第21話

「で?俺のとこにきたわけか」

「ああ」「はい」


机に突っ伏したまま訊ねる夜斗の後ろで手を繋ぎ立つのは夜暮と舞夜

どうやらあの後相当仲が良くなったらしい


「なんで徹夜明けで死にかけてる俺のとこにきたんだよ。惚気けるなら他でやってくれ」

「何かと世話になったからな、先に報告を入れようと思ったに過ぎん」

「そーか…じゃあ、その手に持ってる書類を持ち帰ってくれ」

「断る」

「マジで死ぬ…」


夜暮が手にしている書類は舞夜の妹に関する調査報告書だ

これは夜暮が探偵社に依頼して作らせたものだが、内容はかなり薄い

家族関係や交友関係、その他の人間関係を人物相関図として記したものが1つ

そしてもう1つが――


「唯一の手がかり、か」

「はい…」

「まぁ…やるのは構わんが、期待はするなよ。桜音さくらね


姿勢を変えず、手を上げ指を鳴らす

壁際に置かれていた2mほどの筒が開き、中から少女が現れた

しかしどことなく違和感を感じる容姿をしており、舞夜は不思議と恐怖感を覚えた


「ニューラルネットワークに接続して対象者の捜索をしてやれ…俺は仮眠するから終わったら起こせ…」

「了解。所要時間は30分程度」

「十分だ」


言い切るより早く眠りについた夜斗に毛布をかける少女――桜音

目の中に桜が浮かんでおり、肩に刻まれた2桁の数字が少し目立つ


「この子は…?」

「夜斗曰く、何でもできる人工生命体…だな」

「肯定。私は、洶者の生みの親。主…冬風夜斗によって構築された試作型」


桜音は部屋の隅に置かれた黒い椅子に腰かけた

よく映画で見るようなヘッドセットが自動的に装着され、椅子の両サイドからモニターが飛び出し桜音の前で起動する


「人工生命体…?」

「厳密には、夜斗の遺伝子と妹…紗奈の遺伝子を実験的に組み換えて培養した末に産まれたものだ。子供というよりはクローンだな」

「うーん…なんでそんなことしたの?」

「深くは知らんが、夜斗にはもう1人妹がいたらしい。その器として作られたが上手くいかなかったとかなんとか」

「否定。説明するのが面倒だから細かいことは言わないけど」


桜音はそう言いながら虚空に現れた半透明のキーボードを叩き続けた

指を使ってモニターを操作しつつ、キーボードを操作するその様子は熟練のエンジニアのようにも見える


「確認。東雲舞夜の妹は、本当に妹?」

「え…?」

「どういうことだ」

「解答。映像情報を元に組成解析を行った結果、遺伝子レベルでは同一。ただし、霊体レベルでは全く別人から産まれている」

「噛み砕いて説明してくれ」


少し嫌そうに眉をひそめた桜音

その瞬間一瞬キーボードを叩く手が止まったがすぐにまた動き始めた


「パソコンで例えると、霊体はOSに該当するもの。基本的に人間は人間のOSで動いているけど、個体ごとに最適化が計られている」

「…つまり、1人1人設定が違うということか」

「肯定。ただ、兄弟及び姉妹については一部の設定が共通。そのはずなのに、東雲舞夜とその妹では共通点が1つも存在しない」

「ああ…実の妹ではなく、別人から産まれたということか。だとすれば何故遺伝子レベルでは姉妹になるんだ」


桜音の目の前にあったモニターが左右に開き、隙間から桜音が顔を覗かせた

そして舞夜の顔をじっと眺めて、小さく息を吐き出す


「解答。この現象が観測されるのは今回で二度目。そのときに発覚したのは父親と父親、母親と母親が双子だった」

「…だから、遺伝子は姉妹…か」


つまり事実上は従姉妹でも遺伝子上は姉妹ということで、これはDNA検査をすれば証明できるようなことだ

逆を言えば、検査をしても従姉妹だと証明できないということになる


「…だとして、何故舞夜は姉妹だと思っていた?」

「未知。というか、私が知ってたらある意味問題になる。今ソレを調べてるところだけど」


そして数分で桜音は結論を見つけ、手元にあったメモ帳にソレを書き記しながら答えを述べた


「理解。東雲舞夜には言い難いことだから、聞くかどうかは任せる」

「聞きたい…かな」

「了解。東雲舞夜の両親は実の両親ではなく、叔父と叔母。実両親は東雲舞夜が5歳のときに死亡しており、叔父が引き取ったということがわかった」

「一応聞くが、死因は?」

「解答。広義的には出血多量。頸動脈裂傷により血液が大量流出し、酸素供給能力が肉体の要求を満たせずに死亡したもの」


頸動脈裂傷…つまりは首の最も太い血管が裂けたということだ

しかし自然に裂けるものではなく、何者かが斬り裂いたということになる


「犯人は不明。ただし、状況証拠だけを基に推測するのなら」


桜音が横に避けたモニターの間を抜けて舞夜の眼の前に立ち、指を指した

舞夜の瞳孔が震えているのが見なくてもわかってしまう


「犯人は、貴女。当時、自宅は全ドア及び窓が施錠されており、警察が突入した。そして確認されたのは、包丁を手に返り血を浴びた貴女と、足元に転がる死体のみ。家中の捜索の末、他に人間は確認されなかった」


荒い呼吸をしながら舞夜が崩れ落ちる

俯きながら頭を抱え、涙を流しながら目を見開いた


「専門機関での診断の結果、前世返りの兆候を確認。異常な殺人技術や破壊衝動が観測された」

「わた、し…私は…!」

「そして、専門機関は東雲舞夜に宿る「殺人衝動」を解離させた。その結果生まれたのが」

「深夜、というわけか」

「…肯定」


1番の見せ場(?)を取られたからか少し不服そうな顔になった桜音

瞬きをする間に本の無表情に戻り、膝をつく舞夜を見下ろした


「成程。その様子だと、解離は成功しているらしい」

「…なん、で…知ってるの…?」

「言ったはず。全て調べてると。私が全てといったときは、交友関係を含む情報を全て取得する。結果、誰かの不幸に繋がったとしても」

「不幸になどさせん。この俺がいる限り」


夜暮が舞夜の肩に手を触れる

すると舞夜の心にあった乱れが多少改善された

立ち上がれるほどには回復し、夜暮の支えを受けながら立ち上がったその時


「わかったみたいだな、桜音」

「肯定。東雲妹の目的も、理解した」


夜斗が目を覚まし、桜音の頭に手をおいた

そして桜音が話し始めるのを待つ


「伝えてやれ」

「了解。東雲妹は、貴女の記憶を呼び覚ますのが目的と推測される。その結果どうなるかは知らないけど」

「私の…記憶…?」

「それがなにかまではわからない。私の能力では、感情を読むことはできない。あくまで推測するだけ。だから、何となくは理解してる」


何となくという不確定な状態で桜音が話すことはない

つまり今は本当にわからない、ということが夜斗と夜暮には理解できた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る