第六十五話 前世のころから知っている


 ダイキは壁からはがれて床に倒れた。

 しかしヤツは何のダメージもないかのように、スクっと立ち上がって見せた。


「この程度のまぐれ当たりで、いい気になるなよレイヴァンス……効かねぇんだよ、そんな攻撃よぉ!」


 やはり倒すには……斬るしかないのか。


 ダイキは再び魔力の炎を剣にまとわせると、剣を振って炎の斬撃を飛ばしてきた。

 飛んでくる炎の刃を魔法防御で受け止める。


 それでも重い衝撃が体に伝わってきた。

 しかし、これはチャンスでもある。


 この距離なら飛んでくる刃をかわすことが可能だし、魔法を詠唱する隙だってできる。


 そう考えて俺が手で印を結ぶと、ヤツは第二、第三の刃を飛ばしてきた。

 両手がふさがって受け止めることができないので、かわしながらどうにか詠唱を始める。


「闇と次元の交わる地に我が声を響かせ、鎖を紡ぎ出さん」

「させるかよ!」


 炎の刃をやめて、ダイキが一気に間合いを詰めてきた。

 あとは魔法を放つだけだったのに。


 俺は後ろに飛び、ダイキの振り下ろす剣を紙一重でかわした。やはり剣筋は単調で読みやすい。

 とはいえ、こちらも体力の限界は近いぞ。

 こんなスピードの攻撃を延々と続けられたら、俺は間違いなく負ける。


 もう迷っている暇はない。

 先ほどと同様、先読みしやすい方向へヤツを誘導して……次は斬る。


 俺は再び剣を構え、ヤツの動きに意識を集中してタイミングを計った。

 するとヤツは、動きを緩めて後方へと下がった。


「あぶないあぶない。またカウンター食らうとこだったぜ」

「く!」


 さっきの一撃で警戒されたか!


 俺は間合いを詰めて、剣を振り下ろした。

 しかし距離が遠く、簡単に後方へと逃げられてしまった。


「もうさっきの手は食わねぇ。これならどうよ」


 ダイキは剣を持ち上げて、チラリと斜め後ろへと顔を向けた。

 その方向にはガーディアニアの王や要人たちが、身動きせずに立っていた。


「動くなよ。動けばあの人間どもの命はねぇぜ」

「ひ、卑怯だぞ!」

「バカだねぇ。魔族になった俺には、こういう奥の手も使えるってわけ。オラ、剣を捨てろ」


 仕方なく俺は、言われたとおりにミスティローズブレイドを床へ捨てた。


「うひひひひひ! 勇者はつらいねぇ! それにしてもおまえ、俺がここまでするってことまでは読めなかったんか?」

「万事休すか……」

「ひゃーっはっはっは!」








「なんてな。おまえはそういうこともするやつだって、前世のころから知っている」

「は?」


 再び手で印を結ぶ。

 詠唱はさっき済ませた。あとは魔法を唱えるだけだ。


異界結縛ディメンション・エンスナー!」


 ダイキの周囲に複数の黒い魔法陣が浮かび上がる。

 その魔法陣から闇の鎖が飛び出し、ダイキの手と身体に絡みつく。


「詠唱の内容がどんな魔法を呼び起こすものなのか、少しは勉強すべきだったな」

「な、なんだこりゃ!」

「事前に罠として仕掛けておくタイプのトラップ魔法だよ。レベルの高い戦い方をする人間や魔族を捉えるのは難しいけど、本能で動く魔獣相手なら使える」


 アビスサーペントに使ったときは、数秒ほど補足するだけで精一杯だった。

 しかしダイキがいくらパワーアップしたとはいえ、力だけならアビスサーペントより格下だ。


 そもそもゲーム上で、アビスサーペントを越えるパワーを持つキャラは存在しない。

 それにダイキは今、片腕をあげた状態だ。

 その態勢で鎖を引きちぎるのは、なかなか難しいだろう。


 少なくとも、剣でとどめを刺すくらいの時間は余裕で稼げるはずだ。


「て、てめぇ! まさか、すべて計算だったってのか!」

「キミはユウダイを手のひらで転がしているつもりでいるみたいだけど。キミもずいぶんと扱いやすいヤツだったよ」


 もし最後まで接近戦で勝負を挑まれたら、俺も決死の覚悟でカウンターを狙うしかなかったのだ。

 だがダイキが遠距離攻撃を仕掛けてきた時点で、カウンターを警戒しているのはわかっていた。


 魔法の詠唱を始めれば焦って間合いに入り、潰しにかかることも予想していた。

 そこでもう一度、カウンターを狙う素振りを見せる。

 そうして遠距離も近距離も危険を伴うことを、ヤツにしらしめたわけだ。


 その結果、ダイキは思ったとおり勝負を避けた。

 そんなやつに残された手段なんて、人質作戦くらいのものだろう。


 俺が最後に放った苦し紛れのような剣での攻撃も、魔法の罠を仕掛けた場所へ誘導するためのものだったのだ。


「キミが勝負を逃げた時点で、俺の勝利は確定した」


 俺は身動き取れないでいるダイキのもとへと歩き出した。


 斬るのはやはり、心苦しい。

 だが、斬るしかない。


『レイよ。おぬしのことだ。いくらあんなやつだとて、殺したくはない。そう思っておるのだろう。しかし大丈夫じゃ。ヤツはまだ完全な魔族になりきれておらぬ』

「わかっているよ。それでも、斬ったあとの結末を想像すると……やはり心苦しい」


 剣が届く距離まで俺が近づくと、ダイキはさらに体を揺らしてもがきだした。


「ぐ! くそ! てめぇ、やめろ! やめてくれぇええええええ!」

「魔族にまでなって人々を苦しめるキミを、放っておくわけにはいかない!」


 ミスティローズブレイドを構えると、ダイキはぎゅっと目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る