第七十八話 邪神タクヤ、逃走中


 やはり、狙いどおり近くにいた!


 すかさず、その電磁波へと向かって駆け出す。

 たぶん向こうも、俺の電磁波に気付いただろう。


 しかし虚を突いたのは間違いないようだ。

 逃げる判断が遅れたらしく、向かっていくほどに電磁波は強く感じられていった。


 やがて四畳半ほどの小さな部屋の中にいる、一人の魔族を発見した。


「やべ!」


 その魔族の顔は、間違いなくタクヤだった。


「くそ!」

重力による内部破壊ブラックグラビティ


 逃げ出そうとするタクヤに、速射性の高い重力魔法をぶつける。

 弱い魔法とはいえ、並の魔獣や魔族なら内部から破壊される危険な魔法。

 だがさすがに邪神の力を持っただけあって、一瞬動きを止める程度だ。


 俺はその一瞬で間合いを詰め、ヤツめがけてミスティローズブレイドを振り下ろした。

 剣はかすったものの、ギリギリのところでかわされてしまう。


「やべえ、やべえよ!」


 ひたすら焦った様子で、タクヤが部屋から逃げ出していった。

 俺も素早く後を追う。

 ヤツは迷路のような廊下を、風のように走り抜けていく。


 速い!

 だけどダイキほどじゃない。

 タクヤは魔術師タイプだから、肉体的な強さはダイキに及ばないわけか。


 一心不乱といった感じで、タクヤは一つの窓から飛び出していった。

 俺もその窓から飛び出して後を追う。


 その窓の先は、さっきまでベルゼと戦っていた部屋だった。いつの間にか、戻ってきていたみたいだ。


 落下しながらタクヤの周囲へ魔法弾を飛ばし、ヤツの逃げ道をふさぐ。

 タクヤが着地した瞬間、俺の魔法弾によってヤツの周りに小規模の爆発が起きる。


「ひえ!」


 悲鳴を上げながら、タクヤが頭を抱えて縮こまる。


「勇者様よぉ! なんかよくわかんねぇが、うまくいったらしいな。魔王様の動きが鈍ったんで、どうにか取り押さえることができたぜぇ」


 取り押さえるというか、後ろから抱きついてイチャついてるだけのように見えるんだけど。

 ゾンビのようにうめき声を上げるベルゼを、イシュトバーンが「よぉしよしよし」となだめている。

 しかも、腕をかまれちゃってるよ。

 それでも全然気にしてなさげで、どこか幸せそうに見える。

 見かけによらず、イシュトバーンの愛は深いんだな。


 さて、それはさておきだ。

 俺はミスティローズブレイドの束を握りしめ、タクヤへと向き直った。


「よるんじゃねぇ!」


 タクヤが腕を真上に伸ばした。

 小さな水のかたまりがヤツの頭上に生成され、それが一気に膨れ上がる。


 水属性の最強攻撃魔法、ディープブルーソウルか!


 あの水に注がれている魔力量、下手すると山に囲まれた魔王城が水の中に沈むほどの津波になるぞ!

 熟練度は低くとも、邪神の力はやはり脅威だ。


「はいストップ」


 不意にエリオットの声がしたかと思うと、タクヤの真上に生成された水が消え去った。まるで異次元にでも吸い込まれたような感じだ。


 タクヤが後ろを振り返る。

 そこには、大口開けてあくびをしているエリオットがいた。


「へ……? なんだ今の……。なぜ、俺の魔法が……」

「僕がキミの魔法を飲み込んだんだよ。無属性の基礎にして奥義。覚えておくように」


 すごい!

 人間界最強の魔術師とはいえ、邪神クラスの魔力を無力化するなんて。

 いったい彼は、どれほど強いんだ。


「くそ! なめんじゃねぇ!」


 タクヤが手のひらをエリオットに向ける。

 しかし、俺もこの隙を逃すほど甘くはない。


 一足飛びでタクヤの間合いに入り、ミスティローズブレイドの斬撃を与えた。

 手応えあり!

 完全に剣がヤツの体を通り抜けた。


 ダイキのときと同様に、タクヤの体が光りだす。

 その光がタクヤの肉体へと収束していき、ヤツが人間の姿となった。


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