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『 年 月 日』
船内の探索をおおよそ完了した武蔵であったが、実入りはさほど多くはなかった。
技術者達が先に死んでしまった為、残された者は試行錯誤で船の維持を試みていたらしい。
暴走状態に陥った核融合炉は既に燃料切れで停止しており、化石燃料の補助動力装置もやはり燃料切れだ。
というより、補助動力装置が停止したからこそコールドスリープが溶かれたのではないか、と武蔵は推測した。
電源の途絶によってこれ以上の延命は不可能と判断し、冷凍ポッドに付随したバッテリーの電力を使ってコールドスリープ解凍シークエンスを発動したのだ、と。
その根拠の1つが、この船の現在位置にある。
「ちょっとずつ漂流している。動力の完全喪失は、やっぱり最近だ」
六分儀を使用しての測量によって、この世捨て人の船はやはりエネルギーを消費しながらラグランジュ2に留まっていたことが証明された。
現在は少しずつ軌道を外れ、外宇宙に吹き飛びつつある。
「およそ1ヶ月で月の外側100万キロまで吹き飛んで、半年後に地球の重力に囚われて月の内側に入る。その後まで計算するのは無理だ」
手計算でおおよそのシミュレートを行うも、その結論は散々なものだった。
猶予は半年、それ以降の安全の保証はない。
月か地球に落ちるのがオチだろう。
「かといって船内に残った物はガラクタばっかだし、やっぱり救援を呼ぶ方が現実的だな」
日誌を読む限り、セルフ・アークは無事である可能性がある。
この船が浮かぶラグランジュ2とセルフ・アークがあるラグランジュ4は近いので、太陽風の影響を避けるタイミングを狙えば通信は困難ではない。
セルフ・アークが救助部隊を出せる状況にあるかは不安であったが。
「まずは無線機だ、宇宙で使える出力の無線機を調達しないと」
無線機自体は武蔵にとって難しいことではなかった。
問題は如何にして宇宙という長距離の無線通信を可能とするか、である。
『 年 月 日』
ないない尽くしの電子工作で完成したのは、電源、大きなコイル、電極からなる装置であった。
所謂『誘導コイル』と呼ばれる、理科室にある実験装置である。
誘導コイルはある種の変圧器である。瞬間的にバチッとなるだけのマシーンなのだ。
「逝くぞ―――サンダーストームッ!」
スイッチを入れれば、武蔵の想定どおりに電極がバチっと光る。
サンダーストームは完全に名前負けだが、このバチッとする火花とて、れっきとした『電波』。
誘導コイルと称したが、これは『火花送信機』という世界初の無線機なのだ。
適当なモーターを分解してコイルを巻き直しただけだが、この手のコイルを巻くのはある種の職人芸。アルバイトでの経験なければ、武蔵にも到底出来なかった。
「一応拾ったパラボラアンテナも付けたけど、この周波数が広くて電圧も低い送信機でどれだけ届くか」
『ラグランジュ2とラグランジュ4は近い』と先に説明したが、それはあくまで宇宙規模の話である。
地上で考えれば途方もなく遠い距離であるし、障害物がなく太陽風を避けるとしても、ちゃんと届くか武蔵は不安だった。
「あと、電波法に完全に違反してる」
もやっとした曖昧な周波数で雑に電波を生じさせるので、他の通信に思い切り悪影響を与える。
救助された後で、怒られる可能性はあった。
「次は受信機だ……といっても、さすがにこれは簡単」
ようするにラジオである。自作電子工作の定番であり、武蔵ならばそこらのジャンクから制作可能だった。
構造的には先の送信機より複雑だが、半導体さえあればなんとかなる。
「いい感じのトランジスタがあったぜ」
しかし、やはり集積回路の時代。思ったより船内に半導体は少なかった。
幸いにして使えそうな部品を発見したものの、もし手頃な半導体がなければ自作するしかない。
もっとも簡易な半導体、真空管の自作でさえハカセや由良レベルの技術者でなければ不可能なので、武蔵が作るとすればコヒーラスイッチしか選択肢はない。
コヒーラスイッチは最初期の受信機のパーツだが、それでも手軽に自作出来るほど適当なものではない。
現代において、コヒーラスイッチなど出番はない。真空管は知っていたり見たことがあったりする人も多いだろうが、コヒーラスイッチに関してはほぼ絶滅した技術と言っていいだろう。
コヒーラスイッチとは、ようするに『意図的に接触不良を起こしている導線』である。
理科の授業でやるような、簡単な電気の実験を思い浮かべてほしい。装置の形は教科書通り出来上がっているのに、なぜか上手く動かないとなったことはないだろうか。
そういう場合は、接触部を触ったりすれば通電する場合がある。そして、一度通電すれば電気の流れの道が確立して、モーターや電球は作動し続ける。そういう性質があるのである。
この『絶妙に通電するかしないか』、その状況を意図的に再現したのがコヒーラスイッチだ。
「近距離の無駄に大きな電磁波ならともかく、今時の通信電波でコヒーラスイッチが作動するとは思えない。作る事態にならなくて良かった」
外部からの物理的衝撃のみならず、コヒーラスイッチによって再現されるギリギリ通電しない、というくらいの接触不良は電波の影響を受けて通電することがあるのだ。
この性質を受信機に利用して、原始的な受信機として活用するのである。
真空管どころか鉱物ラジオ以前の技術。さすがにこれに命をかけたくはなかった。
送信機を通電させるたび、手作りラジオがノイズを鳴らす。
「セルフ・アークが移動していないことを祈ろう」
宇宙コロニーはその圧倒的な質量から、まず動くものではない。
だが不可能というわけではない。人間頑張れば、だいたいのものは動かせるのだ。
こうして、武蔵の地味な戦いが始まった。
『 年 月 日』
ひたすらにSOSを発信し続ける日々。
トトト、ツーツーツー、トトト。
トトト、ツーツーツー、トトト。
延々とこれの繰り返しである。
もっとも知名度が高いであろうモールス信号。音声通信が一般となりモールス信号通信が過去の物となった時点で公式には『メーデー』に役割を譲ったものの、その知名度の高さからあらゆる公的機関はSOS信号を拾ってくれる。
少なくとも、2045年においてはそのような常識があった。
「ほんとに50年後だったら、さすがに使われてないかもかもだが」
火花送信機がバチバチとノイズを散らす。他の電波に悪影響を与える迷惑送信機だが、そもそもSOS発信下においては『他の通信は救助の邪魔だから控えてちょ』というルールが存在する。
2045年時点で誰も覚えていないルールであったが。
『 年 月 日』
「飽きた」
武蔵は一度発信を止めて、自動SOS打ち込み装置を作った。
カムとリミットスイッチを組み合わせた、一定の回転で信号を打ち続ける装置である。
初日は手動でグルグルしていたが、それすら面倒になった2日目からは電動となった。
トトト、ツーツーツー、トトトがゲシュタルト崩壊してくる。
「つまんなーい」
無重力下で体力が落ちるのを懸念して、受信機の監視をしつつ無重力ラジオ体操第5をこなす。
筋トレに夢中になりすぎて、着信を見逃した。
「さっき何か聞こえたような……」
送信機を切って、受信機に耳を澄ます。
《--- --・-・ ・・ -・--- ・- -・ ・- ---・ ・・-・ ・・・ ・-・ -・-・ -・・-・ ・・-- ・-・・》
「自衛隊!」
武蔵は信号の中に身近な単語を見つけ、安堵した。
なぜ返信がモールスなのかは疑問であったが、武蔵側に禄な通信機がないと想像しての行動ならば不自然ではない。
武蔵は誰何してきた相手に、自らの立場を明かす。
といっても、武蔵自身なぜ自分がここにいるのかよく判っていない。名前を伝えた後は、自衛隊側の船が逆探知でこの船を探し当てるのを祈るのみであった。
「世界が滅んだらしいが、自衛隊は残ってるのか。まあ怪獣と戦うのは自衛隊のお家芸だからな」
口にして、彼は自省する。
この冗談は、あるいはこの時代では洒落になっていないかもしれないのだ。
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