第六十話 決行


 俺たちはリナリナの案内で森の中を進み、城内につながる隠し通路の出口へと向かった。


 同行者は予定どおりシャーロットとオリヴィア、案内役のリナリナ。そして俺の四人だ。


 アンデッド化の治療は、レックスの部隊とともにいるセレナが行う。

 俺たちの役目は、人間をアンデッド化して操っている諸悪の根源を断つこと。


 操られているアンデッドは正常時の人間の動きと近く、それなりに機敏らしい。

 しかし術者の魔力から解放されたアンデッドは動作も鈍くなり、本能だけで動くようになる。

 だから術者を倒せばレックスたちの戦いも楽になり、アンデッドの治療も格段にやりやすくなるだろう。


 ちなみにメリッサとニックは、レックスたちの部隊と行動をともにしている。


 腕相撲対決はニックが勝利し、レックスもしぶしぶ同行を認めた。

 純粋なバトルでの勝負ならレックスに分があったかもしれないが、腕力はニックのほうが上だったようだ。


 敗れたときの、レックスの悔しがる顔といったらもう。


「この戦いが終わったら再戦だ! 逃げるなよ」


 ニックを指さして、目をギラギラさせていたな。


「いつでもこいや!」


 なんて、自慢の上腕二頭筋を見せびらかしながら、ニックも彼に応えてたっけ。

 案外、あの二人に奇妙な友情が芽生えるかもしれない。


 それにしてもまさか、男全員強制参加の腕相撲大会にまで発展するとは。

 主催者の俺まで参加させられちゃって、騎士団の人に負けちゃったんだよね。

 ちなみに優勝者は、唯一の女性参加者だったオリヴィアだ。

 本当に女なのか、この人。


 昨日の熱い戦いを思い返しつつ、森の中を歩き続ける。


「ここですね」


 リナリナがそう言ってかがみこみ、地面の土を払った。

 すると、鉄製の取っ手のようなものが出てきた。


 その取っ手を両手でつかみ、彼女がよいしょっと力を込めて引き上げる。

 だいたい人が一人分通れるほどの正方形の穴が現れた。

 下りるためのはしごもある。


 まず俺が先陣を切って下りていった。はしごを下りきったら闇の炎を手に召喚し、あたりを照らす。

 壁と天井はしっかりと板で舗装されており、炭鉱のような洞穴になっていた。


「もう少し先にいくと、明かりをともすための魔具があります」


 リナリナが洞穴の先を指さす。その指先の暗がりに、無数の赤い光が見えた。


「あらま。もう魔獣たちにかぎつけられたみたいですよ」


 薄暗いので数を把握するのは難しいが、気配から察するに十数体といったところか


「問題ない。一気に突破しよう」

「ふふ、レイヴァンスよ。ずいぶん頼もしくなったな」


 俺の言葉に、オリヴィアが微笑する。


「レイヴァンスは強くなった……もともと強かったけど、心も強くなっている。吹っ切れたみたいね」


 シャーロットもうなずきながら、そう言ってくれた。


 そうなのかな。

 聖域へ向かうまでの俺は、なんとなくの流れでみんなについていった感じだったけど。

 今はもう、自分が勇者になったことの責任を感じている。その違いかもしれない。


「それじゃあ、突っ切るか!」


 掛け声とともに俺たちは、魔獣ら目掛けて駆け出した。



 * * *



 レイヴァンスたちが隠し通路に入ったちょうどその頃。

 レックスたちの部隊はガーディアニア城の城門前にたどり着いていた。


 予想どおり、城に残っていた騎士団たちが城壁を背にして待ち構えていた。

 城壁の窓には、弓矢を構えている兵士たちも見える。


 セレナは恐怖で足が震えていた。


 これまではレイヴァンスや仲間たちが守ってくれていた。

 だけど一緒に戦いたいと言った以上、もう守られるだけではいられない。

 自分も闘いに参加するのだと思うと、こちらに向けられた弓矢が今まで以上に他人ごとではないと実感する。


「裏切り者の反乱兵ども! まさか自ら姿を現すとはな。今日こそ息の根を止めてくれようぞ!」


 向こうの騎士団の隊長らしき人が叫んだ。

 その声に、セレナの肩がビクッとすくむ。


「あいつら本当にアンデッドかいな。なんや、しっかりしゃべっとるんやけど」

「だからこそ、みな騙された。王がアンデッドにされている裏付けが取れたあとでさえ、王に従う者のほうが圧倒的に多かった。しかし、目をよく見れば分かる。正気の目じゃない」


 レックスは悔しそうに、かつての仲間たちを睨みつけていた。


 とにかく、今叫んだ人も騎士団の人たちも、矢を向けている人たちも。

ここにいるのは敵じゃない。


 彼らを救えるのは、女神の力を持つセレナだけなのだ。


「嬢ちゃん、心配するな。あんたは聖水を連中にぶっかけることだけ考えりゃええ」


 ニックの励ましが、とてもありがたかった。

 胸に手を当てて、大きく深呼吸をする。


「行くよ、セレスちゃん」

『まかせるのですよ』


 セレスティアを連れて、セレナはレックス部隊の先頭へと歩んでいく。


 城壁の小窓にいる兵士が、弓を引いて今にも矢を飛ばすそぶりを見せる。

 城壁前にいた騎士団たちも、今にも突撃してきそうな姿勢で構えだした。

 それに連動し、レックスたちも構えだす。


 しかしこちらは、相手の攻撃からセレナを守ることのみに注力する作戦だ。


「聖なる水よ、死せる者に命をもたらさん」


 セレナが詠唱を始めると、セレスティアが光に包まれて宙に浮いた。


聖なる水の救済セントアクアレヴァイヴァル!」


 セレナとセレスティアが同時に両手を前へ突き出す。


 その手から噴き出したのは水というより、一陣の風のようだった。

 聖水は一瞬にして城門前の騎士団へと届き、城壁にぶつかって砂煙を巻き上げた。


 時が止まったように、その場の全員が固まる。


 しばらくして、城門前には雨上がりのようなきれいな虹が浮かび上がった。

 その直後、アンデッドになっていたであろう騎士たちが、バタバタと倒れていった。


「す……すっげぇ……」


 マックスウェルが、思わずといった感じでつぶやく。

 そして数秒ほどの静寂ののち、レックス率いる騎士団のみんなが喜びの声を上げた。


「やったぞ!」

「これでみんなも元に戻る!」

「奇跡だ! 奇跡の力だ!」


 口々に叫びながら、作戦の成功を喜びあった。


「セレナ殿、あなたのおかげで我が国は救われます。本当に、いくら感謝しても足りません」

「いえ、これもセレスちゃんのおかげです」

「女神様のことですね。私には見えませんが、さぞかし美しいお姿なのでしょう」

「ふふふ。そうなんですよ、とってもかわいいんです」


 そう言ってセレナは、側にいるセレスティアへと目を向けた。

 すると、なぜか彼女は考え事をするような難しい顔をして、城壁のほうを睨んでいた。


「どうかしましたか、セレスちゃん」

『おかしいのです。アンデッド化の治療が、完全じゃないのです。あの人間たちの体内に、ほんの少しだけですがアンデッドの毒素が残っちゃってるですよ』

「そ、それってどういうことですか?」

『アンデッド化して操っている術者の魔力が、とっても強いからかもしれないのです』


 操っている術者の強力な魔力に弾かれて、聖水の効果が弱まったということらしい。

 しかも操る人間が多いほど魔力を分散して振り分けないといけないため、一人の人間に使う魔力量の割合も少なくなる。

 にも関わらず、これだけ多くの人間が操られていながら完治できていない。


 もし今の術者が、大勢ではなく少人数をアンデッド化して操ったら。

 最悪の場合、聖水がまったく効かないこともあり得るという。


『それだけたくさんの魔力を持つなんて、普通の魔族じゃないのです。邪神に近いくらいの魔力かもしれないのですよ』

「そ、そんな……」


 邪神に近いほどの魔力を持った術者が、城の中にいる?


「レ……レイさん……」


 城の中へと突入しているであろうレイヴァンスの身を案じ、セレナは祈るように手を組んで城を見上げた。


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