第8話
到着したのはとある民家だった
門の前に立ち、フラフラと揺れているのは舞夜…ではなく深夜だろう
「深夜!」
「……あら、見つかったのね」
「意識があるのか…?」
「あるわよ。別に、写真を見せられたわけじゃないわ」
「…なら、なんでお前が起きている」
「わから、ないわ…。あの家で、勝手に目が覚めたことなんてないのに…」
フラフラと揺れ、倒れる深夜に駆け寄り体を支える
(診断…。風邪、か…?)
顔は赤く、触れた体はかなり熱い
もはやどうやってここまで来たのかもわからないほど、体調が悪いのは目に見えている
「おそらく風邪だろうな。家で何してたんだ」
「うぅ…ガンガンするわ。風邪引くのね、私たち…」
「質問に答え…なくていい。ひとまず家に戻るぞ」
「…歩ける、かしら」
「背に乗れ。歩けなどと鬼畜なことは言わん」
「えぇ!?い、いいわよ…ってうわ!?」
力ずくで背に乗せられた深夜
しばらくは降りようと抵抗していたが、すぐ力なく体を預けて意識を失った
(…ただの風邪じゃない、のか…?いや、多重人格だからといって免疫は肉体依存だ。そうなると免疫が弱まっている…。まさか…!)
考えついたのは、最近頻度が増えた「実験」の副作用
かねてより思いついていたのだが、最近は深夜とただ会話することも多く忘れてしまっていた
(深夜が起きると肉体は起きてしまう。けど舞夜は普通に日中肉体を使っている。つまりトータルで見れば睡眠時間が減り、睡眠不足による免疫低下が起きたのか)
舞夜と深夜
2人が暮らすこの体は1つしかない
片方が起きていれば体を使うことになり、睡眠時間は減ってしまうのは当たり前
しかし舞夜も深夜も、それを自覚できない可能性があった
(俺の、せい…なのか…?)
舞夜も深夜も、それぞれしっかり寝ていると認識している
プラシーボ効果で眠気を感じず動いていても、体は眠かったということだ
そしてそれを引き起こしていたのは夜暮が3日に1度実施していた、深夜の覚醒実験
(…今は考えるな。ひとまず看病が先だ)
気は焦るが、走って万が一転んでしまうと更にひどいことになりかねない
必死に気を落ち着かせて歩き、自宅で舞夜をベッドに寝かせた
(汗がすごいな。冷却が追いついていない。氷枕は冷やしてあるからそれを使うか。それと冷凍庫に保冷剤が何個かある。タオルもストックがあるはずだ)
氷枕にフェイスタオルを巻き付けて舞夜の頭の下に入れ込み、保冷剤を探す
そして保冷剤を包むためのタオルを取ろうとしてその手が空を切った
(タオルの在庫がない…!まさか女がこんなにタオル使うとは思っていなかったからストックに余裕がないのか!)
ひとまずバスタオルを持って舞夜の元へ駆け寄る
着ていた服を脱がせてバスタオルで汗を拭った
(あまり良くはないが、エアコンで多少調整するか…)
リモコンを使って起動し、普段より2℃低い温度で部屋を満たす
直接当てないようルーバーは水平で固定させ、扇風機で冷気を部屋にじゅうまんさせた
(…クソ、こういうときに限って知識が役に立たんな。心療内科だしな専門)
風邪のときの対処法はいくつかあるものの、夜暮が把握しているのは体を冷やすということだけ
氷枕と保冷剤はそのために用意してあったものの、それを包むものがなければ凍傷を起こしかねない
(…様子を見つつ氷枕を入れ替えるしかないか。フェイスタオル多めに持っとこう)
「…あら、ここは…」
「深夜…!」
「運んでくれたのね、夜暮」
「…そのくらいは義務だ。ひとまず寝ておけ」
そう言ってベッドの縁に腰を下ろす夜暮
弱々しく動く深夜の手が夜暮の手に触れた
「少し…手を、握ってて」
「…いいだろう」
風邪の時くらいはいいか、と深夜の要求に答えて触れた手を握る
そもそもこうなった原因は自分にあるのだから拒否する権利はない
「…何故お前が起きたのかは、今になって何となくわかった。頭が重いときとかに、頭ん中で踏切の音みたいなのが聞こえる時があるだろう。ソレをトリガーに目覚めたんだ。何故あの家にいたのかはわからないが…」
「…それは、わかるわ…。目の前に浮かんだのは、あの男の顔だったのよ…。だから、あの男の家を…襲いにいったのね…」
「…けど、写真じゃないから弱い衝動だった…ってことか」
「そう、ね…。多分」
強く咳をする深夜の手を少し強く握り、もう寝ろと声をかける
クスッと笑ったのち、数分で寝息を立て始めた
(…これからは、深夜を起こす頻度を減らすしかないな)
夜斗に今日起きたことをまとめたメールを送り、舞夜の頭を撫でる
そんな夜暮は珍しく微笑んでいた
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