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 気休め程度に毒ガスに注意しつつ扉を開けば、そこには幾つかのパーツが散乱浮遊する中に汎用核融合炉が鎮座していた。

 自分の知る型であることに安堵するも、武蔵は訝しむ。


「分解されてる?」


 おそらくは修理を試みたのであろう、部品や道具が散乱する室内。

 なぜ『おそらく』なのかと言えば、その作業があまりにお粗末だったからだ。


「外したパーツがあっちこっち散らばってるし、無理やり外装引っ剥がしてる。知識のない人間がやったな」


 外されたままのリレーを1つ1つ確認しつつ、本来の場所へと戻していく。

 補助動力装置には燃料が残っていたので、それを機動させて電源を入れてみた。

 ガチガチと機械音が鳴るも、それが核融合炉まで届いていない。


「操舵席や電装系の異常じゃないな、ああめんどくさい」


 その後もコンピューターにエラーが生じていないか、機械的なトラブルが生じていないかをチェックしていくも、特に異常は見受けられない。

 素人らしき人物によって破壊だか修復だか判らない痕跡が残っているのは異常と呼べば異常だが、どうにもそれが原因というわけではなさそうだった。

 いよいよトラブルの原因が分からず、武蔵は最後に炉心を収める融合炉本体を開くことにした。

 武蔵はその関連の資格は持っていないし、クリーンルームでもなんでもないこの場所で開けば致命的な損傷を与えるかもしれない。

 それでも、もうこの内部にしか原因を見い出せなかったのだ。

 厳重に締められた何十本ものボルトを手動でヒイヒイ言いつつ緩め、和菓子のもなかを開くようにカプセルの上半分を持ち上げる。

 それだけで2トンもある鉄塊だが、無重力なので時間さえかければ持ち上げるのも不可能ではなかった。

 すぐさま回り込み、持ち上げた炉を静止させる。

 開けたからといって気を抜けば、そのまま2トンの塊が他の部品を盛大に破壊してゆくのは判っていた。

 なんとか巨大な円柱を開いた武蔵は、おぼろげな知識を元に内部を観察する。

 露出した真空容器。まるで電気モーターのラスボスだが、回るのはシャフトではなくプラズマだ。


「これが中性子加速装置で、あっちにあるのがプラズマの排気口……人間の心臓だってもうちょっとシンプルだぞ」


 人類の叡智の結晶たる人工太陽炉を前にしては武蔵も気圧される。


「超電導電磁体もたぶん無事、っていうか検査装置もなきゃ点検なんて出来ない。あとは重水素を供給するポンプか」


 他の部分とてまともに検査出来ているとは言えない。

 壊れそうな場所を丁寧に確認を進めていくと、武蔵はプロパンガスのタンクを連想するような物体に辿り着いた。

 それこそ大きさは家庭用プロペンガスのタンクとそう違いはない。一応最低限のチェックを行うと、レギュレーターのメーターが目に入る。

 燃料タンクがエンジンの内側にあるというのは化石燃料に慣れ親しんだ世代には違和感を感じることであったが、補給の必要がないなら必要な場所に最低限の距離で設置するのは合理的なレイアウトなのだ。

 基本的に核融合炉内部の触れない場所なのでまさかこの調節器が閉じているわけではないだろうと思いつつ、圧力を確認。

 その数値は、ほぼ0となっていた。


「……む」


 もう一度入念にボンベと配管を点検するも、別段損傷は存在しない。

 つまり、この中にあった重水素は正しい経緯を経て消費されたのだ。


「燃料切れ? 初めて見たぞ」


 現在は2045年。核融合が実用化されてからさして年月が経っておらず、燃料切れとなった船舶用核融合炉など存在しないのだ。

 奇妙な結果だが、結論は出た。

 故障ではなく燃料切れで、この船は沈黙したのだ。


「どうしたもんかな」


 現状、武蔵が使える動力は先程使用した補助動力のみだ。

 適当な機械を動作させる程度なら可能だが、船そのものを動かすことなど出来ようはずがない。

 そう考え、武蔵は目標が誤っていることに気付いた。


「いやいや、別に船ごと動かす必要ないだろ」


 僻地とはいえ地球圏、ここなら充分に電波のやり取りが出来る。

 救難ビーコンでも出せば、誰かが助けてくれるはずなのだ。

 問題は、その通信機が存在するかである。

 艦橋にはそれらしいものはなかった。六分儀なんて時代錯誤なものを積んでいるくせに無線機は積んでいないなどおかしな話ではあったが、別に珍しいことでもないとも彼は知っていた。


「携帯端末さえあれば、船内でのやり取りは事足りるからな」


 この規模のクルーザーなら、携帯端末の基地局機能も搭載されていたはずだ。

 昔から、手軽な小型無線機で作業員達が連携を取る会社や業種は多く存在していた。

 携帯電話より重くて音質も悪い小型無線機だが、仕組みは単純なので驚くほど値段は安い。

 ぶつけようが落とそうが紛失しようが、どうせ安物なので惜しくはない。現場には現場で、そういう需要があるのである。

 だがこの船に関しては、連絡を取り合うのに個々人の携帯端末を使用していたのであろう。

 ハンディタイプの小型無線機でも上手く使えば、障害物のない宇宙でならば救難信号を出すくらいの希望はあった。

 やることは変わらない。武蔵は船内を家探しすることにした。







 個人向けクルーザーだが、その全長は100メートルを超える中型船だ。

 部屋数はかなり多く、武蔵は捜索に難儀することとなった。

 無理をしないように適度に休息を挟みつつ、船内を進んでゆく。

 幾らか収穫はあった。携帯端末も見つけたが、電源を押しても反応はない。

 武蔵は適当な充電ケーブルと集めた懐中電灯の電池で充電器を作り、充電を試みつつ探索を続けた。

 そしてとある扉を開いた時。


「臭っ! アリアのデリケートゾーンと同じくらい臭っ!」


 その悪臭に武蔵は思わず顔を顰めて慌てて扉を閉じてしまった。

 なおアリアの体臭については風評被害である。


「なんだなんだ、生鮮食品でもあったのか」


 腐乱臭、と表現するにはあまりに濃厚な臭気。

 初めての状況。中を確認したいが、この匂いはヤバイと本能的に感じる。

 どうにか安全に調べる方法を考え、武蔵は携帯電話の電源を入れることにした。

 幸いにして、武蔵も良く知るOSのロゴが起動した。

 携帯電話を適当な銅線で縛り、カメラアプリを起動した状態で悪臭のする室内に放り投げる。

 フラッシュライトの光を残して室内をゆっくり進む携帯電話。それを見送ることもせず、すぐに扉を閉める。

 それからしばらくして、扉の向こうからカツンと音が鳴った。

 投げた携帯電話がバンジージャンプのように銅線に引っ張られ、扉まで戻ってきたのだ。

 再び扉を開けて素早く携帯電話を回収。即座に扉を閉める。

 録画した映像を再生させると、武蔵は大いに後悔することとなった。


「まるでホラー映画だな」


 小さな画面越しだからこそ、そんな感想で済んだ。

 ゆっくりと回転しつつ撮影された動画は見づらかったが、それでも室内の状況はよく映っている。

 室内には、無数の白骨死体が浮遊していたのだ。


「骨格標本ではない、よな」


 室内の腐臭からして、先程映っていた白骨はかつて人間であったものの成れの果てであろうことは予想が付く。

 下手に開いて妙な病気になっては堪らないので、武蔵はこの部屋を封印することにした。



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