第五十五話 闇落ち

 宿に戻ると、宿屋のおやじに声をかけられた。


「あんた、闇属性の勇者なんだろ」

「な、なぜそれを……」

「結構知れ渡ってるぜ。闇属性が勇者の剣を抜いちまったってな。ところが、勇者の剣をなくしちまったときた。おかげで闇属性のあんたを勇者と呼ばずに済むってもんだ」


 勇者の剣を持っていない俺なんてもう、誰も認めてはくれない。

 いや……俺なんてもともと、誰からも認められてなんかいなかったんだ。

 認められていたのは、勇者の剣を持っていた俺だったんだ。


 宿の奥から、オリヴィアたちが姿を現した。

 セレナもシャーロットもいる。

 マックスウェルもカイロスも、それからメリッサとニックも。

 みんな、幻滅した目で俺を見ている。


 ここまで一緒に戦ってきたのに。なんでみんな、そんな顔をするんだ。

 あんなに俺を励ましてくれたセレナまで。

 同じ転生者として分かり合えていると思っていたシャーロットまで。


 俺はたまらなくなり、宿から飛び出した。


 町の外へと駆け出し、いつの間にか町から離れて草原まで来ていた。

 ユウダイが一人で来いと言っていた草原だ。


 俺はその場にしゃがみ込み、膝に顔をうずめた。


 目を閉じると町の人々の声やみんなの目を思い出し、怖くなった。

 このままみんなと一緒にいられなくなったら、もう俺は一人だ。


 なんだよそれ!

 だいたい俺は、みんなと旅をするつもりなんてなかったんだ。

 実家に帰ってひきこもるつもりでいたんだ。


 だけど勇者の剣を引き抜き、みんなが認めてくれた。だからみんなの旅についていったのに。

 こんなことになるのなら、最初から勇者の剣なんて抜かなければよかった。

 実家に帰っていればよかった。


 そうすれば、こんなに傷つくこともなかったのに。


「おほ! なんだ、ちゃんと一人で来たじゃねえか」


 伏せていた顔をあげる。


 ユウダイが大勢の魔族を引き連れ、ニヤけた顔で俺を見ていた。

 ヤツの隣にはグリムウィッチもいる。やはり、つるんでいたのか。


「なんだなんだ、暗い顔してよぉ。人間どもにひどいこと言われたか? 仲間たちから、裏切られでもしたか? 勇者の剣がなきゃ、おまえに価値なんてねぇってよぉ。わかっちまったんじゃねぇの?」


 なんだろう。

 すごく嫌なことを言われているはずなのに、なんだかどうでもよくなってきた。


「だが、俺はおめぇの味方だぜ。今、四天王の枠に一人空きがあってよぉ。まず、このグリムウィッチ。そしてダイキとタクヤ。あいつらも魔族になって、めっちゃ強くなったんだぜ」


 指折り数えながら、ユウダイが語る。

 姿が見えないと思ったが、ダイキとタクヤも魔族になったわけか。


「そこで提案なんだが。おめぇは強え。認めてやるよ。だから、こっち側に来いよ。闇属性だなんだと見下してくる人間どもなんて捨てちまえ。俺たちゃ、闇属性大歓迎だぜ。なにせ魔族だからな」


 くそ!

 なんでこんなヤツの言葉なんかに、俺は傾き始めているんだ。

 気をしっかり持て!


 闇落ちなんてしない。そう誓って、生きてきたじゃないか。


「なあ、よく考えろよ。おめぇはもう、こっち側にきても破滅なんてしないんだぜ。なぜなら、四天王になったおめぇを退治するはずの勇者候補が、全員こっち側にいるんだからな」


 言われてハッとする。

 確かに、もう破滅フラグは立たない。


「同じ転生者だからな。わかるぜ。一生懸命、聖女を守ってよぉ。自分を認めてもくれない人間どものために戦ったりしちゃってよぉ。それは何のためだ? 闇落ちしたくなかったからだろ? 破滅フラグを回避したかったからだろ?」


 俺はいつの間にか立ち上がっていた。

 体がふらふらっと、ヤツのほうへと向かっていった。


「そうだ、こっちに来いよレイヴァンス。勇者の剣をなくした途端に手のひら返した連中なんて、もう見捨てちまえ」


 案外、こいつの言ってることは的を射ているかもしれない。

 なんで自分を犠牲にしてまで、俺を嫌うヤツらのために頑張らなきゃならないんだ。


「レイさん!」


 叫び声がして、振り返る。


 セレナがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 だが、その顔はいまだに俺への疑心にあふれていた。


 心配して駆けつけてくれたのかと、一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。

 その顔は違う。勇者の剣をなくし、ただの闇属性の男になり下がった者へ向けられる蔑みの表情だ。


 でも……。

 じゃあ、なんで彼女はここへ来た?

 何のために?


 そんなの……もうどうでもいいじゃないか。


 今なら四天王になっても、破滅しない。

 俺の旅の最終目的。破滅フラグ回避が、ついに達成されるんじゃないか。


 そう思って、ユウダイのほうへ一歩踏み出した。また一歩。

 その足取りはやはり重い。


 まだ、仲間たちへの未練があるのか。

 ついに俺の足は止まった。足が全然動かない。


 そのとき、後ろから誰かにしがみつかれた。


「勇者の剣を奪われたあなたなんて、何の価値もない」


 セレナの声だ。


 俺に抱き着いてまで、何を言っているんだ?

 そんなにまでして、俺を罵りたいのか。


 いや、待て。何かが変だ。


 強く抱きしめてくるセレナから、優しいぬくもりを感じる。


 つじつまが合わない。

 セレナの行動と言動、表情がまったく合わない。


 まさか……俺はまだ、催眠状態から抜け出せていないのか。

 勇者の剣を取られたときからずっと。


 魔族は強力な魔具によって、催眠魔法を持続させるという。


 俺は目の前にいる魔族らに目を向けた。

 しばらく観察していると、グリムウィッチがランタンのようなものを持っていることに気が付いた。

 夜だから暗がりを照らしているのかと思って気にしてなかったが、ランタンにしては光が弱い。


「セレナ、ありがとう。もう大丈夫だから」


 しがみつく彼女の手を取り、ゆっくりと自分の体から引きはがした。

 そして手に魔力を込め、グリムウィッチの持つランタンめがけて放つ。


「のわわ!」


 俺の放った魔法弾がランタンに直撃し、砕け散った。

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