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 アリアは武蔵が暴れたことを部隊内部で隠蔽し、1漂流者として処理することにした。


「アリア、お前は普段どんな任務をしているんだ」


「敬語を使うのです」


「質問よろしいでしょうか、3尉空尉」


「階級章、普通に読めるのですね……」


 アリアはげんなりした。彼女は階級章を覚えるだけでも一苦労したものだった。

 3等空尉、それがアリアの階級であった。


「質問を許可するのです」


「我々の受け持つ業務について、お聞かせ下さい」


「あとで話すのです。今は貴方の履歴書を作るのです」


 セルフ・アークに帰還すべく航行する宇宙巡視船いなさ。アリアの割り当てられた部屋にて、2人は頭を突き合わせる。


「貴方の身分はあやふやな方がいいでしょう。不法入国者の末裔ということで」


 コロニー内の国籍の管理がちゃんと出来てないのかよと思う武蔵だが、その辺はどんな時代でも同じ問題だったのでツッコまないことにした。

 国内で生活する人間を全て完全に把握するというのは、かなり難儀する事業なのだ。

 履歴書に色々と経歴をでっちあげつつ、適当に技能を書き込む。


「入隊試験もなしで部隊に組み込むのです、相応の働きをしなければ私が圧力を受けるのでしっかり働きなさい」


「そも、貴官にそれだけの権限があるのですか?」


 アリアに敬語を使うことに違和感を感じつつも、武蔵は質問を続ける。

 アリアとしても武蔵が妙な真似をしないか不安なのだ。それが判るからこそ、今だけでも武蔵はそれらしい口調を続けていた。


「……武蔵の想像通り、自衛隊内の人員不足は致命的なのです。1部隊の書類仕事が全部私に回ってくる程度には」


 武蔵は口をつぐんだ。

 アリアに書類仕事など出来るはずがない、たかが3年間苦労したからといって覆せないほどに彼女はアホの子だ。

 よって、そんな書類が曲がり通るほどに内部がガタガタなのは読み取れた。







『2143年10月11日』







 コロニー外壁のエレベーターを抜け、内部空間に侵入した武蔵達。

 武蔵の前に広がるのは、自然と文明が調和した普通の、むしろ不自然さを感じるほどのありふれた景色であった。


「100年経っているようには見えないな」


「セルフ・アークは人工知能による自己修復能力があるから、自動で補修などが行われたみたいです。他のコロニーは崩壊したり、インフラが停止して全滅なんて話も珍しくはありません」


「ああ、なるほど。『不法入国者』ってのはそういう場所から逃げてきた奴のことか」


「そういうことです。地球でも宇宙でも、優先的に難民申請を受け入れられるのは技能者なのです」


 武蔵は自分がアリアに認められる程度には優秀なパイロットであることに、改めて安堵した。

 もしごく普通の高校生であったなら、アリアというツテがあったとしても今後どうするべきか困り果てていたであろう。


「私は忙しいので、勝手に見て歩いてて下さい」


 自衛隊基地に到着した武蔵は、いきなり外へ放逐された。


「んな適当な……」


「適当な時間には戻ってきて下さい、あまりうろちょろされても困ります」


 とんだ放置プレイである。

 許可証を提示し、警衛が見張るゲートを通過する。

 道路に出てから、武蔵は振り返った。


「大苫基地」


 基地の名を、口にしてみた。

 かつて時雨と試合という名の決闘を行った基地。心持ち、かつてより看板が色あせて見えた。

 時雨はまだ、このコロニーのどこかにいるのだろうか。探そうにも、現状そんな余裕はない。

 武蔵は、よく知るはずの町へと足を踏み入れた。







 まず最初に気付いたのは、空に何もいないことであった。


「空中バスはどこにいった」


 市民の足として、コロニー内を縦横無尽に飛び回っていた無人チヌークの空中バスが居なくなっていた。

 代わりといってはなんだが、地上を走るバスが増えている。背後にドラム缶のような物を背負った、ボンネットがご立派なバスだ。


「まさか木炭バス? 電動じゃない車両なんて初めて見たぞ」


 2045年時点でセルフ・アークにボンネットバスが大量保存されていたとは考えにくい。

 資料から再現したか、コレクターが少数だけ保管していたもののレプリカであると武蔵は考えられる。

 ちょうど停車したので、武蔵は素早く木炭バスの下を覗き込んだ。


「板バネの車軸懸架方式、変速機は専用の物を新規開発か? 電装がない、見たところ全部機械式だ」


 木炭バスなんて骨董品を実用化する理由。

 第二次世界大戦当時と同じく燃料不足が理由かと思ったが、そうではないと見解を訂正する。

 そもそも2045年においては燃料を燃して走る自動車自体が絶滅危惧種だったのだ。内燃機関車両が使えなくなる理由が生じたのではなく、電気自動車が使えなくなる理由が生じたと考えるべきだ。

 そして、その理由はそう多くはない。バッテリー、あるいはモーターの製造が難しくなったと考えられた。


「どちらにしてもレアメタルを使うからな、それなら単純な鋼鉄の塊である木炭バスの方が作りやすかったのか」


 別に木炭バスを『単純な鋼鉄の塊』などと卑下するわけではないが、実用的な電気自動車より難易度が低いのは事実であった。


「おーいあんた、乗らないなら離れてくれ。危ないぞ」


「あ、すいません」


 ちょいちょいとバスから離れる武蔵。

 木炭バスはとても緩慢な加速で発進し、去っていった。


「さて、とりあえず自宅に行ってみよう」


 100年後に残っているかは賭けであったが、それでも確認はせねばならなかった。







 大和宅は2045年において両親が単身赴任につき、兄妹の武蔵と信濃の2人暮らしであった。

 そもそもセルフ・アーク自体が新しいので、当時の彼らの自宅もやはり新築の範疇。

 だというのに、今現在彼の前に建つ一軒家が真新しいようにはとても見えなかった。


「うーん、ボロい。表札は大和のままだけど、ほんとに住んでるのか?」


 ここに来るまで様々な建築物が老朽化しているのを見たが、やはり自宅となると違和感は強かった。

 まずはインターホンを押す。

 鳴らなかった。


「鳴れよ」


 扉を見れば、武蔵の覚えのないドアノッカーが追加されていた。

 まさかこんなシンプルな機械すら修理不可能なのかと戦慄しつつ、ドアノッカーをドンドンと叩く。

 どうやら誰もいないらしく、返答はない。


「信濃はどこ行ったんだ」


 何せ100年。この家に住む大和さんが、信濃であるとは限らない。

 信濃の子孫である可能性もあるわけだ。


「……会わない方がいいのかもな」


 武蔵の感覚でいえば、この前までハーレムに加えようとしていた少女だ。

 何らかの事情で武蔵がいなくなり、その後に信濃がどうしようと彼女の勝手。

 そうとは判っていても、妹であり嫁がどこかの誰かに奪われた、という感覚は否定しようがない。

 まるで日本軍の軍人が戦後に家に戻ってみれば、妻が他の男と再婚していたような寝取られ感である。

 もし他の男と寄り添う信濃が、あるいは彼女の子を名乗る者が実家の扉から現れたら。

 武蔵は、平静でいられる自信はなかった。


「―――行くか」


「お兄ちゃん?」


 声に、思わず武蔵は振り返った。

 あまりに耳朶に聞き慣れた、いつもの声色。

 そして、武蔵が振り返った先にいた少女もまた、彼の記憶そのままの姿であった。


「おに、おにい、おにっ」


「鬼呼ばわりされてるみたいだな」


 最初は呆然と。

 やがて、様々な感情が湧き上がって、兄の呼称を繰り返す彼女に。


「おにいぢゃーん!」


 飛びつく信濃を、武蔵は思わず回避するのであった。

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