第15話

タクシー料金をクレジットカードで支払い、車から降りた夜暮と深夜

エレベーターの中や廊下では一言も喋らず、部屋のつくなり夜暮が口を開いた


「すまなかった。リスクヘッジができていなかった」

「そんなことないわ。実際、私の危険性を理解していなかったのは舞夜のほうよ」

「だとしても、それを知っていながら事細かに説明しなかったのは俺の責任だ」


リビングに置かれたソファーに座り、珍しく項垂れる夜暮

心身の疲労とともに、今回のことへと責任をひしひしと感じている


「まぁそれはそうね。貴方は、夜外出するなとしか言ってなかったわ」

「…知ってるのか」

「前にも少し言ったでしょ。私は本来、ただの人格なの。舞夜を通して全て見ているし覚えてる。舞夜は私の動きを見れないけど」

「確かに…聞いた気もするな」


深夜は舞夜の記憶を頼りに飲み物を作り夜暮に手渡した

震える手では上手く持てないのか落としそうになり、深夜は渡すのを諦めて眼の前のローテーブルに置き直す


「説明不足ではあったけど、舞夜がそれを理解できなかったのが悪いのよ」

「…そんなの、仕事上認められん。もし説明不足で薬を処方して、副作用なんて知らないと言われたら終わりだ。説明不足というのは、医者が最も忌むべき事象だぞ」

「なら今回は良かったわね。結果的にだけど、私は誰も殺してないわ。物を壊したりもしてないし、警察にも見つかってない」

「結果が全てではない!」


突然叫び声を上げた夜暮にビクッと肩を震わせる深夜

夜暮が握る拳は強く震えており、唇を噛み締めている

普段大声を上げることがない夜暮の叫びは、悲痛に満ちていた


「結果を見れば無論良かった。それは認めよう!だがしかし、それは夜斗や緋月、八城の手助けあってのことだ!俺自身はほぼ何もしていない!呑気に夜勤から帰ろうとするその瞬間まで、お前たちが家にいないことすら知らなかったんだぞ!」

「…そうね」

「だというのにお前も、夜斗も緋月も八城も!頑なに俺を責めようとはしない!いいやあいつらはそもそも責めようという気すら起きていないのだろうが、お前は何故俺を責めんのだ!?俺は妻である舞夜のことも、深夜のことも放っておいたというのに!」


しばらくの静寂のあと、落ち着きを取り戻したのか深夜が入れたコーヒーを飲み、大きく深呼吸をした夜暮


「…すまん、取り乱した」

「…珍しいこともあるものね」

「俺とて人だ。冷徹に見えて、実際は火山の火口に蓋をしているようなものなのかもしれん」

「そう。ま、質問には答えてあげるわ。正直、私は舞夜を放っておいたことは文句を言いたいのよ」


ゆっくりと深夜に目を向ける夜暮

普段はニコニコ笑うだけの深夜の顔からは表情が消えていた


「たしかにそうよ。貴方がもっと舞夜に興味を示していれば、舞夜は家で貴方を待っていたはずだわ。そうなれば不審者が舞夜に近づくことなく、私が暴走することもなかった」

「そう、だな」


また視線を外し項垂れる夜暮


「けど、私は貴方を理解しているつもりよ。貴方は舞夜との距離感を計りそこねてる」

「…よくわかるな」

「一応昔は社交的だったのよ、私。それこそ、私が殺人鬼になる前は」

「…殺人鬼になる前…?」

「その話は今度してあげるわ。とにかく、今の貴方は程々の距離を保とうとして舞夜を突き放してるの。自分でわかるでしょ?」

「突き放してなど…」

「断言できるならそれはそれでいいわよ」


そう言って夜暮との距離を詰める深夜

何をする気だと警戒しつつも、自分の意志を確かめる


「…いや、突き放している…だろうな。俺は無視していいとしても舞夜にとって望んだ結婚ではない。深夜の暴走が招いた結婚ものとはいえ、な」

「う…それ言われると痛いわね…」

「だがまぁ、もう少し歩み寄る方向性でもいいだろう。今回のようなことが起きないように」

「そうしてもらえると助かるわ」


ゆっくりと夜暮の首に腕を回す深夜

それを拒絶することはしない


「…なんだ」

「…えと…深夜と、何をしてたの…?」

「舞夜に戻るタイミングおかしいだろあのサイコパス」


抱きしめた姿勢のままフリーズする舞夜

夜暮は、いつもなら振り払うが今回はそのまま抱きしめ返した


「うぇ!?」

「今まで悪かった。少し、突き放しすぎた」

「そ、そんなこと…ないとはいえないけど、仕方のないことだよ。夜暮にとって、望んだ結婚じゃないんだから」


同じことを言う舞夜に少し笑う夜暮


「俺も似たようなことを言ってな、深夜に怒られたところだ」

「深夜が…?えっ、バラしたのあの子!?」

「何をかは知らんが…。いや、俺が舞夜との距離を測れてないと言われた」

「あ、そっち…。それは別に言われてもいいけど…」


舞夜が離れていくのを不思議と名残惜しく思いつつ服を正す夜暮

テーブルに置いたコーヒーを飲み干し、ため息を付いた


「どうせ結婚したのだから、相手を慮る必要があるだろう。頭で理解した気になって、実際やれてはいなかったわけだ」

「…そう?けっこう、色々してくれてたじゃん」

「あんなのは一人暮らしの延長だったり、患者への気遣いと大差ない。俺は、俺の妻への…自分が好いた相手への気遣いをしていない」

「好いた…?えぇ!?」

「短期間で安易に、と思うかもしれんが俺はいつでも本気だ。俺はお前と生涯添い遂げる覚悟をした。無理矢理にでもついてきてもらうぞ」


そう言って笑う夜暮

あたふたする舞夜は、答えを口にする暇もなく部屋に戻らされて布団に突っ伏すこととなった

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