第八十六話 終戦
ついにレイヴァンスが、ユウダイの首を斬った。
あたりが静寂に包まれ、シャーロットは息をのむ。
「勝った……」
シャーロットがつぶやいたその瞬間、ユウダイの肉体から黒い霧のようなものが勢いよく飛び出した。
その黒い霧は悪魔のような顔を形成し、悲鳴を上げながら四散していった。
あとに残されたのは勇者の剣によって首が切断された、ユウダイの死体だけだった。
灰色に染まっていた周囲の景色が、元の色彩に戻っていく。
邪神を倒したことを察し、エリオットが異空間を解いたようだ。
レイヴァンスはガクッと膝を落としそうになり、剣を杖にして踏ん張った。
相当激しく消耗している様子だ。
「レイヴァンス!」
「レイさん!」
彼の身を案じ、シャーロットは支えるように肩を貸した。
少し離れた場所にいたセレナも、慌てた様子で駆けてくる。
「シャーロット……俺。ユウダイを倒す瞬間、あいつの精神世界にいたんだ」
ゲームでも確か、闇落ちしたレイヴァンスの精神世界へ行くという展開があった。
そのことを覚えていたので、彼の言っていることもすぐに理解できた。
「俺、あいつに言ったんだ。助けを求めてくるあいつに、言ったんだよ。ざまぁ……ってさ。勇者失格だよな」
レイヴァンスの声が震えている。目には涙も浮かべていた。
「それは私が、こいつに言ってやりたかったこと。優しいあなたが口にするには辛い言葉。それでもあなたは、私の代わりに言ってくれた。ありがとう」
セレナには申し訳ないと思いながらも、シャーロットはレイヴァンスを抱き寄せた。
しかしレイヴァンスは、何の反応も見せなかった。
それどころか、シャーロットに体重を預けたままピクリとも動かない。
「レイヴァンス、どうしたの? レイヴァンス?」
膝から崩れ落ちるレイヴァンスを支えながら、彼の顔を確認する。
彼は目を閉じていた。体から力が抜け落ちていて、まるで死人のようだ。
「レイヴァンス! レイヴァンス!」
「レイさん! 今、治しますから」
セレナが駆けつけ、女神の力を流し込む。
しかしそれでもレイヴァンスは目を閉じたまま、何の反応も見せなかった。
「大丈夫……。大丈夫のはず……。心臓は動いてる。息もしている」
「レイさん、傷は完全に治しました。だから、目を開けて……」
シャーロットもセレナも、泣きながら彼にしがみついていた。
「彼なら大丈夫だ。命に別状はないさ」
不意に声がして顔を上げる。
エリオットが脈を計るように、レイヴァンスの手首を指で押さえていた。
「決着の瞬間、ものすごい魔力量のぶつかり合いを感じた。その反動に体がついていけず、気を失っているんだろうね」
「そ……それじゃあ、レイさんは……」
「まあ、いずれは目覚めるよ。もっとも、すぐにとは限らないけど。それほどの威力だったからね」
いつ目覚めるか分からない。
その言葉に不安はあったが、レイヴァンスを休ませてあげたい気持ちもあった。
シャーロットは彼の頭を自分の膝に乗せた。
セレナは涙を流しながら、彼の顔を撫でている。
その様子を一瞥してから、エリオットはスクッと立ち上がった。
「無事でよかったぜ、魔王様」
「くっつくでない! 暑苦しい!」
「魔王様をいじめる悪者どもは、俺様が退治してやったからよ。ご褒美はあんたの体ってことで」
「ふざけるでないわ! だいたい、なんだその着ぐるみは! 魔族の恥さらしが!」
あっちはあっちで、イシュトバーンが魔王ベルゼに抱きついている。
もっともベルゼのほうは、うっとおし気に顔をしかめてイシュトバーンを引きはがそうとしているけど。
「魔王ベルゼさん」
エリオットが話しかけると、ベルゼはイシュトバーンに抱き着かれたまま動きを止めた。
「おぬしは?」
「エリオット、と申します。イシュトくんとも、仲良くさせてもらっております」
そう言ってエリオットが一礼する。
「外ではまだ、魔族と人間の戦いが続いています。あなたの協力が必要です」
「そうか……。そうだな。今後のことはさておき、この戦いは終結させねばなるまい」
魔王ベルゼがイシュトバーンを引きはがして、「どけ」と言いながら蹴り飛ばす。
そしてエリオットとともに、部屋の出口へと向かっていった。
外の騎士団と魔族たちに、戦いの終わりを告げるためだろう。
イシュトバーンは彼らのあとをついていこうとしたが、その足を止めてこちらに顔を向けた。
「そいつの目が覚めたら、伝えてくれや。また会おうぜ……ってな」
ニヤリと笑みを浮かべてから、彼は魔王ベルゼたちのあとを追って駆け出した。
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