第5話

数週間後、夜斗の自宅

ここにいるのは夜斗とその妻、そして夜暮の3人

舞夜は自宅においてきた


「…結論から言うが、黒桜の力を持ってしても見つからなかった」

「見つからない?時雨のネットワークでもか」


時雨というのが探偵社の社長の名前だ

そして夜暮の元同級生でもある


「ああ。どうにか街の監視網を使って、姉が逮捕されたその日までは追えたんだ。けどある車に乗った直後から行方がわからない」


監視社会である現代において、人が見つからないのはかつてとは意味が違う

大抵誘拐されても詳細な場所がわかり、仮に分からなくても監視が行き届いていない山か海を探せばいい

しかし今回は、街中で急にいなくなったということになるのだ


「その車の持ち主は?」

「いない。というかこの車は盗難車で、持ち主はこの事件の数日前に自宅で死亡している。死因は脳溢血だな」


夜斗が出した書類は車の持ち主である男性の検死結果

どこから入手したのか、という野暮なことは聞かない

聞いたところではぐらかされるだけだ


「…わからないことだらけだな」

「ああ。細かいことは分からないが、お前の妻になった舞夜ちゃんがどんな条件で殺人鬼になるのかがわかれば、少しは進展するかもしれん」

「…今のところ確認したのは、舞夜が寝たあとに踏切と同じ音を同じテンポで聞かせることで殺人鬼が目覚める。けど、すぐ人を殺すわけじゃない様子だった」

「…どういうことだ」


夜暮が持ってきた資料には発現した舞夜の人格に関する情報が記載されていた

正式な診療で得たものではないため、秘密保持義務は適用されない…というのが夜暮の主張である


「目の前に目標物がなければ殺さない、らしい。目標物の設定のために必要なのは、手に武器を持っている状態で写真を見ること。実物じゃだめなんだと」

「…つまり、武器を持たせて夜暮を目の前に置いても殺さないってことか」

「ああ。そして殺人鬼は、かなり詳細な個体識別能力を持つ」


並べられたのは一見すると全く同じに見えるマネキンの写真だ

しかしその中の1つに、小さく薄い黒点をマジックで書いてある


「これだけの数のマネキンの中からこの個体だけを的確に選び、破壊していた。しかも写真を見せたのはほんの1秒でしかないのに、だ」

「…瞬時に個体の特徴を識別して記憶、破壊するまで忘れない…ってことか?」

「ああ。寝て覚めてもな」


つまりは自分の手で壊すまでは覚えており、殺人鬼が眠りについても忘れることがなく、対象の再設定は必要ないということになる

これは全て本人から語られた


「そして、設定をしなかった場合比較的容易に会話ができる。設定してしまうと会話ができず、殺すまで自我を失う」


深夜みやと定義された殺人鬼は、意図的に仕込まなければ人を殺さないことが大まかにわかった

しかしそれは、誰かがわざとその状態を作ったことの裏付けにもなる


「黒幕がいる。おそらく、容易に部屋に侵入できる立場の人」


夜斗の妻、弥生がようやく口を開いた

ひたすら何かを考えている素振りを見せていたが、ようやく結論づけたらしい


「それはわかるが、問題なのはそれが誰かということだ」

「まぁな。けど、ある程度絞れたし洶者くしゃに任すか」


夜斗の視線の先にあるのは巨大なモニターだ

起動したモニターに表示されたのは最近イメチェンをして白髪になった女の子のアバター

毛先で遊びながら夜斗に目を向けている


【了。速やかに実行する。過去の履歴を5年間分洗い出す】

「侵入できる立場は主に家族とマンションの管理人、そして警察。それを重点的にね」

【了】


アバターが消えたのを見て背を伸ばす夜斗


「とりあえずやれることはないな。明日の授業の準備もあるし、今日は解散すっか」

「ああ。…いよいよ普通の教師だな」

「残業ないし部活もないけどな。給料二重取りで贅沢三昧だぜ」


夜斗は探偵社と県のそれぞれから給料が出ているため、この歳にしてはかなり稼いでいる

弥生が子を成して休業している今でも当たり前のように生活できているのだ


「羨ましいことだ。舞夜が働いてくれればいいが…」

「とはいえ再来年には継ぐんだろ?オヤッサンから」


夜斗がオヤッサンと呼ぶのは夜暮の父のことだ

そもそも夜暮が兄を差し置いて引き継ぐことになったのは兄が拒否したのと同時に父の推薦が強かったからでもある


「実地訓練が滞りなく終われば、だがな。ともかくしばらくは節約生活だ」


ため息すら出ないのか、項垂れる夜暮だった

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