな部分を弄る。
「小惑星からの採掘は?」
「もう手の届くところは完全に……あれ、大きくならない?」
「無茶いうな、こっちも枯渇してる。2回頑張っただけで偉い」
「え? でも、お兄ちゃんの隠してた漫画だと最低3回はやってたよ?」
「フィクションを参考資料にするな、というか俺の部屋を家探しするな」
「資源は有限、至言だね」
そんな洒落のようなことを言いつつ、信濃は立ち上がる。
「あふぅ……お兄ちゃん、自衛隊に入ってるんだよね。アリアちゃんには私から伝えとくから、明日は私に付き合って」
「何かあるのか?」
「お兄ちゃんの勤め先の工場、今は私が経営してるの。自衛隊で使ってる航空機の整備も請け負ってるから、実物を見ながら教えてあげる」
「ハカセの工場を? あのハカセはどこ行ったんだ?」
「うーん、私はしばらくしてから、偶然売りに出されているのを見つけて買い取っただけだから。顔は知ってるけど、ハカセさんについては当時からあまり親しくもなかったし、よく分かんない」
シャワー浴びてきます、とだけ言い残して信濃は部屋から去った。
武蔵は自室に戻る。埃1つ持っていない自室は武蔵の感覚では「懐かしい」程度の気分だが、実際は100年ぶりの帰還だ。
武蔵も身体を洗ってから休むべきであったが、色々あって疲れていた武蔵は気付けば自分のベッドで眠りこけてしまっていた。
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