第七十九話 女の敵


「あ……ああ……」


 ガクッと膝を落とし、タクヤが失意の表情を見せる。


「魔王様を操った罪、万死に値する!」


 いつの間にか、イシュトバーンが側に立っていた。

 魔王ベルゼは床に寝ている。


「す……すす、すいません! 許してください! お願いします!」


 タクヤが泣きそうになりながら、拝むように手を合わせる。


「その前に答えろや……。魔王様に手ぇ出してねえだろうなぁ」

「へ?」

「だからよぉ、エロいことしてねぇだろうなって聞いてんだよ!」

「し、しし、してません!」

「なんだとぉ? 魔王様の魅力を前にして、何にもしてないだとぉ? てめぇチ〇ポ生えてんのか! ああ?」

「う、ウソです! ちょっとだけ触りましたぁぁああ!」

「ぶっ殺す!」

「ひえぇぇええええ!」


 イシュトバーンが槍を振り上げた。


「待ってくれ、イシュトバーン」


 タクヤの前に立ってかばうと、イシュトバーンは動きを止めた。

 彼の眉がピクピク痙攣している。


「おめぇだってよぉ。魔族をさんざん殺したんじゃねぇのか? だったら俺も、こいつを殺していいよなぁ」

「もうコイツは無力だ」

「バカか、バカなのか勇者様は。頭ん中、花畑が詰まってんのか? コイツにゃ相応の罪を与えなきゃだろ」

「もちろん、俺もコイツを許そうなんて思っていない。罰は必要だ。ただその前に、コイツに伝えたいことがある」


 俺の言葉に、イシュトバーンは首を傾げた。

 何が言いたい?

 眉根を寄せる彼の顔が、そう問いかけているように見えた。


 振り返って、タクヤを見下ろす。

 彼は震えながら、亀のように丸まっていた。


「タクヤ。イザベルさんという人から、お前に伝言を預かっている」


 ピクリとタクヤが反応し、顔を上げた。


 イザベルはフェリックスの恋人だ。

 俺はカイロスから彼女のメッセージを受けている。タクヤに伝えてほしいという、とてもシンプルな一言だ。


 彼女はもともと、タクヤの実家のエンブリオ家につかえる侍女だった。

 とてもきれいな人だと、カイロスから聞いている。


 タクヤはそのイザベルに言い寄って、自分のものにしようとしたらしい。

 だが拒否された。

 その後もしつこく、自らの権力にものを言わせて体の関係を求めてきたという。


 その事実を知ったフェリックスは、タクヤに抗議した。

 フェリックスとイザベルが恋人の関係だったことは、どうやらそのとき知ったらしい。


 そこで取ったタクヤの行動は、前世とまったく変わらない。

 下着泥棒の罪をフェリックスに着せ、エンブリオ家を追放したのだ。


 フェリックスに幻滅すると踏んだのか、タクヤは再びイザベルを口説きだす。

 しかし、イザベルはそんな浅はかな女性ではなかった。

 フェリックスの冤罪を信じ、エンブリオ家から逃げ出して彼を追ったのだ。


 そんな彼女からのメッセージを、今こそタクヤに伝える。


「キモ! この女の敵!」


 タクヤがビクッとして、顔を青ざめさせる。


「だそうだ。この事実は、もうかなり広まってるよ。この件だけじゃない。大勢の女性の下着を盗んでむさぼった、すべての事案。罪をフェリックスさんになすりつけたことも、多くの人に知れ渡った。権力を失ったエンブリオ家に、抗議の手紙が殺到しているんだってさ」


 俺はユウダイよりもダイキよりも、コイツが一番嫌いだ。

 前世でも人に罪を擦り付け、ユウダイたちの後ろについて回って俺を殴って。

 一番の卑怯者だと思っていたんだ。


 女の敵として生きていくの、なかなかに辛かったよ。

 ようやくその汚名を、こいつに返上できた。


 ちょうどそのとき、フェリックスが部屋の中へと戻ってきた。どうやら第二部隊の避難も、無事に完了したようだ。


「タクヤ……か。人間に戻ったようだな。よかったよ」


 フェリックスはそう言って微笑んだかと思うと、冷たい瞳でタクヤを見下ろした。


「無様なおまえを、こうして拝めてな……。いや、ほんっっとうによかった! 生涯女の敵として、罪を償い続ける人生を歩め」


 膝をついてちょうどいい高さにあるタクヤの横顔を、フェリックスが蹴り飛ばした。


「ぐへ!」


 勇者として止めるべきなのか、一瞬迷ったけど。

 そういえば前世では俺も、ずいぶん殴られたもんな。

 

 俺は倒れているタクヤに手を差し伸べた。

 戸惑った様子を見せつつも、タクヤは俺の手をとって立ち上がる。


「わ、悪い。ありがとう」

「いや、気にしないでくれ。倒れてるとやりづらくて」

「へ?」


 前世のことを思い浮かべながら、タクヤの顔を思いっきりぶん殴ってやった。


「ほぎゃぁあ!」


 タクヤの体が回転しながら、吹っ飛んでいく。

 まあ、このくらいはやっておかないとね。


「なんだなんだ、そういうことか。殺して楽にせず、生かして苦痛を味わわせる! よし、俺様にもやらせろ!」


 倒れているタクヤのもとへ、イシュトバーンがいそいそと向かっていった。

 しかしそのあと、タクヤを見下ろしながら彼が叫ぶ。


「おいコラ! 気絶させてんじゃねぇよ、勇者様! 殴りがいがねぇじゃねえか!」


 そんなイシュトバーンの肩に、エリオットがポンッと手をのせた。


「まあまあ、イシュトくん。こいつは魔術協会が引き取るから、いつでもうちに来なよ。僕の権限で、こいつを殴っていい権利をキミに与えるからさ」


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