第五十九話 決戦前


 俺たちはレックス騎士団が潜んでいるアジトにたどり着き、無事に合流を果たした。

 どうやら大変な目にあったというリナリナも、以前と変わらない明るい笑顔を振りまいている。


 再会したときの彼女は、まだケガが完全には治っていなかった。

 しかし今は、セレナの持つ聖女の力によって完治している。

 回復系魔法があると、やはり助かるな。


 俺は遺跡の少し高いところに立ち、みんなの顔を眺めた。


「みなさん、聖水は無事に手に入りました。これでガーディアニアを正常化できるはずです。これもみなさんのがんばりのおかげです」


 その言葉でガーディアニアの騎士団から「おぉ!」という感嘆の声が漏れた。


 まさか俺がお偉い騎士たちを相手に、こんな演説をすることになるとは。

 本当はこういうのは、オリヴィアのほうが適任な気もするけどね。


 ここから先の戦いは、勇者の力が勝利へのカギとなる。

 だから勇者を中心に据えたほうが、全員の志気も上がるだろうとのことだ。

 一応、相談役として俺の側にはオリヴィアとシャーロットがついてくれている。


「リナリナさん。危険な目にあったと聞きました。無事で本当によかったです。その辺の経緯も含めて、ガーディアニア城の状況を報告いただけますか?」

「はいはぁい」


 元気よく手をあげて、リナリナが説明を始めた。


 話によると、ガーディアニアの城内で王たちを操っていた術者が、別の者に入れ替わったらしい。

 後任の術者は以前の術者よりも魔力がはるかに強く、操られる人間の数が一気に増えたという。


「つまり! 今のガーディアニア城の中はですねぇ、アンデッドの巣のようなものなんですよぉ。もう城というよりダンジョンなんですぅ」


 リナリナの報告に、騎士団がざわめく。


「な……なんということだ!」


 悔しそうな顔でレックスがうつむき、拳を握った。


 城内に潜伏していたリナリナは身の危険を感じ、事前に探し当てていたガーディアニア城の抜け道を通って逃げ出したのだ。


「ところが! その抜け道の中が魔獣だらけ! しかも、かなり強力なバケモノもウヨウヨ。もう死んじゃうかと思いました。そのとき、ケットくんが颯爽と現れて、助けてくれたんです」


 身振り手振りを交えながら、彼女が武勇伝を語る。


「ケットくん?」


 知らない。

 そんなやつ、ゲームで出てきたっけ?


「シャーロット、知ってるか?」

「いいえ……」


 小声で確認を取る。


 俺よりもこの世界に詳しいであろうシャーロットでさえも知らないとは。


 いったい、どうなってるんだ。

 聞く限りモブとは思えない、重要ポジっぽいキャラなのに。


 大きくシナリオがずれているとはいえ、まったく知らないキャラがでてきたのは初めてだ。


「あの着ぐるみの、ふざけた者のことですね。やはり……何者かは答えられないのですか?」


 質問を投げたのはレックスだった。

 どうやら彼はリナリナとの合流の際に、ケットという人物と会っているらしい。


「過去のお客様です。でも、これ以上は守秘義務があるのでノーコメント。私はお客様の秘密は漏らしません。信用第一ですから」

「わかりました、リナリナさん。これ以上の追及はなしですね。だからこそ俺たちの情報もあなたから漏れていないと、信じることができます」

「さすがは勇者様。わかってらっしゃいますです。今後とも、ご贔屓に」


 彼女は少なくとも、仕事の依頼を遂行している間は顧客の不利益になることは行わない。

 それはゲーム内での彼女の行動から見ても、かなり信頼度の高いことだ。


 もっとも、依頼が終わって契約が解かれたら、その先は敵側につくことも考えられなくもないんだけど。


「それはさておきですね。抜け道の中の強力な魔獣は私とケットくんでそれなりに倒してきたんで、行動するなら今がチャンスですよ」


 ケットという人物も、相当な腕前のようだ。


「わかりました。ぐずぐずしていると、敵も体制を整えるでしょう。これから、ガーディアニア城奪還の段取りについて説明します」


 事前にオリヴィアたちとも打ち合わせしておいた作戦を、俺からみんなに伝える。


 ガーディアニア騎士団は現在、レックス率いる反乱軍と王に逆らえず城に残った者たちで二分している。

 正面から向かえば、城に残っている騎士団や警備兵が立ちふさがるだろう。

 その騎士団たちは、レックス率いる部隊に引き付けてもらう。レックス自身も希望してのことだった。


「今の王の状態を説明し、彼らをもう一度説得してみます」

「城に残った騎士団も、アンデッド化してますよ」


 レックスの言葉に、リナリナが割って入った。


 以前は、アンデッド化しているのは王と要人のみだったはずなのに。後任の術者は、よほどの魔力の持ち主らしい。


「そこはセレナの出番だ。騎士団と対峙したら、すぐに聖水をかけてくれ」

「はい! がんばります!」


 一緒に戦うことを選んだセレナの声は、とても力強い。

 とはいえ快く返事をくれるセレナとは対照的に、隣でジト―っと俺を睨むセレスティアがいるんだけど。


 まあでも、セレナにはなついているし。

 俺を嫌っているのは相変わらずのようだが、作戦には協力してくれるだろう。


「城の兵をレックスさんたちが引き付けている隙に、別動隊が抜け道を通って城内に忍び込み、術者を倒します。その役目は俺とシャーロットとオリヴィアさん。案内役として、リナリナさんに同行をお願いしたいです」

「了解しましたぁ!」

「魔術協会のマックスウェルとカイロス。あとメリッサとニックは、セレナの護衛としてレックスさんの部隊と行動してください」

「オーケー、任せろ」

「任せとき!」


 マックスウェルとメリッサが、同時に返事をした。


「ところで。あたりまえのようにこの場にいますが……。魔術協会の使者はさておき、そこの女と男はどこの馬の骨ですか?」

「さっきも言うたやないかい! うちらも仲間や。いうなれば、勇者パーティーの一員っちゅうこっちゃ」


 どうもレックスは、メリッサとニックの参戦を快く思っていないようだ。


「おい、兄ちゃん。馬の骨かどうか、試してみるか?」

「まるでチンピラだな。おまえのようなヤツが参加しても、無駄に命を落とすだけだ」


 こんな感じになることは、ある程度予想してはいたんだけどね。


 メリッサはこれから戦いに行くとは思えないような露出の多い恰好だし、ニックは何というか人相悪いし。

 そもそも海賊なわけで、レックスとは真逆の人種だもんな。


 俺はその辺にあった、高さ一メートルほどの木箱を魔法で引き寄せた。

 ニックを助けたときに使った重力魔法の応用だ。いい使い方を覚えたな、便利なもんだ。


「はいはい、じゃあレックスさんとニックさん。こちらへどうぞ」


 今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気の二人を呼び寄せ、木箱を挟んで向かい合うように立たせた。


「ここは平和的に、腕相撲といきましょうか」


 俺の提案に、二人はどうにも不満げな表情を見せた。


「よっしゃ! いてもうたれニック!」


 乗り気じゃない顔をしていたニックだったが、メリッサの言葉で火が付いたように不敵な笑みを浮かべ、指の骨を鳴らす。


「バカバカしい……」

「なんじゃ。大口叩いといて逃げるんかい。騎士様もたいしたことないのう」

「なんだと?」


 おっと、レックスもやる気になったようだ。


「いいだろう。自分が勝ったら、きさまは家に帰っておとなしく寝てろ」

「ワシが勝っても、おどれにゃ何も要求しねぇ。かわいそうじゃからのう」

「吠えてろ、バカが」


 こうしてレックスとニックの、男をかけた対決が始まった。



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