第八章 ガーディアニア城の死闘
第五十八話 謎の実力者・ケットくん
レックスのもとに吉報が届いた。
聖女は女神の力を得て、聖水も無事に入手できたとのことだ。
オリヴィアとの連絡係として、ガーディアニア騎士団の一人が港町に待機していた。
その連絡係の騎士が無事にオリヴィアと接触し、届けてくれた報告だった。
そして彼女らは現在、騎士団がアジトとして隠れ潜んでいる遺跡へと向かっているらしい。
しかしレックスは二人の部下を連れて、アジトを一時的に離れていた。
良い報告を受けた一方で、リナリナからは不穏な緊急連絡を受けたのだ。
リナリナとの連絡は、伝書バードと呼ばれる手乗りサイズの小鳥を使って行っている。
この鳥は連絡用として訓練された、リナリナのペットだ。
鳥の足に結ばれた紙を外したら、鳥は二パターンのどちらかの行動をとる。
紙を外したあとも、小鳥はその場で待機。これが一つ目のパターン。
リナリナが返信を要求している場合の行動で、返信用の紙を小鳥の足に結びつけるまで待っているというわけだ。
もう一つは、紙を取った瞬間に小鳥がすぐさま羽ばたいて、去っていくパターン。
これはリナリナが一方的に連絡を取る場合の行動で、返信不要という意味を現す。
伝言の紙を小鳥から受け取った兵士の報告によると、すぐに羽ばたいていったとのことだった。
『レックスさんへ♡
ガーディアニアの城で死にかけちゃいました。
でも知り合いの人が助けてくれて、傷の手当もしてもらっちゃってます。
それでレックスさんと合流したいんですけど。
さすがにわたしの知人とはいえ、ミッションに関係ない人を連れてアジトに行くわけにもいかないです。
地図を同封するんで、迎えに来てもらえますか?
♡リナリナより♡』
紙にはこのようなことが書かれていた。
そんな経緯でレックスは今、地図を頼りにリナリナのもとへと向かっているのだ。
「リナリナ殿は大丈夫でしょうか」
「死にかけた、とあったからな。確かに心配だが……。手紙の内容を見る限り、とりあえずは無事なはずだ。しかし、一緒にいるのは何者だろうか。そっちのほうが気になる」
知人とあったが、どのような人物なのか。
リナリナほどの達人を手助けできる者となると、その人物も相当な腕前なのではないだろうか。
「とにかく、リナリナ殿を迎えてオリヴィア殿とも合流する。ついにガーディアニア奪還に向けて動き出すな」
「正直、ホッとしています。闇属性の男が勇者として選ばれたと知ったときは、どうなることかと思いました」
一人の騎士が、肩をすくめながらレックスに言った。
確かにレックスも、レイヴァンスの属性を知ったときには同様の不安を抱えていた。
私怨を抜きにしても、闇属性の者が聖域に入れるのだろうかと。
しかし彼に助けられて、その考えは吹き飛んだ。
「彼は素晴らしい青年だよ。闇属性に対する世間からの偏見にも腐ることなく、正しくあり続ける。ただ強いだけの人じゃない。自分は、身をもって知った」
四天王ネクロクローとの戦いで見せたレイヴァンスの剣技は、魅了されるほどに素晴らしいものだった。完全に自分を超えていたと、レックスはそう認めざるを得なかった。
なのに不思議と、劣等感を感じない。
不思議な青年だ。
最初に会ったときは、あんなにも拒絶していた人なのに。
レイヴァンスという男を応援したい、もっと多くの人に認めてもらいたい。今はそう思っているのだ。
* * *
リナリナが出迎えるよう地図で指定した場所は、森の中にある一軒の小屋だった。
「あそこですね」
一人の兵士が小屋を指さしながら、前を進んでいく。
「待て……。リナリナ殿以外にも誰かいる」
「ですから、それは彼女を助けたという人物なのでしょう」
「ああ。だがこの気配、只者ではない。しかも、何か危険な気を感じるのだ」
レックスが警戒するよう促すと、ともに連れてきた二人の顔にも緊張感が浮き出た。
手で小屋を取り囲むよう指示を出し、部下の二人が移動する。
それぞれ位置についたのを確認してから、レックスは気配を断って小屋へと近づいていった。
そして小屋の壁に張り付き、中を覗き込もうと顔を窓のほうへ寄せていった。
と同時に、ナイフが窓の枠に突き刺さった。
レックスの顔のわずか数センチ手前で、窓枠の板を貫通したナイフの刃がかすかに震えている。
「覗きですかぁ。そういうプレイをお望みですね。300Gいただきまぁす」
窓を開けたリナリナが、にっこり微笑む。
「い、いや! そんなつもりは!」
慌ててレックスは目をきつく閉じ、彼女に背を向けた。
なぜ服を着ていない?
何をしていたんだ。いや、傷の手当か何かだろう。決してやましいことを想像していたわけでは……。
しかし、なんとも弾力があり、かつ柔らかそうな胸が露わに……。
レックスの脳裏には、そんな煩悩が完全に焼き付いていた。
「そ、その……。早く服を! 服を着てください」
「やだもうぉ、レックスさんたら。覗いてたくせに、今さら紳士ぶっちゃって」
依然として小屋の中からは彼女以外の邪気を感じるというのに、無防備な背中を向けねばならんとは。
しばらくして異変に気付いたのか、二人の部下がレックスのもとへと戻ってきた。
「何してるんすか、隊長」
「顔が真っ赤ですが」
「い、いや……。なんでもない。それより、リナリナ殿は?」
問いかけると、部下たちは首をかしげながら怪訝な表情を見せた。
「私がどうかしましたかぁ?」
突如リナリナの声がして、レックスの肩がこわばる。
恐る恐る振り返ると、リナリナはいつものメイド服姿に戻っていた。
いや、胸が強調された服装だし、これはこれで目のやり場に困る。
頭の中に記憶された彼女の生肌と胸のせいで、余計に意識してしまうのだった。
「そんなところじゃなんですから、どうぞ上がってください。と言っても、私の家じゃないんですけどね」
もう一人の気配に不穏なものを感じはするが、今さら警戒しても仕方ない。
リナリナに促され、レックスたちはドアから小屋の中に入った。
中にはやはり、見知らぬ人物がいた。
そいつは小屋の隅にある椅子に、行儀よく腰かけていた。
しかしこの者、いったいなんのつもりだ?
まず、格好がおかしい。
猫の着ぐるみで全身を覆い、顔も完全に隠れている。
その着ぐるみの者は俺たちを見るなり、指で空中に何かを書くそぶりを見せた。
そいつの指が魔力によって青黒く光っている。そして動かした指の軌道に沿って、文字が浮かび上がった。
『ねこじゃないニャ。ケットシーだニャ。ケットくんとよんでニャ』
宙に浮かんだ文字には、そう書かれていた。
魔力による筆談、というわけか。
「なんですか、この者は。只者じゃないことは気配でわかりますが……」
「彼が私を助けてくれた人なんですよぉ。もう、ほんとうに危機一髪だったんですから」
なぜ着ぐるみなどで顔を隠し、さらには声も出さずに筆談など。
「この人はですねぇ。実は過去のお客様でもあってですね。なので、私とは顔見知りなんです」
「そうですか。しかし、なぜこの者はこんなふざけた格好を?」
リナリナの顔見知りとはいえ、怪しすぎる。
警戒心を強めて睨みつけていると、ケットが再び宙に文字を描いた。
『リナリナさん。もうキズもいえたみたいだし、おむかえもきたニャ。ボクはこれでおいとまするニャ。またあえるとうれしいニャ』
ケットは立ち上がり、両手を振った。
そして、レックスたちを横切って小屋から出ていった。
「あの者、どこか闇の力を感じます。レイヴァンス殿のような属性とか、そういったものではなく。アンダーグラウンドに身を置く者の気配というか」
「さすがレックスさん。わかっちゃいます? でも私も似たようなものなんで、彼には親近感を覚えちゃいます」
過去の顧客と言っていたが、いったいどんな依頼を受けていたのだろう。
金額次第では暗殺だって請け負うのが、リナリナという女だ。
故に彼女の知り合いというだけでは、到底信用することなどできなかった。
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