第七十三話 突撃、魔王城


 うっすら見える険しい山々をバックに、その城はそびえ立っていた。


 大小さまざまな塔をくっつけまくって出来上がったような外観は、まるで地獄の亡者が天に向かって群がっているようにも見えた。

 空は常に厚い雲で覆われていて、ときおり稲妻が走り抜ける。

 周囲の天候も含めて、雰囲気作りもばっちりといった感じだ。


 あれが魔王城か。


「ここに来るまで、ほとんど魔族や魔獣と遭遇しなかったが……なるほど。あれが答えか」


 魔王城の前に密集している魔族の群れを眺めながら、オリヴィアがつぶやく。

 彼女の言うとおり、この地へと続く隠し通路の中でさえ、敵との遭遇はなかった。

 どうやら魔族側も、俺たちがここに攻め込んでくることは予測していたらしい。

 魔王城に総力を結集し、俺たちを迎え撃とうというわけか。


「ふむ、わかりやすくて助かるね。この場合、作戦はプランBだな。僕が合図したら、各隊の隊長に伝令よろしく」


 エリオットの指示で、数名の魔術師が魔導具を手に取って待機した。

 前世で言うところの、スマホのような形をした魔導具だ。


 見た目どおり、遠くの人間と通信ができる魔導具らしい。

 こちらの世界じゃかなり貴重な代物で、魔術協会にも十数機ほどしか存在しないという。


「始まったようだ」


 オリヴィアがつぶやく。

 その言葉に続いて、みんなが魔王城のほうへと目を向ける。


 着ぐるみのケットくんが、魔族の軍勢へと向かってテクテク歩く。そして、声が微妙に届くくらいの離れた位置で立ち止まった。

 これから、説得を試みるようだ。


 俺たちはさらに離れた後方の森の中から、彼を見守っていた。


 魔族側は今にも飛びかかる姿勢を見せつつも、単身で近づいてきた怪しい着ぐるみに戸惑っている様子だ。

 異様な緊張感が、ここまで伝わってくる。


 やがてケットくんが着ぐるみの頭を取って、素顔を晒す。

 その瞬間、魔族の軍勢がざわめきだした。


 ケットくんからイシュトバーンへと戻った彼は、踏ん張るように足を広げた。

 そして大きく息を吸い込む仕草を見せると、彼が魔族らに向かって叫ぶ。


「愛しの魔王様を裏切ってクソヤローに従うクソヤローども! 俺様と魔王様に逆らうってんなら、てめぇら全員ぶっ殺してやるぜぇぇえええええ!!!」


 魂の叫びを聞いた魔族たちが、一斉にイシュトバーン目掛けて突進してくる。

 その瞬間、イシュトバーンが頭の上で両手をクロスさせ、説得失敗のサインを出した。


 というかあの男、説得する気あったのか?


「まあ、期待してなかったからいいけどね。そんじゃ、プランBだ。各員に通達!」


 エリオットの指示を受け、魔術師たちが一斉に魔導具で通信を開始した。

 それから秒単位のタイムラグののち、人間の騎士団が左右の森から魔王城目掛けて突撃を開始した。


 イシュトバーンに注意を向けていた魔族たちが、慌てた様子を見せながらも左右の人間たちへと攻撃の標的を変える。

 とはいえイシュトバーンにも数十体の魔族らが襲い掛かってきていた。


「動かないでね、レイヴァンス。イシュトくんなら、しばらく放っておいても大丈夫だからさ」


 少し焦ってしまった俺の心を見透かしてか、エリオットに注意を促された。

 彼を助けに行こうと動き出せば、計画が狂ってしまう。

 わかっていたけど、つい動き出してしまいそうになっていた。


 説得失敗によって魔族の軍勢が襲い掛かってきた場合、作戦の第2フェーズまでは彼一人で対処してもらう予定になっていた。


 ケットくんは逃げ回りながらも、襲ってくる魔族を愛用の槍で次々と倒していく。

 それはさておき、なんでまたケットくんの頭をかぶりなおしてるんだろう。

 なんだかんだ、本人もあの格好が気に入ってるのかな。


「ふっ……。さすがに恐ろしい強さだな、イシュトバーンという男は。先の戦いのために温存して、あの強さとは」


 もともと闇落ちレイヴァンスさえいなければ、彼の強さは魔王に次ぐナンバー2だもんな。

 あの調子なら魔王城突入計画の第2フェーズまで、余裕で持ちこたえるだろう。


 敵軍の相手をする役目を背負った騎士団、魔術師団が左右から突撃するのが第1フェーズ。

 左右から攻め込むことで、魔族の軍団も左右に分かれていく。


 やがて、魔王城の入り口にあたる中央の層が薄れていった。

 頃合いだ!


 俺は右手を真上にあげて叫んだ。


「総員突撃!」


 上げた右手を振り下ろして、魔王城突入の合図を送る。


 馬に乗った俺たちは三列になって、細長い龍のような隊列を維持しながら突進していく。

 その列の先頭はオリヴィアが、最後尾はレックスが務める。

 列の中央は邪神バトル担当の第一部隊と後方支援担当の第三部隊、左右の列は中央の列を守るように第二部隊が囲む。


 目標はもちろん、魔王城の入り口。

 左右に分かれて薄くなった魔族軍の層めがけて、突き刺すように突入する。

 魔族の軍勢を第二部隊がかき分けるようになぎ倒していき、速度を保ったまま突っ切っていく。


 途中、ケットくんが列に合流し、エリオットの乗る馬に飛び乗った。


 やがて列の先頭が、うまく魔王城の入り口にたどり着いた。

 後方の列も次々と入口に到着していく。


 ここからが突入作戦の大事なところ。


 第一、第三部隊は入口付近にたどりついた時点で、その場で待機。

 第二部隊は第一、第三部隊を囲んで敵の侵入を防ぐように、半円となって広がっていく。


 最後尾のレックスが半円の一部になったのを見届けたら、エリオットが右手をあげてセレナに合図を送る。

 すでに馬から降りて準備していたセレナは、合図を確認してから詠唱を始めた。


「聖なる力よ。我が心に聖なる盾を築き、魔の侵入を阻止せよ!」


 セレナの背中に透明の白い羽が生える。

 そして彼女の側にいるセレスティアの体が光を放ち、宙に浮いた。


聖域の防壁ホーリーサークル


 魔法を唱えた瞬間、セレナを中心に光の膜が放たれた。その膜がドーム状に広がっていき、魔王城突入部隊全員をすっぽりと覆いつくす。

 女神の加護を受けたセレナにしかできない、魔を拒む結界だ。


「これで、外にいる魔族らはこちらに入ってこれない。安心して魔王城にお邪魔できるね」


 かなり念入りに予行演習したけど、ここまでうまくいくとは。

 でも、ここからが本番だ。



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