黎明世界の白銀騎士 ~Legend sky~

@hotaru-kei

1-1


まえがき

この作品は『黎明世界の白銀騎士 Unlimited sky』の続きです。

先にこちらへ迷い込んでしまった人は、Unlimited skyを先に読んで下さい。

https://kakuyomu.jp/works/16817330658202385155

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『    年 月 日』





 目覚めは、なんてこそのない平日の朝のようであった。

 薄っすらと開くまぶた。ふわふわとした曖昧な感覚。

 そのふわふわが比喩ではなく現実の物理現象だと気付いた時、武蔵は自分が置かれた異常さの発端にようやく思い至った。


「無重力……?」


 宇宙コロニーに生きる者として、武蔵も無重力はそれなりに経験している。

 故に自らが浮遊していることに戸惑うも、慌てることはなかった。

 何故かしびれるような違和感の残る身体を叱咤して周囲を見渡すも、そこは武蔵の知る場所ではない。


「宇宙船か、ここ」


 無重力であることや、内装の雰囲気からその空間が宇宙船の内部であることを武蔵は察する。


「冷静になれー、俺は何をしていた?」


 唐突な状況に、平静を保とうと自己暗示しつつ記憶を探る武蔵。

 必要ならばスッと自己を制御出来るのは、彼が生粋の競技者である故であろう。


「ええっと、俺は大和武蔵。ごく普通の平凡な高校生だ」


 あまり平凡とは言い難い生き方をしている自覚はあったが、かといって宇宙船に拉致される心当たりはほとんどなかった。


「花純パパの不興を買ったか、それとも自衛隊にちょっかい出しすぎたか。足柄親衛隊が何か企んでいるのかもしれない。そういえば海外エアレースチームは野蛮な奴も多いからな、遂に手を出してきたか?」


 割とあった。


「俺は確か……そうだ、エアレース、レジェンドクラスに出場していたんだ」


 帰国子女であるアリアに巻き込まれ、もう参加しないつもりであったエアレース界に再び参入した武蔵。

 幾度の戦いを乗り越え、様々なトラブルを打破してハーレムを目指し続けた青春の日々。

 そして、あの日―――


「ああそうだ、俺はあの怪物に捕まったんだった」


 競技用の改造零戦では、巨大怪獣相手にはどうしようもなかった。

 逃げに徹すればあるいは結果は違ったかもしれないが、女性を残して逃避するという選択はありえない。結果として、武蔵は零戦に大きなダメージを受けた。

 その後は判らない。とはいえ現に五体満足でこうして生きているのだし、問題はないと武蔵は割り切った。


「あの怪物は触手は亜音速に達しているが、本体は船舶並に遅い。他の機は離脱出来ただろうし、巨大怪獣なんて現実的に考えれば自衛隊の火力の前じゃ敵じゃない。事態は沈静化したはずだ」


 となるとここは病院か、と武蔵は推測する。

 負傷や病気にもよるが、身体に負担をかけない無重力下に建造された病院は存在するのだ。

 にしては殺風景な船内だが、武蔵が自分の身体を見下ろすと―――なんと全裸であった。


「いやんいやん」


 周囲を見渡し、カーテンのような布を腰に巻いて股間を隠す。

 一物を隠せば、随分と文明人らしくなった気のする武蔵であった。

 病院ステーション、あるいは病院船の一室ならナースコールがあるはず。そう思って探すも、それらしいものはない。

 壁に設置されていた非常用の懐中電灯を頼りに、武蔵は廊下へと飛び出した。


「と、と」


 経験があるとはいえ、本格的なプロである船外作業員のように自在に無重力化を動けるわけではない。

 寝起きだからか動きがぎこちないこともあり、武蔵は意外と難儀しそうだと唸った。

 壁に取り付き、コンソールに触れる。


「電源が届いてない」


 宇宙船の電源は何重にもバックアップが用意されれいる、そう簡単に喪失するはずがない。

 訝しみつつもコンソール横のパネルを開き、中のハンドルを回して気密ドアをほんの少しだけ開いた。

 まずは空気が抜ける音がしないか確認。この宇宙船が何らかの事故で停止しているなら、扉の外の気密が保たれている保証はない。

 幸いにして音はなく、武蔵は数センチだけ扉を開いた。

 次は匂いの確認である。気化した毒ガスは宇宙船において定番の事故の1つなのだ。

 少なくとも扉の向こうの無味無臭であることを確認した武蔵は、壁に貼られていた飾り気のない鏡を割って、その破片を持った手を扉の向こうに伸ばす。

 廊下側の一帯を鏡で反射することで間接的に視認して、異常がないかを確認した。


「慎重すぎかな、っと」


 星間飛行士を目指す彼は、安全管理にはかなり慎重である。

 また非常時に対する知識も自分なりに学んでおり、この程度では動揺しないのであった。

 廊下に出た武蔵は、船の構造を推測して艦橋を目指すことにした。

 手には割った鏡の中でも鋭い切っ先を持つ破片を、適当に落ちてた布切れを巻いた取っ手で握っている。

 まさか宇宙人が侵入しており船内で戦いが発生している、とは武蔵も思ってはいない。

 刃物があると、サバイバルナイフ的な意味で何かと便利なのだ。


「この船、クルーザーだな」


 クルーザーという船種は割とピンキリだ。

 そもそもクルーズ、『巡航』を行える船は全部クルーザーになってしまう。

 もう少し真面目な定義を設けるならば、『多少機能を妥協してでも長距離の航行を可能とした船』になる。

 軍艦としての『巡洋艦クルーザー』なら船員の居住を広くとる代わりに、武装が貧弱になっていたりするのだ。

 民間用の個人向けクルーザーとなれば、小型のワンルームみたいな最低限の居住環境を持つ小型船から、ちょっとした豪華客船を思わせるような大型の船まで乱立する。

 ちょっとした豪華客船、なんてものを個人で持てるはずがないだろうと思うかもしれないが、酔狂な金持ちというのは案外いるものなのだ。

 武蔵がいた船は、その客船を連想するほど豪華な、金持ち向けの大型宇宙クルーザーであった。

 ……その絢爛さは、朽ちて饐えきった様子もあって目減りしていたが。


「病院船じゃないのか、朝雲家の私物か?」


 可能性を呟くも、その可能性が低いことは自覚していた。

 例え花純が何らかの意図を以て武蔵の身柄を確保したとしても、こんな船にひとりぼっちで放置されるとは考えにくい。

 何度か隔壁に阻まれつつも、なんとか武蔵はブリッジまで辿り着いた。

 古いSFアニメを連想するような、半球形にガラスが何十枚も貼られた艦橋。

 その半球の中心にせり出すように幾つかの操縦席が設置されており、見晴らしはとても良好だ。

 見た目は良いが案外使い勝手が悪く実用的とは言いにくいので、こういう豪華な船にしか採用されない浪漫重視タイプとも言える。

 ぶっちゃけ、宇宙船の操縦席なんて小部屋に幾つかのモニターとキーボードで事足りるのである。窓なんて必要ない。

 武蔵はとりあえず操舵席に取り付き、そして気付いた。


「―――なんだ?」


 武蔵が視線を向けるのは、警備室のモニターの如く碁盤の目のようにフレームで区切られた半球キャノピー。

 ふわりと飛んで、キャノピーに張り付く。

 懐中電灯を間近からガラス面に当てて、武蔵はぞっと寒気を覚えた。


「衝突痕か、これ」


 キャノピーには、無数の衝突痕が存在した。

 それ自体は珍しいことではない。宇宙ゴミが衝突すれば、宇宙船に痕が付くのは普通のことだ。

 それを透明なガラスの内側から見るのはあまり楽しいものではないが、宇宙用のガラスは充分な強度と対光線対策(可視不可視問わず)が確保されている。よほど巨大なデブリが直撃しない限り、突破されることはない。

 問題は、その数だった。

 一面―――そう、半球のガラスが白く霞むほどに、大量の痕が付いていたのだ。


「この近くで事故でもあったのか」


 宇宙船が何らかの事故で分解した場合、その破片は四方八方へと飛散する。

 その大半が宇宙の果てに飛んでいき消えたり、拡散して密度が小さくなって無害化したり、近くの惑星の重力に引かれて大気で燃え尽きたりする。

 極一部は偶然軌道に乗ってしまい、長期に渡って危険な雲となる。だがそれとて業者が回収して無害化されるのが普通だ。

 よって、これほど大量のデブリの直撃を受けるというのは『極めて近距離でデブリが発生し、その被害をモロに受けた』というのが現実的な予測であった。

 武蔵は操舵席に戻り、とりあえず座席の下を漁る。


「あったあった、えらいえらい」


 武蔵が発見したのはサバイバルキットであった。

 幾らかの保存食や飲料水、最低限の医薬品や道具。

 ナイフもあったので、鏡の破片は布に包んで捨ててしまう。

 飲料水は腐っている可能性があったので、少しだけ飲む。

 変な味はしなかったので、武蔵は思わずボトル1本を一気飲みしてしまった。

 いささか軽率な行動だが、さすがの彼もストレスで喉が乾いていたのだ。

 冷静さを保つ為の投資と考えれば、別に惜しくもない。最初から冷静である頭のどこかが、そう判断していた。


「保存食の消費期限は……2160年か。最近の保存食は優秀だな」


 保存食の類は、船の就航時に積み込めば廃船まで保つように超長期用のものが搭載される。

 船に何十箇所もあるサバイバルキットを、数年ごとに交換するのも面倒なのだ。

 味はそれなり程度のレベルだが、それは仕方がない。

 まだ空腹を感じてはいないので、武蔵はサバイバルキットを片付けて操舵席のパネルに目を向けた。

 幾つかスイッチに触れてみるも、当然のように反応はない。


「見たところ換気系も動いてないが、まあ広い船だから俺一人しかいないみたいだししばらくは保つだろ」


 パイロットである武蔵は、道具に頼ることもなくおおよその空気の状況を読み取れた。

 別段特別な超常的能力でもなんでもない。空に親しむ者は、気圧や酸素濃度を感じ取って計器に頼らずにおおよその大気を読み取れるのだ。

 酸素濃度も毒ガスも問題ないので、武蔵は次の捜し物を行うことにした。

 大型モニターを上に跳ね上げて裏を探る。

 慣例的にはここに探し物があるはずなのだが、最近は載せていない船も多いので若干不安があった。


「よし、あった」


 武蔵が発見したのは六分儀。

 極めて原始的な、天測用の道具である。

 分度器のゴージャスバージョンみたいな、しかし宇宙開発時代には不釣り合いなシンプルな道具。

 こんなのでも、しっかりとした知識があれば宇宙で現在地を計測出来るのである。

 宇宙地図を引っ張り出し、六分儀で計測した数値を書き込んで現在地を割り出す。

 現在位置は、なんと月の裏側であった。


「ラグランジュ2? なんでそんな場所に」


 月の裏側の、軌道が安定するポイント。

 多数の宇宙コロニーやステーションが存在するものの、クルーザーが漂流するには不自然と思える場所であった。

 この船がクルージング航行していたならば、むしろラグランジュポイント以外にいるべきなのだ。


「引き寄せられた……ってのはないか」


 ラグランジュポイントは物体が安定する軌道と知られるが、その程度には差がある。

 地球と月の直線上にあるラグランジュ1、2、3はなんとなく安定しそうなイメージであるが、むしろこの3箇所は少しでもずれたら軌道から外れてしまう不安定なポイントである。

 よってセルフ・アーク含む大型の宇宙コロニーはラグランジュ4か5に存在している。それでも多少の軌道修正は必要だが、前者3箇所よりはずっと楽なのだ。

 研究目的や文字通りのステーションとして設置されたコロニーは少数ながらラグランジュ1、2、3に設置されているものの、その維持には少なからず推進剤を消費する。

 月の裏側に引き寄せられる、なんてことはないのだ。


「偶然ポイントに乗った? いや、ねーよな」


 ありえないとは言い切れないが、可能性は薄い。

 運動会の玉入れを目隠しノーヒントで入れるようなものだ。偶然とは考えにくい。

 この船は、意図的にここに到達したのだ。

 そして、少なくとも最近まで電源が生きており、アクティブな制御でラグランジュ2に居たことになる。

 他に何かないかと探すも、電源が死んだ現状では艦橋で出来ることはなかった。


「まずは電源を復旧させないと」


 核融合炉が停止しているならば、その原因はコントロールユニットのトラブルである可能性が高い。

 重水素を燃料とする船舶用核融合炉は、基本的に燃料補給という概念がないのだ。

 燃料が尽きる前に炉心が設計寿命を迎えるので、燃料切れを起こしたら融合炉そのものを交換しなさい、というか船殻も寿命だから廃船にしなさい、という思想になっている。

 よって船の動力停止の理由はコントロールユニットのトラブルか、何かしらの非常停止が働いた場合である。


「まあ、発電機の故障ってパターンもあるけど」


 言いつつも、おそらく違うだろうと武蔵は推測する。

 核融合炉が動いていれば、何らかの音がする。

 航空機のエンジンほどわかりやすいわけではないが、音の逃げ場のない宇宙船では、どれだけ免震設計であっても振動の気配くらいは感じ取れるものだ。

 廊下を戻り、船の後部へと向かう。

 ふと思い立って懐中電灯の蓋を開けると、化学タイプの乾電池であった。

 どうせ非常時にしか使わないので安上がりの使い捨てで済ませるのは理屈としては間違ってはいない。いないものの、安物はやはり安物なりの性能だ。

 武蔵としては溜め息の1つでも吐きたい気分であった。


「そうだ、タマ、いるか」


 呼んでみたが、さすがにあの万能アンドロイドは近くにいないようであった。

 彼女さえいれば電力を始めとした多くの問題が一挙に解決するのだが、やはりそううまくはいかないらしい。

 安物とはいえ、近年の科学電池は電灯くらいなら数日間は保つ。

 そして電池が切れたとしても、他の場所から同様の非常用懐中電灯を回収すればいい。

 そう思い直し、武蔵は動力室へ向かうのであった。

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