第六十九話 ケットくんの正体
以前レックスが会ったという、ケットくんとはこの人物のことだろう。
リナリナの昔の顧客でもあったんだっけ。
確かにレックスの言うとおり、気配だけでも只者ではないことがわかる。
「わぁ! かわいいです!」
『待つのです、セレナ! あいつから魔族の気配がするのです。とても強い魔の力を感じるですよ』
「え? それって……どういうことですか?」
女神は他の人には見えないが、この場のみんなは事情を知っているので独り言ではないことも理解されている。
女神に警戒されたことを察してか、エリオットが経緯を語り始めた。
「少し前に君たちからケットくんのことを聞いて、興味が湧いたんでね。リナリナくんにお願いして彼に会わせてもらったんだ」
「私も最初はお断りしたんですけどぉ。でもケットくんもエリオットさんと話してみたいって言ったんで、まずは二人でお話させてみたんですよ」
二人がいきさつを説明し終えると、ケットくんが人差し指で宙に文字を描き始めた。
魔力を使った筆談、というわけか。
『ゆうしゃのみなさん、はじめましてニャ。ケットくんというニャ。なかよくしてくれるとうれしいニャ』
相変わらずの危険な気配は感じるのに、ずいぶんと人当たりのよさそうな挨拶だな。
『ぼくはまえからゆうしゃさんにあってみたかったニャ。おあいできてこうえい……』
筆談の途中で、エリオットがケットくんの頭をスポッと取った。
そこにあったのは、あごひげとオールバックという厳つい魔族の顔だった。
完全に俺の知っているキャラだ。
そうかそうか。
誰かと思ったら魔族四天王の一人、魔炎槍師イシュトバーンだったんだ。
「って! えええええぇええ!!」
つい、驚きの声をあげてしまった。
シャーロットも腰に下げていた剣に手を伸ばし、臨戦態勢に入る。
「……。人の顔見て、でけぇ声出すんじゃねぇよ。クソ無礼なヤロウだな」
眉根を寄せて、イシュトバーンが俺を睨みつける。
そのあとすぐ、エリオットがケットくんの頭を彼にかぶせた。
しばらくの沈黙ののち、ケットくんの姿に戻った彼が、指先で宙に文字を描く。
『いまのはわすれてほしいのニャ。ぼくもなかまにいれてほしいのニャ』
忘れろったって、忘れられるわけないんですけど……。
「ぶわーっひゃっひゃっひゃ! な! おもしろいやつだろ?」
突然、大口開けてエリオットが笑いだす。
なんかこの人、情緒がおかしいんじゃないか?
「エリオット総督。ご説明願えますか」
臨戦態勢を保ったまま、シャーロットが言った。
エリオットはしばらくシャーロットに目を向けたあと、ケットくんへ視線を移した。
「どうする? ケットくんでいく? 筆談めんどくね?」
『なら、きみからせつめいしてあげてほしいニャ』
「えー? めんどくさいなぁ。自分のことだろ、キミがしゃべれよ」
エリオットが再びケットくんの頭を取る。
「やめろコラ! てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
イシュトバーンが脅しをかけながら、取られたケットくんの頭を奪い返してかぶりなおす。
なんだかエリオットとイシュトバーン、距離感が近いような。
実はめっちゃ仲良しなんじゃないか?
「仕方ないね。どうも彼は人見知りがすぎるんで、僕から説明するよ」
エリオットが、いつもどおりに眠そうな目をこする。
「今、魔王城はユウダイたちが乗っ取った状態なのだそうだ。それで、魔王も連中の手によって幽閉されているらしい。彼らに逆らったイシュトバーンは魔族三幹部の座を剥奪され、命からがら逃げ出して今に至るというわけ」
だいぶ端折った感じはあるけど、だいたいのいきさつはわかった。
「それで、うちらの仲間になろうっちゅうわけか? 信じられるわけないやろ」
「俺はかまわないよ」
俺はメリッサのセリフに、かぶせ気味で答えた。
「はぁ? あんた、さすがにお人よしが過ぎるやろ。ついこのまえ騙されて勇者の剣を取られたん、忘れたんかいな」
「それを言われると弱いな。でも彼に関しては、大丈夫だと思う。エリオットさんとも打ち解けてるみたいだし、リナリナさんの過去の顧客でもあるわけだし」
もちろん、それだけじゃない。
ユウダイは俺を仲間に誘うとき、こう言っていた。
四天王に一人、空きがある……と。
グリムウィッチが一人目。あとはダイキとタクヤ。
イシュトバーンが魔族側いるのなら、彼が四天王最後の一人のはずだ。
このことから考えても、魔王城から逃げてきたというエリオットの説明とつじつまが合う。よって、少なくともユウダイたちと組んではいないと推測できる。
また、魔王が囚われているというのも、本当のことだと思えた。
グリムウィッチに騙されてしまったときの会話の中で、「魔王がユウダイの策略で幽閉された」という話が出てきた。
ウソをつくなら真実を混ぜるのが効果的だと聞いたことがある。
案外、この部分はウソの中にまぎれさせた、真実の部分だったのではないだろうか。
それにグリムウィッチやネクロクローと違い、イシュトバーンはゲームでも正々堂々とした敵だった。
そのうえ、彼は魔族の世界征服計画に興味もなかった。
野望を達成しようとする魔王のために、勇者たちと戦うことを選んだのだ。
彼は密かに、魔王を慕っている。
それだけの理由で動いていた彼のことだ。
ユウダイたちに捕らわれた魔王を助けるためなら、俺たちと手を組むことだって選びうるんじゃないか。
「ケットくん……で、いいんだっけ? 魔王を救うまでの同盟。その後、もし再び人間と敵対するなら、俺も容赦はしない。そんな感じの関係が望みか?」
『さすがゆうしゃさんニャ。ぼくもにんげんとあらそいたいわけじゃないニャ。まおうさまをたすけたら、にんげんとあらそわないようせっとくしてみるニャ』
「説得がうまくいったら、魔族と人間の共存も夢じゃないかもしれませんね」
俺が手を差し出すと、ケットくんがちょこんと着ぐるみの手を乗せてきた。
「いやいやいや、ホンマに大丈夫かいな」
「うーむ……。エリオット総督が連れてきたわけだし、信用したいとこだけど……。こればっかりはメリッサに同意だぜ」
マックスウェルも腕を組んで、顔をしかめる。
「レイさんの決めたことなら、私は信じられます」
その場の雰囲気をものともせず、セレナがそう言ってくれた。
『セレナ、だめなのですよ!』
「大丈夫です、セレスちゃん。レイさんなら魔族さんとも手を取り合っていけます。すごい人なんですから」
『簡単に騙されて勇者の剣を奪われるような愚か者なのですよ。また騙されるだけなのです』
だよね。とんだ失態だった。
完全に信じてくれているであろうセレナの気持ちはすごく嬉しいけど、こればっかりはセレスティアに返す言葉もないな。
「私もレイヴァンスの決断に従う」
シャーロットまで、きっぱりと俺に賛同した。
ワイワイとそれぞれ言い合っていたみんなが、彼女の言葉で沈黙する。
いつも俺の味方でいてくれるシャーロットだけど、初見の相手を信用するほど甘い人でもないからな。
たぶんみんな、意外に感じたんだろう。
「レイヴァンス。あなたは勇者として正しいと思うとおりにすればいい。イシュトバーンが少しでも変な動きを見せたら、私が斬る。そういうのは私が務めるから」
シャーロットの言葉に、俺は頷いた。
俺だって、ケットくんを完全に信頼しきっているわけじゃないんだ。
もしも魔族であるこの男との共闘が実現するなら、それこそ真の平和に一歩近づけるだろう。
しかし、だからと言って信頼しきって裏切られ、仲間が危険にさらされましたじゃ、シャレにならない。
最初から、ケットくんを監視する前提で受け入れるつもりだった。
ただ、俺は仲間に恵まれた。
その仲間の中に魔族であるイシュトバーンが加わる、そんな夢を見てみたいと思ったんだ。
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