1-5
『 年 月 日』
ブリッジから双眼鏡で宇宙を見渡す。
ほどなくして、深淵の闇から小さな宇宙船が現れた。
「巡視船じゃないか」
人1人の救助に護衛艦が来るとは思っていないが、自衛隊を名乗る以上は哨戒艇が来ると予想していた。
だがやってきたのは白い塗装が眩しい宇宙船。蒼穹保安庁所属の巡視船であった。
宇宙空間広域の治安維持を目的とする、小回りの効く多目的船。むしろ自衛隊より人命救助任務には適しているのだが、無線の名乗りは聞き間違いではなく、『自衛隊』であったはずだ。
なぜ巡視船が自衛隊を名乗るのか。
「まあ50年経ってるなら、色々あったんだろ」
まずは会ってみなければどうしようもない。そう割り切って、武蔵は発光信号で自らの位置を船に知らせるのであった。
宇宙船同士の係留装置は基本的な構造が国際統一されている。
技術の進歩によって少しずつ更新されているのだが、例えば東側規格の最初期のソユーズロケットと、西側規格の最新型護衛艦『やまと』の係留装置であっても、ちゃんとドッキング出来るのだ。
双方の船体から伸びたトンネル。その先端が重なり、互いの3箇所の爪が相手の係留装置をしっかりと掴まえる。
無性型ドッキング機構と呼ばれるこの仕組みは、互換性や相性を気にせず接続出来る優れものなのだ。
「まあ電源が死んでるこっちは割と難儀しているわけだが」
エアロックの向こうで、懸命にマニュアル操作して係留装置を作動させる武蔵。
装置そのものは独立した製品なので電気を供給すれば動く。だが、その操作指示を出すのは船の艦橋だ。
船全体を稼働させる電力を調達出来ない以上、発電機を運んでケーブルを繋ぎ、係留装置だけを生き返らせて直接操作するしかなかった。
互いの気圧が確認され、分厚いハッチが開く。
直径80センチのトンネルがこうして開通した。
「…………。」
目の前に、別の船への道が出来上がった。
この先には人間がいるのであろうが、それに喜び勇んで飛び込むほど武蔵は軽率ではない。
彼らは自衛隊を名乗っているが、それすら本当かと確認していないのだ。
「……そっち、行っていいっすかー?」
出来るだけ気軽そうに、侮られるように軽い口調で訊ねる。
武蔵の方こそが要救助者なのに、最初に一声かけてこない時点で武蔵は警戒していた。
『大丈夫ですか』とか『怪我をしていませんか』とか、自衛官ならそういう一言があるであろう。
「速やかにこちらへ移動しろ」
女性の声であったが、あまり友好的な響きではなかった。
日本語であったのは救いであろうが、武蔵の知る自衛隊の一般人への対応ではない。
「うーっす、そんじゃそっち行きますね」
懐のナイフを確認しつつ、係留装置を抜けて武蔵は巡視船に移動する。
広い船内に飛び込んだ瞬間、人影が武蔵を取り押さえようと掴みかかってきた。
「っ!」
フルフェイスヘルメットを被った、作業着姿の小柄な人物であった。
咄嗟に武蔵は掌底を打ち込み、怯んだ相手が吹っ飛ばないように手首を強く握りしめる。
いきなり襲いかかってきたのだ。武蔵の警戒心は確固たるものとなっていた。
軍人相手に距離を取られては返って不利になる。武蔵が掴んだ手首を引き寄せると、相手は腰から拳銃を抜いた。
「デリンジャー?」
正しくはデリンジャーとも違う小型拳銃であったが、そんなことを見聞している余裕はない。
咄嗟に自分に向けられる銃身を脇に逸らし、射線が通らない状態にしてから力づくで銃を奪い取る。
そのまま腕を捻り上げ、拳銃のグリップを相手の背中に押し付けて逆に取り押さえてみせた。
「くっ!」
「動くな」
低い声で牽制しつつ、武蔵は内心自画自賛していた。
武蔵は身体は鍛えているが、別に格闘技を習っているわけでもなんでもない。軍人らしき相手を取り押さえられたのは僥倖であった。もう一度やれと言われたらやれる確信はない。
むしろ、飛びかかっていた相手が意外と小柄な女性であり、力技で行動を制限出来たというのが大きな要因であったが。
「というかお前、女か?」
「そう疑問を抱く余地があるのか?」
相手の声が若干苛立っていた。
武蔵が彼女の性別を計りかねた理由は、彼女の体つきがあまり女性的とは言い難かったからだ。
攻防の合間に見えた短時間では、少年兵と言われても納得しそうな貧相な人物であった。
顔はヘルメットで確認出来ないが、なんとなく気配で女性だと判りはした。
「やはり男か……」
挑発しつつ、改めて現状を観察する。
まずは武蔵は手の内に収まった拳銃を見やる。
金属加工にも精通する武蔵には、それがプレス加工を多様して作られた簡素な拳銃だとすぐに判った。
武蔵は重火器マニアではない。基本的な物は知っているが、ニッチな物となるとさっぱりだ。
それでも類似した銃を上げるとすれば、それは―――
「リベレーター、いや、まさか」
そんな珍銃を好んで使う軍組織があるはずがない。そも、仮にそうだったとしてなんだというのか。
リベレーターという銃は、充分に殺傷力がある実銃なのだ。
この巡視船に見える自衛隊艦船の乗員は、武蔵の適当な知識の限りでは数十人であったはず。
とても船の制圧など出来っこない。武蔵は一度、世捨て人の船に戻ることも考えた。
「まずは平和的に対話を望みたい。お前達は、本当に自衛隊か?」
拳銃を突きつけつつ平和的も何もないが、大義名分は大切なのだ。
自衛隊員を名乗る者達の1人が指摘する。
「ブラフです、銃口は向いてない!」
武蔵は内心舌打ちした。相手から手元が丸見えであった。
航空以外の軍事に詳しくない武蔵でも、重火器に関する4つのルールくらい知っている。
全ての銃は、常に弾薬が装填されているものと想定して扱え。
銃口は、標的以外には向けてはならない。
標的を狙う瞬間まで、トリガーに指をかけるな。
標的は当然として、周囲に何があるかも把握しろ。
武蔵は今もこれからも、人の命を預かる航空機という機械の運用に携わりたいと思っている。
だからこそ、安全管理については極めて厳しい自戒があった。
当然、銃に関するルールも遵守している。
武蔵は拳銃のグリップを銃身に見立てて、人質の背中に押し当てていたのだ。
人質の自衛官からすれば、反撃イコール死と連想させる。
武蔵に撃つ気などさらさらないと、知らなければ。
「このっ、舐め腐って!」
「うおっ」
組み伏せた女性自衛官が跳ね上がる。
地球なら1度マウントポジションを取れば脱出される可能性はほぼ考慮しなくて良いが、無重力下では非力な女性でもあっさりとマウントを脱出されてしまうのだ。
吹っ飛んだ武蔵は素早く体勢を取り直すも、その時には複数の銃口が武蔵を捉えていた。
完全に武蔵に警戒心を向ける自衛官達。問答無用で発砲しないあたり、意外と軍隊の体裁を整えているらしかった。
こうなっては、アクション映画のように銃弾をくぐり抜けて離脱など不可能。
いわゆる、にっちもさっちも行かない状況。詰んだ。
武蔵は別方向からの事態打開を目指すことにした。
「ぶええええっ、ずいまぜんー! 俺、俺、ごわぐてーっ!」
泣き真似である。
自分の背後に拳銃を浮かべ、表向き完全降伏と言わんばかりに両手を広げる。
「なんだこいつ……」
「クスリでもやってんのか」
「やべえな」
突然の号泣に隊員達は困惑し、最初の女性自衛官に視線を向けた。
意外というべきか、彼女がこの場の最高責任者であった。
「つまらない演技は止めるのです。正規軍相手に個人の小細工がどれだけ通じるというのですか」
―――不意に、武蔵は違和感を覚えた。
ヘリメット越しで声はくぐもっていたが、その声色に聞き覚えがあったのだ。
「まさか、生きているとは思わなかったのです。今は何歳ですか、見た目通りということはないでしょう」
テロメア伸長化を受けている以上、外見年齢などアテにならない。
故に、女性隊員は武蔵の年齢を訊ねる。
外されるヘルメット。溢れる長い金色の髪の毛、そしてその整った容貌。
武蔵は言葉を失った。その人物を、武蔵はよく知っていた。
「どうして、お前がここで出てくる」
「質問しているのは私ですよ、武蔵」
武装した男達を背に、武蔵を睨む人物。
それは、武蔵の隣に引っ越してきた娘であった。
「―――アリア」
アリア・K・若葉。
この不可思議な状況において、知人に会うことが喜ばしいだけではないと武蔵は知った。
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