第22話

(…夜斗は、明らかに異常だ。あらゆることを知りすぎている)


久しぶりにキッチンへ立った夜暮

キャベツを千切りにしながら、自身の従弟に感じる違和感を探ろうと思考を回す


(無電病のこともだが、深層思考やモードニュートラル。他にも、桜音を構築した技術力や監視システムを運用する権限。まるで、別の世界から来たかのような知識量だ)


それを言うのなら夜暮も、夜斗が発言する普通じゃないことにありえないほど適応してしまっている

本当にやれるのか?だとか、そんなのありえない。なんて言葉は一切浮かんでいないのだ


(…冬風の血族には、何かがあるのか?それこそ――)

「夜暮…?」

「っ…!舞夜…もういいのか?」

「うん。くよくよしてられないからね」


小さくガッツポーズをとる舞夜

その健気な姿勢に心を打たれながらも、あくまで冷静に舞夜を撫でる


(…実の親を殺したのが自分である可能性が高い、などと言われれば強く傷つくのはわかる。無理をしていることも、な)


包丁を置いて手を洗い、先程ストック置場から持ってきたフェイスタオルで水気を拭う

そして舞夜を強く抱きしめた


「えぇ!?」

「無理に笑うな。俺の前では自分の感情に正直でいてくれ。俺は夜斗のように人の心を読めるわけではないし、夜斗の妻のように音で気づくこともできん。お前の口から言われねばわからんのだぞ」


夜斗は心を読めるとまでは言えずともある程度推測することができる「眼」を持ち、夜斗の妻――弥生は異常を音で認識する「耳」を持つ

故にこの2人に嘘をつくことはできず、隠し事は一切できない

しかし夜暮にはそんな便利な能力はない

当然とはいえ、今はそれがどうしようもなく羨ましく悔しい


「聞かねばわからん。その不出来を許せ。だが、察するのが無理なのは無理なのだ。俺には語れ。隠そうとするな」

「…うん」


言えと言いつつも理解はしていた

無理をしてるのは明白で、それを言葉にできないのもわかっている

それでもそう伝えざるを得ないのだからもどかしい


「…こわい、の。深夜がまた暴走して、夜暮を殺すのが…」

「殺されてやる気はない」

「わかってる。でも、理屈じゃなく怖いの。深夜も、抑えられない私も、こんなに好きになっちゃったことも全部」


自分の胸が冷たくなるのを感じて天井を見上げる夜暮

濡れたのは自身の冷や汗なのか舞夜の涙なのかもわからない

自分が抱く感情の名前すら、自分の辞書には書いていないのだから尚更だ


「…どうせ、夜斗が一計を講じていることだろう」

「…あの人が…?」

「ああ。俺よりセカイを知り、あらゆることへ対応してくるのだからな。これしきのこと、あいつが対策できないわけがない」

「…でも、私のコレは…人為的に仕組まれてるのに」


その時、玄関のドアが開かれる音がした

夜暮の心臓が警鐘を鳴らしている

ひたひたと足音が部屋に近づき、キッチンへ繋がるドアが開かれた


「…真桜まお…?」

「……何をしにきた」


夜暮は舞夜を庇うように前に立ち、目一杯の威勢を張った

入ってきたのは舞夜の妹だが、目が虚ろで動きにはどこか不安定さが垣間見えている


「…お姉ちゃん、を…」

「……?」

(…状況が良くないな。緊急通報装置起動)


真桜が小さく呟いた直後、夜暮はポケットに入れっぱなしにしていた防犯ブザーのような機械に触れた

側面のボタンを2回押し、中央のスイッチを押し上げる

この操作により、夜斗がもつ端末や洶者、桜音に自分の危険を知らせることができる


「お姉ちゃんを、返せ!!」


真桜が隠し持っていたナイフを夜暮に向けて振り下ろした

思わず目を閉じる舞夜を軽く後ろに弾き、夜暮は真桜の手首に打撃を与える


(取り落とさない…?自己集中制御か)


自己集中制御は、自分の体を無理やりコントロールするもの

夜斗がたまに使うが、結構な負担がかかるためあまりやりたがらない


「うらぁぁぁ!」

「マジでマズイな」


単独での戦闘は正直可能だ

夜暮も、夜斗ほどではないにしろ時雨からの戦闘訓練は受けている

しかし医者になることを決めた際に訓練をやめているため、守りながらの戦い方は知らないのだ


(…防御も、守りながらする知識はないぞ)


真桜はほとんど無我夢中でナイフを振り回しているだけだ

自分より2回りは体格が大きい夜暮に対して一切引かない


(しまっ…!)


バランスを崩してまな板の上に倒れ込む

それを見計らったかのように真桜が渾身の力でナイフを振り下ろした


「警告。ソレ以上の暴虐を許可することはできない。武器を捨てて手を上げて」


音もなく近づいた桜音が真桜に銃を向けたのはその時だった

その冷ややかな言葉と銃口の冷たさに、真桜が一瞬動きを止める

その瞬間に桜音は、合気道のようなもので真桜を夜暮から引き離してキッチンから追い出した


「…間に合ったようで何より」

「ああ…助かった。しかし随分早いな」

「解答。洶者の監視システムにより、東雲真桜が黒淵家へ向かってることを確認した。その時手が空いていたのが私だけだったから、先行でかけつけただけ」


念のために夜斗と霊斗もこの場所を目指して走行中だが、その必要はなさそうだった

桜音は生まれながらに格闘や射撃、剣術の知識を持つ

彼女がいれば、この程度の騒動は鎮圧できる


「警告。手を頭の後ろで組み、膝をついて。やらなければ射殺することを厭わない」


その冷酷さから本気であることを感じたのか、真桜がナイフを地面に置いた

ゆっくり手を上げて頭の後ろで組んで膝をつき、敵意の喪失を示す


「良好。そのままの姿勢で待機を推奨する。私の早撃ち速度は0.01秒より早い」


そう言って歩み寄り、ナイフを部屋の隅に蹴り飛ばして手錠を使って拘束した

そして足を麻縄で縛り地面に横たわらせ、銃を向ける


「尚、今後私の主が行う質問への回答次第で射殺する。異論は認めない」

「遅くなった!ってほぼ終わってんな。霊斗は警察の介入を妨害してこい」

「おう」


部屋に入ってすぐに状況を理解し、霊斗に指示を出して真桜のめの前に立つ夜斗

桜音はそれを見て真桜から少し距離を取った


「まず初めに、久しぶりだな東雲真桜」

「冬風…夜斗…!」

「まぁ前にも説明したが?俺には嘘がわかる。下手な嘘を言うとあいつに殺されるぞ」


親指で桜音を示す夜斗

桜音はセフティが外れてることを確認し、引き金に指をかけた


「…なんで、なんでまたあんたが…!」

「…迷惑なんだよな、俺の周りでうろちょろされるのは」

「誰があんたなんかの周りを…!」

「俺にとって、俺の周りってのは親族や仲間を示す言葉だ。夜暮も、夜暮の妻さえ俺の周りに入る。だから、お前は邪魔なんだ。羽虫にすら及ぶ鬱陶しさだよ」


そう言う顔は笑っているが目は笑っておらず、強く拳を握っている

どうやら心底お怒りのようだ


「さぁ、話してもらうぞ。事の顛末を全て」


夜斗はそう言って床にあぐらをかいて座った

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