第五十四話 勇者剥奪
「まさか勇者の剣を奪われるとはな……。とんだ失態だ。もういい……レイヴァンス、今日はもう休め」
宿に戻って事情を説明すると、オリヴィアは深いため息をついてそう言った。
彼女の部屋を出てからドアを閉め、そのまま棒立ちになる。
部屋の中から、オリヴィアとシャーロットの声が聞こえてきた。
「レイヴァンス、少々買いかぶりすぎたか。とにかく勇者の剣なくして、魔族を倒すことはできん。まずは奪われた剣を取り戻さねばな。まったく、いい迷惑だ」
「私が行く。レイヴァンスには休息が必要。彼の尻ぬぐいは私がする」
俺のせいで、みんなに迷惑がかかってしまった。
それに、さっきのオリヴィア。完全に失望したような顔をしていたな。
「レイさん……」
呼びかけられて振り向くと、セレナが弱々しい笑みを浮かべて俺を見ていた。
「大丈夫ですよ。きっと皆さんが、勇者の剣を取り戻してくれますから」
なぜだろう。
なぜ、一緒に取り戻そうと言ってくれない。
なぜ俺じゃなくて、他のみんなが取り戻してくれる、なんて言うのだろう。
うかつにも敵の術中にはまった俺には、もう任せられないから?
考えすぎだ。単に卑屈になっているだけだ。
だけど、セレナの顔には俺を憐れむような心中が浮き出ている。そのように感じた。
俺はセレナの顔を見るのが辛くなってきて、うつむきながら彼女に背を向けた。
部屋へと戻る途中、カイロスとマックスウェルに出会った。
二人は俺を見るなり顔をそらした。
そんな二人を横切る。
「レイ、まずいことになった」
後ろから、マックスウェルが声をかけてくる。
「勇者の剣の正当な持ち主として、魔術協会はあなたを中心にバックアップしていく意向を進めていました。その話が、白紙に戻りつつあります」
カイロスが重苦しい声で言った。
彼らの言葉を背中で受け止め、俺は振り返ることなく部屋へと向かって歩き出した。
足が重い。
このまま勇者の剣が戻らなかったら、俺はどうなるんだろう。
それでも俺を仲間として迎え入れてくれるのか?
それとも、ともに戦う資格なんてないのか。
部屋に戻ると、俺は前のめりでベッドに倒れこんだ。
しばらく目を閉じていると、不意にガラスをコツンコツンと叩く音が聞こえてきた。
窓からのようだ。
何事かと目を開き、窓のほうを見やる。
そこにはフードを深くかぶり、不敵な笑みを浮かべたユウダイがいた。
俺が気づいたと見るや、ユウダイは窓から離れて二階の屋根から飛び降りた。
「待て!」
素早く窓を開けて、外へと飛び出す。
街中を逃げていくユウダイの背中を見つけ、すかさずあとを追う。
するとヤツは逃げることをやめて立ち止まり、俺のほうへと体を向けなおした。
「勇者の剣を返せ!」
「そういきり立つなよ。俺はおまえの敵じゃねぇ。過去のいざこざは、お互い水に流そうや」
「ふざけるな!」
「おお、コワ。しかたねぇなぁ。勇者の剣が欲しけりゃ、今夜一人で町はずれの草原に来な」
「今すぐ返せ」
「何を焦ってんだよ。いや、わかるぜ。おまえは所詮、勇者の剣がなけりゃ闇属性の嫌われもんだ。だから必死なんだろ?」
肩をすくめてにやけるユウダイに、俺は腹が立ってきた。
そんな気持ちを抱えて俺が一歩踏み出すと、突然ユウダイが叫びだす。
「助けてくれぇ! 闇属性の男に殺されるぅ!」
そして、そのまま走り去ってしまった。
ヤツが残していった言葉に反応して、周囲が一斉にざわつく。
「や、闇属性?」
「人を殺そうとしていたみたいだぞ」
「なんて恐ろしい!」
根も葉もない言葉が、次々と飛び交う。
周りの声から逃げるように、俺は宿へ向かって走り出した。
* * *
「レイヴァンス、様子がおかしい」
シャーロットは彼の暗く沈んだ顔を思い出し、得も言われぬ不安に駆られていた。
勇者の剣を奪われた経緯について説明していたときのレイヴァンスが、あまりにも思い詰めていたように見えたのだ。
「そうか? ふむ……。言われると確かに、ひどく気落ちしていたようではあったか。あの男は責任感が強いからな。必要以上に自分を責めているのかもしれん」
オリヴィアはレイヴァンスの様子に対し、それほど深刻にとらえてはいないようだ。
確かに勇者の剣は重要なアイテムではあった。
それを奪われたのだから、落ち込む気持ちは理解できる。
しかしレイヴァンスの失敗を、オリヴィアは責めていなかった。むしろ心配ないと言って、彼を励ましていた。
それなのにレイヴァンスの顔色は、言葉を交わせば交わすほどひどくなっていったように見えた。
「長旅に加えて、戦いばかりだったしな。そこにきて今回の件だ。おそらく疲れが一気に押し寄せたのだろう。少し休めば、いつもの調子に戻るはずだ」
「そうね……」
返事をしながらも、シャーロットの不安は治まらない。
剣を奪われたことを報告をしていたレイヴァンスとオリヴィアの会話には、やはり違和感があった。
なんとなくだが、会話がかみ合っていないように感じたのだ。
「心配なら、レイヴァンスの部屋を訪ねるといい。ふふ、案外喜ぶかもしれんぞ」
茶化すようなオリヴィアの言葉は耳に入ったものの、シャーロットは床に視線を落としたまま何も返さなかった。
レイヴァンスの暗く落ちた表情が頭から離れない。
「まさか……まだ催眠が解けていない?」
もしそうなら、彼を一人にするのは危険だ!
催眠魔法は強力な魔導具と併用することで、幻覚や幻聴を引き起こすことも可能らしい。
このままだと、彼がいなくなってしまう。そんな気がして焦りが募る。
シャーロットは素早く部屋を出ると、レイヴァンスの部屋へと向かった。
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