第17話
本当に連れて行くだけで、時間で合流すると言ってどこかへと消えた2人に若干の恨めしさを感じながら店内を歩くこと10分
(店広いな。案内人をつけてほしいところだ)
そう言いながらも店内用地図アプリを使い進む
店内の各所に設置されたセンサーがスマートフォンのBluetooth信号を拾い、場所を特定
そしてGPS信号により向いてる方向を特定し、ナビをするというシステムだ
尚、開発者は夜斗である
(ある意味夜斗が案内人のようなものか)
そんな事を考えながらショップに入り、ブレスレットを吟味する夜暮
余程のことがなければ話しかけられないような重圧を放ちながら商品を確認している
(…よくわからんな。夜斗に助けを…いや、あいつは元橘といるときは返信が来ないからな…)
しばらくショーケースを見つめていると、何者かが夜暮の背後に立った
それを気配で察して半ば反射的に手刀を振り下ろす
「あっぶな…。私じゃなきゃやられてるよ?」
「…!澪…」
背後に立っていたのは幼馴染の澪だ
手刀を片手で受け流して夜暮の喉に指を刺す寸前の状態である
「…反射的に殺そうとするあたり腕は鈍っておらんようだな」
「本当に無駄な腕だけどね。私ただの社長なのに」
「それもそうか」
尚、この戦闘能力を与えたのは同じく幼馴染の時雨である
「なにしにきたの?」
「…買い物だ。夜斗に唆されて、ブレスレットでも買おうかと」
「メンズはそっちの店だよ?ここレディースだもん」
澪が指差す方向には確かにメンズのアクセサリーショップがある
どうやらそちらも澪が経営する会社の店らしい
「否、舞夜になにか買おうと思ったんだ。指輪は2人で選びたいところだが…」
「あー、ジャブみたいな感じ?」
「ああ」
「夜斗とかいきなり指輪買っていったけど、そこんとこ夜暮のほうが堅実だよね」
「それも考えたが、「え?そんなマジになってたの?引くわー」と言われる可能性を考慮した」
「保身じゃん」
「そうともいうな」
笑う澪がショーケースの鍵を開けて中のものをいくつか取り出し、ケースの上に並べた
「まぁ値段気にしないならこのへんはオススメだよ。普段使いできるし、金属アレルギーにも対応してる。丈夫だからある程度ぶつけたりしても傷つくことすらないよ」
「そんな手荒に使うことはないと思うが…。店で一番高いものじゃないのか?」
「そういうのもあるけど、おすすめしないよ?金属のなかじゃ柔らかいし。あくまでオマケで置いてるだけ。まぁ見たいなら見せてあげるけどさ」
澪が店員に指示して持ってこさせたのは金色に輝く細いブレスレットだ
「素材は?」
「金だよ。24金だったと思う。値段は時価だけど、今日は多分98万円くらいだったかな」
「相場はどんなもんだ、今日」
「9850円だったはずだよ、朝の時点では。使ってるのが100グラムだから、まぁ相場通りかな」
「こっちの、ステンのほうは?」
「18万円。現実的なのはこっちかな。飾っとくぶんにはこの金製もいいけど、つけてると汗とかで腐食するし」
「チタンは?」
「30くらいかな。まぁちょっとは色つけてもいいけど」
店員としての業務を淡々と進める澪を見て感心する夜暮
忖度は一切せず、売りたいものを売るでもなく客の立場に立った商売をしているらしい
「高いのだな、ブレスレットは」
「うちの店は特にね。それでも売れるから世界ってわかんないよ」
そういう澪だが、ここに置かれているアクセサリーの大半は澪がデザインしたものだ
幼馴染が関わったものが好評というのは夜暮にとって少し鼻が高い
「ならば、ざっくりでいい。オススメをいくつか持ってきてほしい。条件は軽量チタンだけでいい」
「おっけー。ていってもチタン製店頭にあんまないからすぐだよ」
数分で澪が用意したのは3種類
そのうち2種類はメンズとセットになったペア用で、残りの1種類はピンクゴールドのものだ
「ほう…」
「ペアのやつ、こっちは手から外して合わせると『Beloved』が浮き上がるデザインをしてあるの。内側に刻印もできるけど、このタイプは有料刻印になるね。もう1つのペアは全く同じデザインにしてる」
「英語は苦手だ」
「まぁ直訳すると最愛になるんだけど、意訳すれば最愛の人って感じ」
「ふむ…」
パッと見では文字が浮かぶとは思えない幾何学模様が刻印されている
しかし合わせてみると確かに文字が見えた
もう1つのペアブレスレットは英語ではなくロシア語で『возлюбленный』と刻まれている
言葉の意味は同じだ
「このピンクゴールドのものは?」
「これ使わないと文字見えない」
渡されたのは何の変哲もないブラックライトだ
電源を入れて点灯させ、ブレスレットに向けると白く『Beloved』と記載されているのが見える
「すごいな…」
「刻印のやり方を変えると光の反射が変わるの。可視光は反射しないけど、紫外線だけを反射して文字が浮かび上がるデザイン。どやぁ」
「ドヤ顔さえなければ売れただろうに…」
値札なんてものはついていないが、何となく察してしまう
これらは、かなりの値段がするものだと
「無地だったら3万円くらいで買えるよ。ペアでも7万円くらいかな」
「無地では面白くなかろう」
「本当に似たもの親族だよねー」
どうやら夜斗も似たことを言ったらしい
ニヤニヤ笑う澪を軽く睨みながらも、その3種類に目線を戻した
「…これとこれ、合わせて着けるとおかしいか?」
「おかしくはないよ。ブレスレットって元々あんま単体でつけないし。時計と着ける人もいたり、ブレスレット3個くらい着ける人もいるくらいだから。まぁある程度センスは必要になるけど、この2つなら別にって感じ」
「ふむ…」
「2つ以上つけるなら無地のほうがいいかもね。刻印デザインだと変にギラギラしちゃうときもあるし、まぁ人によるかも。あと夜斗に頼まれて作ったシリーズがこれ」
夜暮の前に置かれたのは今までと異なり、一切刻印が刻み込まれていないのもの
とはいえ多少の色分けはしてあり、黒で赤銅を挟むようなデザインをしてある
「…また地味だな」
「中央のラインの色は何種類かあるけどね。これの真髄は、GPSを拾ってリアルタイムで位置情報を送信するって機能の方なの。めちゃお金かかったけど割と売れてるかな」
「ほう…。ありだな」
「あれ、意外と好感触…。束縛嫌いなんじゃないの?」
「そうでもない。存外嫉妬深いらしいしな」
白い手袋をして持ち上げながら眺める
時計のメタルバンドのような作りをしているが、女性向けに厚さと幅は控えめだ
手にした感覚で重さも日頃使っていて苦になるほどではない
「動力は?」
「え?よくわかんない。私夜斗の設計にデザインしただけだもん」
「わからないのか。となると、オカルトの可能性もあるな」
「最近のスマートウォッチとかは霊力使ってるしね」
霊力なんて数年前には概念すら存在しなかったというのに、夜斗のお陰で今は世の中に浸透している
空中投影タイプのディスプレイなどが主な用途だ
「いいな。これを買おう」
「ほーい。色は?」
「ローズゴールドだな。端は変えられるのか?」
「ピンクゴールドか黒だね。人によっては全部ピンクゴールドにしたりもするよ」
「なら端はピンクゴールドで中を黒にしよう」
「おっけー。多分在庫あるから確認してくる」
ショップの奥に消える澪を見送り数分、澪より早くきたのは夜斗と弥生だった
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