第七十二話 セレナ or シャーロット
魔王城へ向けての航海、二日目の夜。
俺は船の甲板に出て、一人夜風にあたっていた。
「レイさん」
呼ばれて振り向く。
「セレナ。風が気持ちいいね」
「そうですね」
セレナは風に流される髪をかき上げながら、俺の隣にきて柵に身を預けた。
「でも……夜の海は真っ暗で、少し怖いです」
「確かに、そうかもね。本当に真っ暗で、吸い込まれそうだな」
しばらく二人並んで、海を眺めていた。
不意にセレナが、俺の体に身を寄せてくる。
ん?
なんだなんだ?
すごくドキドキするんだけど。
緊張ととまどいで、体が固まってしまった。
だけど、くっついた彼女の体が震えている。
「さ、寒い?」
慌てて彼女から離れ、自分の上着を脱いで渡そうとした。
そんな俺を止めるように、セレナが抱きついてくる。
「違います! 怖いんです! ガーディアニアのときも怖かった。レイさんが邪神と戦っていると知って、レイさんがいなくなるかもしれないと思ったら……怖くて……」
ど、どうしよう……。
両腕をどこに持っていけばいいかわからず、ついつい万歳してしまった。
今の俺、すっごくまぬけかも。
「だ、だだ……大丈夫だよ。今回はほら、俺一人で戦うわけじゃないし」
「でも……あのチンピラさんたちが邪神になったのも、自分の責任だって思ってるんでしょ……。だからやっぱり、最後は自分でなんとかしようとするんでしょ」
もしかして、泣いてるのか?
こんなにも心配してくれるなんて、本当にセレナは優しい人だな。
「わかった。絶対に一人で突っ走ったりしない。みんなにも言ったからね。誰一人欠けることなく、みんなで戦いを乗り切ろうって」
真上に伸ばしていた右手を、とりあえずセレナの頭に添える。
さすがに抱き寄せたりするのは違うよな、うん。
「約束……約束ですよ……」
セレナが俺の服を強く握ってくる。
ちょうどそのとき、少し離れたところに人影が見えた。
「シャ、シャーロット……」
俺がそうつぶやくと、セレナは一瞬ぴくッと反応した。
ゆっくり俺から離れて、うつむく。
「一緒に戦えるシャーロットさんが……うらやましいです……。私、もっと強くなりたいです……」
そう言ってセレナは、振り返ることなく走り去っていった。
なんとも気まずい空気が漂う。
シャーロットは何かを言おうとしたのか、口を開きかけた。
しかしうつむいて、再び沈黙する。
しばらくして、シャーロットがようやく口を開いた。
「私は……全然強くない……。セレナのほうが、勇気ある……。うらやましいのは私のほう……」
シャーロットはなぜか泣きそうな顔でそれだけ言うと、立ち去ってしまった。
よくわからないけど、俺はもしかして二人を傷つけてしまったのか?
考え込んでいると、突然すぐそばの船室の扉が勢いよく開いた。
そこから一人の男が現れ、腕をつかまれて船室の中に引きずり込まれた。
「はぁいレイくん、いらっしゃぁい! 反省会の会場はコチラだよぉ」
「ホンマ、ヤキモキする勇者様やなぁ」
マックスウェルがニヤつき、メリッサがイライラした顔で頭をガリガリ搔いている。
さらにニックが悩ましい顔をしながら、俺の腕を掴んでいた。
後ろにいるオリヴィアも、やれやれといった顔を向けてくる。
「レイヴァンス。いいかげん、どちらを選ぶか決める頃合だろう」
オリヴィアがそう言うと、マックスウェルとメリッサが腕を組みながらうんうんとうなずいた。
「決めるって……。その、何を?」
俺が問いかけると、四人が氷漬けにされたかのように動きを止めた。
「あああぁぁぁあ? 寝ぼけるのもたいがいにせえ! さすがに気づいてませんは通らへんやろ! 三歳児でも気付くわいボケ!」
さ、三歳児……。
ひょっとして、いつもと違うセレナとシャーロットの様子に関連があるのか。
「セレナかシャーロット、もしくは私。どちらを取るのだ」
オリヴィアが真顔で問いかけてくる。
「なんであんたが入っとんねん! 寝言は寝て言わんかい!」
「ひどいじゃないか。私だって女だぞ、泣くぞ」
「ああもう、悪かったなぁ。ほんなら男紹介したるから、レイヴァンスはゆずりや。ちなみに、どんな男が好みやねん」
「私より腕力があって……」
「おるかい!」
「きさま……。私はこう見えても、数多の男を落としてきた女だぞ」
「そら、あんたのごっつい腕で絞められたら全員落ちるやろな」
訳も分からぬまま、オリヴィアとメリッサの漫才が始まる。
「だーっはっはっは!」
「何がおもしろい!」
爆笑するマックスウェルが、オリヴィアにシバかれた。
笑わそうとしていたんじゃないのか。なんて理不尽な。
だけど、今のやり取りでみんなの言いたいことがわかった気がする。
それでも俺は、本当に自分がそんなことになっているのかが信じられなかった。
「せやせや、笑っとる場合ちゃうで。レイヴァンス、あんたどないやねん」
「わからない。本当にわからないんだ。そもそも……本当にその……そうなの?」
徐々に声が小さくなってしまう俺を見て、メリッサが「かーっ」と言いながら自分のおでこをペペンと叩いた。
「レイヴァンス。過去になんぞあったんか? 女がらみのトラウマとかよう」
ずっと黙って俺を見ていたニックが、心配そうな顔で質問を投げかけてくる。
「うーん……。確かに、ちょっと説明は難しいんだけど。たぶん俺は女の人を、今でもどこかで怖がってるのかもしれない。もちろんセレナもシャーロットも本当にいい人だし、信頼してる。だけど……」
どうにも現実味がない。
前世は女の敵状態だったし、転生してからも女の人どころか他人と仲良く接する機会もほとんどなかった。
「よし、この件は保留だ! ただしこの戦いを乗り越えたら、キミ自身のためにも彼女たちとしっかり向き合ってくれ」
「えー? 反省会終了? つまんねぇの」
マックスウェルが口を尖らせて抗議する。
「そうぼやくな。無理やり決着をつけても仕方あるまい」
この戦いを乗り越えたら。
そうだな、とにかく戦いを終わらせなきゃ。
「ほんなら賭けようや。セレナとシャーロット、どっちを取るか!」
「ちょ! なんでそうなるんだよ」
「ではシャーロットに1万G」
「俺はセレナに5千だな」
「シャーロットに1万じゃい」
「うちはセレナに2万や! デカく張ったるでぇ」
はぁ……。
結局みんな、俺で面白がってるだけなんだよな。
「よっしゃ! みんなで生き残って、絶対に結果を見たろうやないかい!」
メリッサがみんなに向かって拳を掲げ、なははと笑った。
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