第七十一話 決戦の地へ移動中


 魔術協会の豪華な船は精鋭部隊のメンバーを乗せ、魔王城が存在する島へ向けて出航した。

 船の最下層には牢獄まである。

 俺はイシュトバーンと話がしたくて、彼のいる牢獄を訪ねていた。


「イシュトバーン」

『ケットくんとよんでほしいにゃ』


 なんだか、よく分からない魔族だな。


「では、ケットくん。これから俺たちは魔族の軍勢と戦います。つまり、あなたの仲間たちとです」

『しかたないニャ。もともとはぼくたちが……』


 ケットくんの後ろにいたエリオットが、着ぐるみの頭を引っこ抜いた。


「て、てめぇ! 何しやがる!」

「めんどくさいなぁ。口で言えよ」


 さっきまで行儀よく椅子に座っていたイシュトバーンが、ふてくされた態度で舌打ちをする。

 そして足をガバッと開き、太ももに肘を立てて頬杖をついた。

 いきなり態度悪いな。しゃべり方もまったく違うし、ほとんど二重人格だ。


 一応、なぜ着ぐるみを着ているのかを、彼に直接聞いてみた。

 生身の姿だと、人間と一緒にいる自分に不甲斐なさを感じて苛立ってしまうという。

 ケットくんに扮することで、人間と行動しているのは自分ではないと思えることができて、感情を抑えることができるのだとか。


 魔王を救うために人間と共闘しなきゃならないと考えた彼が、人間と行動を共にするために試行錯誤した結果がケットくんだったというわけだ。


「わぁかったよ、この姿でしゃべりゃいいんだろ? だが、今だけだぜ。で、これから魔族と戦争起こすけど問題ないか、だったな。まあ、しゃーねぇだろ。もともとは魔族からしかけたわけだしな。これに関しちゃ、俺に拒否権がねぇことくらい理解してる」


 そう言って彼は下を向き、頭をぼりぼり掻く。


「だがまぁ、説得くらいは試させてくれや。それで争いが止まるなら、それに越したこともねぇだろ」


 やはりこいつだけは、他の魔族と毛色が違う。

 いや、実際のところどうなんだろう。


 俺はこれまで、何度か魔族の軍勢と戦った。

 人間を殺そうとしてきた魔族を倒した、そのことに後悔はないし、間違ったことをしたとも思わない。

 ただ、魔族という言葉でくくって、そのすべてが邪悪な者たちだと決めつけることが正しいとも思えない。

 それでは、闇属性に偏見を持つ民たちと同じだ。


「わかったよ、ケットくん。説得してみてくれ」

「おい、今の俺様のどこがケットくんだってぇのよ。どう見てもイシュトバーン様だろうが」


 親指を立てて自分の顔を指してくる。

 素顔のときはイシュトバーンと呼べってことか。

 ちょーめんどくせぇんですけど。


「わかったよ、イシュトバーン。説得、よろしく頼む」

「ま、恩に着てやるよ。勇者様々さんよ」


 なんだか軽く見られてる気がするな。

 別にいいんだけど。


「イシュトくんの説得が失敗したら、魔族とのバトルスタートってことでいいね。そんじゃ、イシュトくん。まだまだ船旅は長い。とりあえず一杯付き合ってよ」


 エリオットがマントの中から、高級そうな酒瓶を出してきた。

 どう見ても未成年の顔してるくせに、大きな闘いを控えたこの状況で魔族と飲酒とは。


「気が利くじゃねぇの。朝まで俺様の武勇伝を聞かせてやるぜ」

「僕の武勇伝を越えられるかなぁ」


 あ、これ巻き込まれたらアカンやつだ。

 面倒くさいことになる前に、俺は二人を残してそそくさと牢獄を出た。


 船の広間へ移動したところで、カイロスと出会う。


「レイヴァンスさん!」


 カイロスはどこか中性的で他の人たちと比べてクセがないので、なんとなく安心する。

 そんな彼の隣には、眼鏡をかけた、これまた生真面目そうな人がいた。


「そちらの方は?」

「紹介します。こちら、今回の作戦で第二部隊の魔術による援護を担当するフェリックス氏です」


 ということは、この人が第二部隊のレックスとオリヴィアに次ぐ、魔術担当のベテラン魔術師か。

 だけど、フェリックスという名前は聞き覚えがあるな。

 ゲームに登場したキャラだと思うけど、どんな人だっけ。


「あなたが闇属性でありながら勇者となった、レイヴァンスさんですか」

「よろしくお願いします」


 前世でプレイしたゲームの内容を思い返しながら、フェリックスと握手を交わす。


「こうして実際に会うと、なるほど。とても澄んだ目をされておられる。人の価値は属性ではなく心にある。あなたを見ると、それがよくわかりますよ」

「いや……俺なんて全然……」


 こうも直球で褒められると、どうにも返答に困るもんだな。


 そんな俺にフェリックスは、ふふっと笑みを見せてきた。なんとなくだけど、元気のない哀愁漂う微笑みに感じた。


「できれば邪神との戦いに参加したかったのですが……。しかし、あなたにならお任せできると確信しました。邪神となった二人を、どうかよろしくお願いします」


 それだけ告げて一礼すると、フェリックスはこの場を立ち去っていった。


「彼はいったい……」

「フェリックス氏はもともと、エンブリオ家に仕える魔術師でした」


 エンブリオ家?

 そうか、思い出した。

 彼はエンブリオ家の魔術指導を担当する家庭教師、つまり主人公パーティーの一人であるタクヤの師匠にあたるキャラだ。


「実はですね、レイヴァンスさん。ミラからこんな手紙を預かってまして……」

「ミラさんから?」


 カイロスの恋人であるミラから手紙とは、いったい……。

 疑問に思いながらも、彼から手紙を受け取る。


「実際にはミラからというより、フェリックス氏の恋人からの言伝です。ミラはフェリックス氏の恋人と縁があり、仲良くなりまして。それで、レイヴァンスさん宛ての手紙を託されたのだとか」


 カイロスから経緯を聞きつつ、手紙を読む。

 その内容に目を通した俺は、思わずため息が漏れた。

 あいつはまだ、こんなことして人に迷惑をかけているのか。


「さすがにこれは……呆れてしまう内容ですね。でも被害にあった人からしたら、とんでもない話だ」


 なるほど。

 なぜエンブリオ家に仕えるフェリックスが、魔術協会にいるのか理解できた。

 追い出されて、拾われたというわけか。


「了解だ、カイロスさん。この言葉、しっかりタクヤに伝えてくるよ」


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