第14話
ちょうど到着した霊斗が夜斗から事情を説明されて真剣な顔つきになった
それを見て、かつての霊斗を思い出し小さく笑う
(いい顔をするようになったな、緋月)
夜暮は手にしていた白衣を身にまとい、ポケットから密閉された袋を取り出した
中に入っているのは青いビニール手袋だ
そして逆のポケットからアルコール消毒液を染み込ませたガーゼの入ったジップロックを取り出す
「また業務外医療か。ミスしたら終わりだ」
「お前の腕を見込んだんだ。失敗したら昏睡させる」
夜斗の手にはスタンガンが握られている
どうやら最初は素手で動きを止め、鎮静剤を打ち込むという流れらしい
鎮静剤が効かなければ夜斗が自分ごとスタンガンを使うつもりだ
「そうならぬよう努める。とはいえやれるのは静脈注射だけだが」
「俺がやるよりマシだ。八城、準備は?」
「なんとなーく照準合わせしたからいけるぜ。10mまでならな」
「上々。そろそろくるぞ」
壁をなにかで引っ掻くような音が聞こえてきた
道の角から出てきたのは、パーカーで顔の大部分を隠した少女
(深夜…!)
夜暮にはそれが深夜であることが瞬時にわかった
それも、しっかり暴走してることも
「作戦開始」
深夜が手にしているのは刃渡り15cmほどのナイフだ
夜斗が深夜に駆け寄るのを退けるようにナイフを振るが、夜斗はいとも簡単に上体を反らしてそれを回避
霊斗が拳を握り殴りかかるのを華麗に避けて距離を取った
「思ったよりやるな、深夜さん」
「そうだな。略式戦術02でいくぞ」
「了解」
霊斗を残して夜斗が後退する
深夜がそれを追いかけるように走り出したが、霊斗のポケットから出てきたバタフライナイフがそれを遮った
「あんたの相手は俺っすよ、深夜さん!」
大型ナイフと切り結ぶ霊斗
しかしバタフライナイフは耐久に劣るため、霊斗も壊さないようにと加減しながらの防御になる
そのためじわじわと後退させられていた
(夜斗…!)
音と気配を消した夜斗が深夜の背後から近づき、腕を叩いてナイフを落とさせた
それに反応してカラダを向けようとするのを強引に押し留め、背後から羽交い締めにする
「夜暮!」
「気絶はさせないのか。だがまぁ、任せろ」
暴れる深夜の腕を取り、アルコールの染みたガーゼで肘の裏を拭き血管を探す
動き回るせいで探しにくい中でようやく見つけた血管を見失わないように気をつけながら、キャップを外した注射器を差し込み薬液を流し込んだ
「いってぇ…顎割れるて…」
支えを失った人形のように脱力した深夜だったが、すぐに意識を取り戻して自力で立ち上がった
「あら…こんな大人数で」
「深夜、なのか…?」
「そうよ。暴走してたみたいね…。けど、収まってるということはもう…」
「まだ殺していない。夜斗と緋月が止めてくれた」
体力が切れたのか、その場に座り込んで空を見上げる2人に目を向ける夜暮
そんな2人を見てクスッと笑い、深夜がしゃがんで顔を覗き込む
「ありがとう、2人とも。どうやったのかわからないけれど」
「注入した薬液にな…ナノマシンが、入ってて…。人間の記憶を、数秒書き換えられるんだ…死ぬ…」
疲れ切った夜斗がそのまま後ろに倒れる
それを深夜が支え、少し不服に思う夜暮だった
「そんなのでどうやったのよ?」
「ナノマシンで、写真の記憶を消したんだ…。遡るべき記憶が薬液注入の30分前までなら、消せる」
写真を見れば殺してしまうのならば、写真を見た記憶を消せばいい
理屈として言葉にすれば簡単なことなのだが、それを行うにはありえないほど莫大な知識と金が必要になる
「鎮静剤ではなかったのか?」
「ナノマシンって言ったらやらなかっただろ。安心しろ、記憶を消したあとは白血球に壊されて無害化する。そもそもナノマシンを構築してるのは80%が俺の細胞だし、人体依存の物質だから害はない」
説明しながら八城に差し出された飲み物を受け取る夜斗
「しかしそれは…」
「日本国法に基づけば、違法になる。けど、俺たち探偵社は特定業種特別法…「違法なことを実施した結果、人の財物及び命が守られる場合合法とする」ってやつに該当すんだよ」
特定業種特別法は近年作られた法律だ
探偵や弁護士など人に恨まれる仕事につく者は、自分や家族、従業員を守るなどやむを得ない事情があるときには違法行為を実施できるというもの
今回の認可されないナノマシンを人体に投与する、という行為もこれに当たる
「とにかく、1回…霊斗を家に送るか」
まな板の上の鯉のごとく動かない霊斗を車まで運び、夜暮が簡易診察を行う
脱水などの危険状態ではなくただの疲れ過ぎだとわかり、ホッと胸をなでおろす夜斗
「…うん…?なんだ夜斗か…?」
「起きたなら自分で歩け」
肩を支えていた夜斗が手を離し地面に崩れ落ちる霊斗
「いだい!」
「…その様子だと回復はしてないのか」
「してねぇよ…俺のことなんだと思ってんだ」
「日光に弱くて人に言えないことをすると筋力が増える一般大学生」
「どこが一般なんだそれ…。ともかく俺の部屋まで連れてってくれ…」
仕方ないな、と呟きながら霊斗に肩を貸す夜斗
力は出ないが、補助してもらえばどうにか歩けるらしい
「…あの、深夜って子はどうなった?」
「夜暮と帰らせた。夜暮は金持ってるからな、タクシー呼んでたぞ」
「お前の、幼馴染は…?」
「八城か?あいつは車で連れてきたから、駐車場に置いてきた」
尚八城は同棲中の彼女に帰りが遅いと怒られている真っ最中である
「先輩?って霊くんなにがあったの!?」
「
「は、はい」
霊斗の妻であり夜斗の後輩でもある雪菜がバタバタと家の奥へと消えていく
夜斗は霊斗が靴を脱ぐのを待ち、2階へと霊斗を運んだ
「持ってきましたが…これは」
「前にちょっと話した、夜暮の婚約者が暴走してたんだ。霊斗に頼んで鎮圧を手伝わせた」
「婚約者のひと…って殺人鬼の…!?」
「ああ。お前の旦那を危険な目に合わせたことは謝る。責めるなら後日好きなだけ受けるが、今は使い切った霊斗を回復させるのが先だ」
霊斗は普段、自分の力を意図的に制限している
制限しないと物を壊したり人に怪我をさせたりする他、視力が高すぎて目を痛めるなどの弊害があるためだ
制御によって、常時1%まで力が抑えられている
しかし制限した状態を維持しすぎたせいで、制限を解除すると体にダメージが残るようになってしまった
「わ、わかりました」
「任せていいか?」
「はい、堪能しますので」
「返答がおかしい気もするが…まぁいい、また後日文句は聞く」
そうして霊斗を妻に押し付け、夜斗は八城の家へと車を回した
結果八城の同棲相手に引くほど怒られた挙げ句夕飯を作らされたのだがそれは別のお話
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