第六十四話 速さ、力、魔力100点


 ダイキが剣で攻撃をしかけてくるタイミングを見計らい、俺も合わせるように後方へと剣を振った。

 ようやくではあったが、ヤツの剣を弾き返すことに成功する。


 ヤツはのけぞって、バランスを崩しながらも着地した。そして徐々に速度を緩めながら、動きを止めた。


「やっぱ強えなおまえ。人間にしては、だけど」


 魔族に変貌したダイキを見ていると、前世の感情が蘇ってくる。


「ダイキ。ちょっとだけ変わったな」

「あ? 馴れ馴れしく俺の名を呼ぶんじゃねぇよ。てか、何が言いてぇ」

「以前はユウダイの陰に隠れて、もっと上手く人をいたぶっていたのに。魔族になって邪神の力で好き勝手やって。そんなことしても、破滅するだけじゃないか」


 ダイキは眉根を寄せて、俺を睨みつけてきた。


「そりゃゲームの場合の話だろ。現実は結果がすべて。おまえがいい例じゃねぇか。本来なら魔族になって倒されるおまえが、よりにもよって勇者になった。なら、魔族になった俺たちの勝利もアリってことじゃんよ。こうして邪神の力を持ってみると、負ける気が全然しねぇんだわ、マジで」

「もうキミたちは、完全に人間の敵だよ。それで勝って、その先に何がある?」

「知ったような口ききやがって。魔族になっちまえば、もう人間なんてどうでもいいんだよ。どのみち人間はユウダイに支配されるんだからな」


 もはや人間を捨てて、世界に厄災をもたらす存在になってしまったのか。


 俺がこいつらを挑発しなければ、こんなことにはならなかっただろうと思う。

 こいつらの暴走の原因は、やっぱり俺にあるのかもしれない。

 だけど人々を苦しめる存在になってしまったというなら、こいつを倒さねばならない。


「以前も言ったはずだよ、ダイキ。おまえたちが今後も俺たちの前に立ちはだかるのなら、勇者として相手をしてやるって」


 ダイキの眉がピクピク動き出す。

 その表情から、苛立っていることがうかがえた。


「やってみろや! このクソ闇属性がぁぁあああああ!」


 雄たけびを上げると、再びヤツは高速で動き回りながら距離を詰めてきた。


 先ほどをも上回るスピード。もはや目で追いかけることなどできない。

 仕掛けてくる剣の威力も、ヤバいくらいに強力だ。


 おそらくシャーロットよりも速く、オリヴィアをもはるかに上回るパワーだろう。

 そんな攻撃を、俺はギリギリで受け止めた。


 生身で受けることはできないため、魔法による防御も上乗せする。

 しかしそれでも、攻撃を受けるたびに衝撃が俺の体を突き抜ける。

 一撃でもまともに食らったら、おそらく即死だ。


 神経を研ぎ澄ませて、ダイキが攻撃してくるタイミングを計る。


 左斜め前方から来る!


 一瞬の殺気と自分の勘だけを頼りに、カウンターで剣を振る。

 しかし、かすめることすらできずに避けられてしまった。

 ヤツの動体視力と身体能力が、人間ではありえないレベルまで上がっている。


 次は後方からだ!


 さすがに攻撃を返すことはできず、受け止めるのが精いっぱいだった。

 ヤツが仕掛ける瞬間を察知してからの反撃では遅すぎる。

 かといって山勘だけで剣を振り回すのは自殺行為。


「くそ! どうすればいいんだ!」


 何度も後ろに回り込まれ、強力な斬撃が振り下ろされる。

 反撃を捨てて防御に全神経を注がなければ、耐えきることができなかった。


「ひゃっはー! どうしたオラ! さっきは上等かましてくれたじゃねぇの! 俺を倒せるもんなら倒してみろや!」


 高速で動き回りながら、ダイキが高笑いする。


 再び後ろからヤツの剣が振り下ろされた。

 ギリギリでガードするも、体制が崩れてよろける。


 完全に防戦一方。


 足の力が抜け、床に膝をつきかける。

 どうにかしのいでいたが、もはや体力的にも限界が近かった。


 そんな俺とは対照的に、ヤツの勢いは衰えるどころかスピードがさらに増している。


「ぐ! ここまでか……」


 ついに俺は膝をついてしまった。


「やっとあきらめたか! なら死ねや!」


 やばい!

 もうコイツのスピードに反応するだけの力が……。






「なんてな」

「へ?」


 俺は素早く半身になって、真後ろから振り下ろされたダイキの剣を避けた。

 すかさず剣の束を持った手で、ヤツの横顔を殴り飛ばす。


 高速で動いていただけに、殴られたダイキは勢いに乗って部屋の壁まで吹き飛んでいった。


「スピード100点。パワーも100点。魔力も100点。だが……」


 そのまま激突し、ヤツの体が壁にめり込む。


「剣の基礎も闘いの駆け引きも0点だ」


 普通に考えれば、あれほどのスピードと威力の攻撃を繰り出してくる相手に対応するのは至難。

 だがこいつはもともと、ろくに修行なんてせず生きてきた男だ。

 剣の振り方も攻撃のタイミングも単調で、素人ならではの動きといった感じだった。


 そこでまず、正面から来た攻撃に対しては無理やりにでもカウンターを仕掛けていく。

 何回かそうすることで、ダイキは正面からの攻撃を嫌うようになった。


 徐々に後方からの攻撃が多くなっていったのが、いい証拠だ。


 その段階で俺は防御のみに注力し、かろうじてだがヤツの攻撃をすべて受け止めた。

 本当にかろうじて、だったのだ。

 しかし仕掛ける側としては何度もガードされると、同じ攻撃は通じないという印象が深層心理に刻まれる。


 そこまできたら次の一手。

 真後ろからの攻撃にだけ、あえてよろめいて見せた。


 一番効果の高い攻撃は真後ろ。

 そんな印象を与え続けたうえで膝をつけば、ヤツは真後ろからとどめを刺しに来る。


 読みどおりの攻撃を仕掛けてくれば、速かろうが重かろうが関係ない。


「いくら邪神の力を手に入れたって、扱う者がキミじゃ宝の持ち腐れだ。俺には勝てないよ」

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