第六十六話 自業自得


 俺は大きく深呼吸してから、勢いよく剣を振り下ろした。

 瞬間、斬られたダイキの体が光り出す。


 そして、放たれた光がダイキの体に戻っていくかのように収束していった。


「くそ、人間に戻っちまった! やべぇ!」


 固く閉じていた目を開け、ダイキがつぶやく。


 顔は人間の肌色に戻り、耳も尖っていない。

 見た目どおり、ただの人間に戻っていた。


 ミスティローズブレイドは悪を絶つ剣。


 魔族になった人間を斬ると、悪を増幅する魔族の肉体だけが死滅し、人間に戻るのだ。

 もっとも、完全な魔族になってしまうと人間に戻ることなどできない。


 ゲーム本編ではレイヴァンスが完全に魔族の体へと変貌したため、人間に戻すには遅すぎるという結末だった。


「な、なあ……レイヴァンス……。いや、レイヴァンスさん! 見逃してくれよ……もう二度と悪いことはしない! 誓うからさ」


 魔族だったころとは打って変わり、ダイキが媚びすがる。

 自分のしたことの重大さは、一応だけど理解しているらしい。


「キミのしたことが原因で、多くの人に迷惑をかけた。ガーディアニアだけじゃない。キミの身内のイグニス家も、責任追及は免れないだろう。ここまでのことをしたんだ。キミは責任を取らなければならない」

「い、いや……。ほんの出来心なんだ! ユウダイがどうしてもって言うから、付き合っただけなんだよ! なぁ、マジで頼むよ!」


 必死に懇願するダイキを、俺は直視することができなくなった。


 強大な力に溺れ、負けた場合のことも考えずに軽率な行動をとったというのか。

 あまりにも幼稚で身勝手で情けない。

 俺はダイキに目をそらすように、背を向けた。


 そのとき、王の間のドアが勢いよく開いた。


「レイヴァンス! 術者は?」


 一番に駆けつけてきたのは、シャーロットだった。


 そのあとすぐオリヴィアとリナリナが王の間へとたどり着き、次いでレックスも駆けつけてきた。

 ダイキを倒したことで、アンデッド化された城の人間が解放されたらしい。


「術者は……倒したよ」

「やっぱり、そうだったのね。城の兵たちの動きが鈍くなって統一性がなくなったから」


 俺の後ろで拘束されたままのダイキに目を向けながら、シャーロットが言った。

 ダイキはシャーロットに睨まれて恐怖を感じたのか、「ひ!」と小さな悲鳴を上げた。


「さすがはレイヴァンス殿。今、城の者たちをセレナ殿が治療して回っているところです」


 どうやら騎士団やメリッサたちは、セレナと一緒にいるらしい。

 ガーディアニアが正常化するのも時間の問題だろう。


「レックスさん。彼が新しい術者でした」

「に……人間?」


 レックスが驚いたように、目を見開く。


「彼は聖王都の分家である、イグニス家の長男。魔族に変貌していましたが、勇者の剣で人間に戻すことに成功したんです」

「な、なるほど。話に聞く、ユウダイという男の仲間ですね」

「彼は……ダイキはどうなりますか?」


 俺の気持ちが沈んでいることに気付いてか、レックスが重苦しい声で答える。


「極刑は……免れないでしょうね」


 やはり、そうなるよな。


「いやいやいや……。んなわけねぇじゃん。さすがに、そりゃねぇっしょ。もともと城の連中を操ってたのは別のやつで、俺は引き継いだだけだぜ」


 そこまでの罪を予想できていなかったのか、ダイキが弁明を始める。


 魔族に加担し、ガーディアニア城の人間を操って世界を混乱に陥れようとした。

 ましてや一国の王や要人を操り、愚弄した罪は重いのだろう。


 人間に戻すことで、こうなるかもしれないことは予想していた。


「ふざっけんな! 俺はイグニス家の人間だぞ! 極刑なんて、それこそ許されるわけねえ! 親父がだまってねえぞ!」

「イグニス家は……聖王都は……もうかつての権威性を失いつつある。おまえたちのせいでな……」


 別にこいつのことを許そうなんて思っているわけじゃない。

 だけどこいつらは後先考えずにバカなことをしてしまう、思春期の不良みたいなものだ。

 極刑ともなると、さすがに心が痛む。


「い、いやだ! 死にたくねぇ! レイヴァンス、助けてくれ!」

「自業自得だよ……」

「だから、ほんの出来心って言ってんじゃん! レイヴァンスさん! レイヴァンス様! あんた勇者じゃん! 勇者のお願いなら、みんな聞いてくれるはずじゃんよ」


 もはや魔族だったころの邪悪さなど微塵もない、ただただ命乞いする一人の無様な男でしかなくなっていた。


「本当に反省してます! だから、助けてくれ! 助けてくれよ……レイヴァンス……頼むよ……」


 ダイキの声が震えている。


 それほどまでに後悔するなら、なぜ悪事に手を染めたんだ。

 キミが前世で俺に被せてきた自業自得とはわけが違う。本当の、本物の自業自得じゃないか。


 俺は振り返り、ダイキのもとへと歩んでいった。


 ちょうどそのとき、ガーディアニアの王がダイキの側まで接近していた。


「しまった! レイヴァンス殿、王はまだアンデッドのままです!」


 レックスが声を荒げる。


 術者のダイキを無力化したことで、今の王は食欲だけで動き回るアンデッドの状態になっている。

 どうやら身動きが取れないでいるダイキに目を付け、噛みつくつもりらしい。


「ひえ!?」


 そばに迫っているアンデッドに気付き、ダイキが情けない悲鳴を上げる。


 王だけでなくアンデッド化している他の人間も、うめき声をあげながらダイキを目指して迫りつつあった。


 俺は素早くダイキの前に立ち、自分の腕を前に差し出した。

 その腕を王が噛みつく。


「レイヴァンス殿、何を?」

「レックスさん。さっきまでのダイキは、今の王と同じでした。魔族に変貌して邪神の力を得た彼は、人間の心を無くしていたんです。邪神の力に心を奪われていたんです。もちろん罪のすべてを帳消しにはできない。しかし、情状酌量の余地は残されているのではないでしょうか……」


 その場のみんなが沈黙し、アンデッドと化した王や要人たちの荒い息だけが聞こえてくる。


 しばらくして、レックスが素早く王の後ろへと回り込み、王の頭を掴んで俺の腕から引きはがした。

 そのまま首筋に当て身を加えると、王がその場に倒れて動かなくなった。


 他のアンデッドたちも同様に、シャーロットとリナリナが次々と倒していく。


「わかりました、レイヴァンス殿。彼が極刑というなら、勇者を襲ってしまった王の罪まで追及せねばならなくなります。私の一存だけで彼の罪をどうこうできるわけではありませんが。情状酌量について配慮するよう、自分から進言してみます」

「ありがとうございます」


 レックスに礼を言ってから、俺はダイキのほうを振り返った。


「俺にできるのはここまでだ。キミが罪を償って、真人間になることを願ってる」


 それだけ伝えて、俺はその場から立ち去った。


「レイヴァンス……レイヴァンス……ありがとう……すまねぇ、ありがとう」


 俺が王の間から去っていくまでの間、ダイキは泣きながら謝罪と感謝の言葉をつぶやき続けていた。


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