第19話

電気を消した自室にて、買ってきた箱を前にシミュレーションを繰り返す夜暮

圧を与えず、省略しすぎず端的に話を進める必要がある、と思考を続けていた


(キリがないな。さて、夜斗に教わったあれでも使うか)


1度目を開き、椅子に座ったまま体の力を全て抜き去る

そしてそのまま海に沈んでいくイメージをした


(深層思考を開始。モードニュートラル、セットワード…プロポーズ?)


目を閉じながら見えていた暗い海の底の景色が揺らぎ、リアルを再現し始めた

簡単に言えば明晰夢というもので、意識的に夢を操る…というもの

これを実行するために必要なのが深層思考だ


(夢想体との接続完了。相変わらず便利なものだな、これは)


深層思考とは、リアルのありとあらゆる感覚を遮断して脳の演算力を向上させるというものだ

しかし言葉にすれば簡単なこれも、実行するにはかなりの集中力と自分の精神構造の完全把握が必要となる

さらに、シミュレーションとして明晰夢を見る場合に使うモードニュートラルは、自身に関わるものをある程度知り尽くす必要があるのだ


(…さて、場所は変わらず自室。時刻は午後19時27分…日付も変わらんな。どうやら俺は今日実行するらしい)


セットしたキーワードによって見る夢は変わり、今回セットしたプロポーズという単体だと自分がいつソレをやりたいのかが反映される


(…舞夜は…)


リビングに出てキッチンに目を向けると、そこには上機嫌に包丁を操る舞夜がいた

メニューまでは見えない。舞夜の性格を理解し尽くしているわけではないため、舞夜の行動の細かいところまでは再現できないのだ


(…つまり俺は、あまり舞夜を理解できていない…。いや、そんなのは後で考えればいい)


出てきた食事を2人で摂り、舞夜が食器類を流し台へと運んだ

いつもなら部屋に戻る夜暮が動かないことに違和感を感じたのか、舞夜がテーブルまで戻り向かいの席に座り直した


(……声が、出ない)


舞夜が何かを言っているのだけはわかる

しかしその声は聞こえず、自分も口を動かすだけで言葉にはならない

舞夜が笑っている。それが一瞬固まり、涙を流し始めた


(…拒絶、なのか…?わからん。音が…声がない以上、俺が何をいったのかもわからない。舞夜がどう答えたのかも…)


夜暮は指を鳴らし、深層思考を中断した

リアルに戻ってすぐ、足りなくなった酸素を補給するために荒く息をする


(全く…よく制御しきれているな、夜斗は)


このやり方を教えた夜斗は完全にコントロールできているものの、夜暮は不完全だ

深層思考やモードニュートラルの使用中は呼吸すら止めてしまうため、やり過ぎれば酸欠で倒れてしまう

最悪の場合は死亡する可能性が高いのだ


(…シミュレーションに甘えるな、ということか)


夜暮は箱を手に取り少しだけ唇を噛んだ

成功すればなんてことはないが、失敗すれば今後の生活が辛くなる

それは夜暮も辛いが、何より舞夜が気を使う可能性があるのだ


(いや、悩むのはやめよう。俺は俺がやりたいことを、やりたいようにやって生きる。そうだ、それが俺の生き様だ)


覚悟を決めた目で天井を見上げる

すると数秒後にチカチカと照明が点滅し、ゆっくり明るくなっていった


(暗がりに生きるのは黒淵家に相応しくなかろう。見せてやる、俺史上最大の大博打を)


夜暮はリビングに繋がる扉を開いた

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