第五十三話 逃亡者グリムウィッチ

 買い物というから、今後に備えた物資でも買いに行くのかと思ったんだけど。

 さっきから服屋やアクセサリー店ばかり回っている。


 女の買い物は長いというけど、本当なんだな。

 だけど、まあいいか。

 宿屋を出たばかりのときは妙にピリピリしていたセレナとシャーロットが、今は楽しそうにしているし。

 完全に俺がほったらかしな状態なんだけど、二人の様子を見ていると心が和む。


 俺は店の外へ出て、二人が出てくるのを待つことにした。


 不意に視線を感じ、そちらのほうへと目を向ける。

 すると、建物の陰からこちらを覗いている人影が見えた。


 フードを深くかぶり、顔を隠すようにしている。

 しかし特徴的な長いあごひげを見て、ハッとした。


 まさか、あいつは!

 なぜあいつが、こんなところに?


 俺が気づいたのを察したのか、ヤツが路地裏へと逃げていった。


「待て!」


 何を企んでいるのか知らないが、あいつはここで取り押さえておかなきゃ。


 そう考えて、俺はヤツのあとを追った。


 ヤツはどんどん、人気のない裏通りのほうへと逃げていく。

 しかし、ついには行き止まりへと追い詰めた。


「ひいいいい!」

「グリムウィッチ。魔族のおまえが、こんなところで何をしている? 何を企んでるんだ!」

「ご、誤解だ! ワシはもう、おまえたちの邪魔をする気はない」


 おびえた様子で、そんなことを言ってくる。


 どういうことだ?

 本当に今更だが、シナリオにはない展開ばかりで困惑してしまう。


「ワシは今や、魔族を追われる身なのだ。恥を忍んで頼む! ワシを保護してくれ!」

「何を言っている。おまえのようなヤツを、信用すると思うのか?」

「本当なんだ! 突然ユウダイと名乗る男が現れて、魔族組織を乗っ取ってしまって……」


 ユウダイが?

 魔族の仲間になったんじゃなかったのか。


 いくらあいつが魔族になったからって、魔族組織には他の四天王もいるし魔王だっている。

 こんな短期間に、魔王を差し置いて組織を乗っ取るほどの強さを身に着けられるとは思えないのだが。


「どうにも信じられない話だな」

「本当に本当なんだ! その証拠に、これを読んでみてくれ!」


 グリムウィッチが服の内側から、一枚の紙を出してきた。


「なんだこれは?」

「ユウダイの策略で幽閉された魔王様からの、秘密の文書だ。魔王様は邪神復活の計画を打ち切り、ユウダイ打倒のために動き出した。そのためには勇者との共闘も必要だと……」

「ユウダイを倒したとして。結局そのあと、魔族は人間を襲うんだろ?」

「そんなことはない! 魔王様も考えを改めておいでだ。とにかく、この文書にすべてが書かれている」


 差し出された紙をジッと見つめる。


 こいつの話を簡単に信じるわけにはいかない。

 とはいえ、文書を読んでみないことには判断できないな。

 読んだうえで、この件をどうするか考えてみよう。


 俺はグリムウィッチから文書を受け取り、読み始めた。


『我が忠実なるしもべ・グリムウィッチへ、


 この手紙を読む頃には、君は既に我が四天王の最前線で活躍していることだろう。

 その力、その忠誠心、私にとって誇りであり、頼もしい存在だ。


 世界征服への我々の野望は高まっている。だが、私は忘れない。

 君が魔族に仕える理由、それは世界をより良いものにし、我々の種族を隆盛に導くためだ。


 君は力強く、知恵もある。

 その才能を存分に発揮し、我々の進むべき未来を築いていくことを期待している。君が四天王の一員として、 その使命を果たすことを信じている。


 ……以下、略……』


 いやいや、世界征服への野望が高まってるとあるんだが。


「言ってることと全然違うじゃないか」

「そうじゃない。この文章はカムフラージュだ。手紙の中央に小さな刻印があるだろう。これをジッと見つめると、真の文章が見えてくる」


 言われて紙の中央を見ると、確かに小さな四角いロゴのようなものがあった。


「そう、それだ。ジッと目をそらさずに見てくれ」


 言われるまま、俺はその印を見つめていた。


 時間にして十秒ほど凝視していただろうか。

 突然、不思議と理解できた。

 文章が出てきたわけじゃないが、グリムウィッチの言葉に嘘はない。


「どうやら本当らしいな」

「理解してもらえて助かる。ユウダイを倒すためにも、勇者の剣が必要なのだ。その剣、ワシに預けてもらえぬか」


 その言葉も、騙そうとする意思はない。

 俺は直感的に、それを理解した。

 なぜかと言われると、はっきりとした理由は説明できない。

 ただ、信頼はできる。それだけは不思議とわかるのだ。


「わかった。世界を救うためだからな。勇者の剣、おまえに預けよう」


 俺は腰に下げていたミスティローズブレイドを、グリムウィッチに手渡した。


「レイヴァンス! 何をしているの?」


 後ろから叫び声がして振り返ると、シャーロットが青ざめた顔で立っていた。


「キーッヒッヒ! 勇者の剣。確かにもらい受けた!」


 グリムウィッチが飛び上がり、空間のゆがみの中へと消えていった。

 その様子を、俺は茫然と見つめていた。


「レイヴァンス、なんてことを……。勇者の剣を敵に渡すなんて……」

「え? お、俺……」


 ここでやっと理解した。

 俺は暗示にかけられて、行動と思考を操られていたんだ。


 以前、ガーディアニアの国境を越えたときに俺が使った催眠魔法。

 あれは魔属性にも存在する。


 発動条件は魔法力を込めた物体を十秒以上、凝視させること。


 俺は手紙の刻印を言われるままに凝視していた。

 ヤツの口車に乗せられて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る