第7話
翌日日中、黒淵総合病院心療内科棟第2診察室
「黒淵先生?」
「む、すまない。何の話だ?」
「いえ、どこか虚ろな目をしていたので」
「ああ…考え事だ」
夜暮は昨日の夜、深夜に言われた言葉が少し気になっていた
そのせいか、今日は仕事への意欲が低く感じている
「早乙女、だったか」
「はい?」
看護師に声をかけると、看護師は手を止めて夜暮に目を向けた
「…これは俺の友人の話なんだが、ある女の子に「好きでもないのにキザな言葉を使っている」と言われて少しショックを受けている、ようでな。これは俺のデータにない病気だ。何か知らないか?」
(自分のことなのかなぁ)
微笑みを浮かべる看護師――早乙女
その様子を見て少し顔をしかめる夜暮
「それは恋ですよ」
「コイ…?聞いたことのない病名だな」
「何言ってるんですか。恋愛感情ですよ。好きなのに、相手はそう思っていないからってショックを受けているんです」
「そんなはずはないが…」
「あら、やっぱりご自分のことでしたか?」
「む…。嵌めたな」
「勝手に嵌ったの黒淵先生じゃないですかー」
クスクスと笑う早乙女に聞こえるよう大きくため息をつく
この女は真意は測れずとも、かなりフランクに話せる看護師だ
「全く…。まぁいい、今俺と共に暮らしているのは刑法に基づく罰として存在する者だ。命を奪ったものを好きになっていい道理はない。それが医者なら尚更だ」
「そんな理性意味ないんですよ、恋愛って。恋愛は本能ですから。本能を抑えられる理性を持つ人はごく一部しか存在しません。そして、本能を抑えられる人は食事も睡眠も程々になるんですよ」
そう言われてみれば夜暮は人並みに食事を摂り、人より眠る
性欲もないわけではないため、本能を抑えられる人種ではないということが証明できてしまった
「ふむ…そんなものか」
「そんなものです」
「なら、俺はその女に惚れたということか?」
「うーん…違うと言いたいんですけど、おそらくはい♪」
「…「おそらくはい」なんて言葉アンケートでしか見ないが」
楽しげに話をする看護師
今は患者がこない唯一の時間であり、唯一看護師と交流できる時間だ
それ故にこの看護師は楽しそうなのだろう
「何故違うと言いたいんだ?」
「それだからキザとか言われるんですよ」
「…よくわからん」
ツンとした態度になった早乙女がそっぽを向き、すぐ夜暮を見て笑う
その様子を見て可愛いとは思えど、ある感情は湧かなかった
(…舞夜や深夜には感じる、何かがない。何かがなんなのか、調べる必要があるな。これも夜斗に投げるか)
定刻となり、早乙女が外へ患者を呼びに行く
部屋に入ってきた女子高生の話を聞き、ある程度意図に沿った言葉を投げかけてから最善の方向へと意思を流してやる
それだけで女子高生の顔つきは明るくなり、不慣れながらも浮かべる笑顔を見て小さく笑った
(中々難しい仕事だが、少なくともこの笑顔はこの仕事をやるモチベーションにつながるな)
そんなことを考えながら何人もの患者を診て対応する
再診も、夜暮を指名してくる患者が多い
そのため連日夜暮の休み時間は少なくなってしまうが、それで良いと感じていた
その日の夜
「…舞夜が外に出た、だと?」
【是。現在北東へと徒歩で移動中。手にナイフを持っていることから、殺人衝動が引き起こされたと推測】
「…すぐに向かう」
洶者による大音量アラームで起こされ、すぐに着替えて外に出る夜暮
普段なら大して気にしない今も、昼間早乙女とした会話のせいか足取りは早まっていく
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